学院編Ⅱ
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「できたっ!!」
やっと両端をつなぎ終え、2人を見おろせば、
京楽と咲はずっと浮竹を見ていたらしく、ばちりと目があった。
「おめでと、浮竹」
「あ……その、ありがとう」
京楽の笑顔に、どこか居心地が悪くなる。
自分の作った冠を見つめる咲。
「浮竹、その冠、どうするんだい?」
それに気づいた京楽が浮竹に尋ねる。
「え……そりゃ、その……
……空太刀に」
「じゃ、空太刀のを浮竹がかぶればちょうどいいね」
咲がぱっと顔を上げる。
(なるほど、流石京楽だな)
浮竹は京楽の向こうにある咲の頭に、そっと冠を乗せた。
咲は少し肩をすぼめ、俯き加減に、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「あの、ありがとうございます」
京楽のかぶっているものに比べれば、ずいぶんと不出来なそれだが、
咲の美しい黒髪に非常に映えていた。
「これを……」
咲も立ち上がって浮竹の頭に手を伸ばして冠を乗せる。
「ありがとう。
やっぱり空太刀の方がずっとうまいな」
浮竹のまぶしい笑顔に、咲は目を細めた。
「ホントだねぇ」
京楽も楽しそうに笑う。
小さく鳴る浮竹のお腹の音に、また笑いが大きくなり、3人は昼食にする。
京楽家の料理人が腕によりをかけてくれたお弁当だ。
蓋を開ければ良い香りと、その彩り豊かな料理に目を奪われる。
「素敵なお弁当ですね」
「流石だ、去年もいただいたが今年も楽しみにしていたんだ」
「そりゃどうも」
それぞれ小皿と箸を片手にお弁当をつつく。
卯ノ花家の料理人の腕もかなりのものだが、京楽家のはまた味付けが違っていて楽しめる。
「……にしても。空太刀、今日は本当にきれいだね」
微笑みかける京楽。
他の女性に対するデレデレとした態度ではなく、あくまで一友人としての言葉。
それに目を瞬かせる咲。
「いつもと違って着物だし。
紅もさしているでしょ?」
桜柄だが可愛すぎないの着物、銀の刺繍が入った質の良い帯、品の良い紫の帯締め。
そしてほんのり染まる唇。
京楽に口の端を突かれて、恥ずかしげに頬を染め、はにかんだ。
「……これは……烈様がくださったものです。
せっかくだから、と……」
「君は本当に烈様が好きだねぇ。
じゃあ髪も伸ばせばいいのに。
短くても似合うけど、烈様のようは長い髪もきっと良く似合うよ」
「……いいえ」
咲はふと渋い顔になって小さく頭を振る。
「なぜだ?」
咲は少し考えてから、ぽつりとつぶやいた。
「邪魔ですから」
その表情の見えない裏で、何かがあったことを2人は何となく感じた。
流石にクラスメイトの暴力の格好の餌食だったとまでは気づかないものの、好ましくはない何かが、あったのだろうと。
「じゃあもうひとつ、邪魔なものを捨ててみない?」
京楽の言葉に、咲は不思議そうに首をかしげる。
「それはいったいなんですか?」
「ね、浮竹」
にやりと笑う京楽。
このことは、2人で前々から決めていたことなのだ。
「ああ」
浮竹もにやりと笑ってうなずいた。
大切な後輩だからこそ、大切な友達だからこそ、彼女を少しでも笑顔にしたいと、そう思って。
京楽は咲の肩に手を置き、まっすぐに瞳を見つめる。
「“様”が邪魔だ。
ボク達のこと、呼び捨てにすればいい」
「……えっ……?」
「ついでにタメ口にしてしまえばいい。
君の成績は、誰もが認める素晴らしいものだ。
自分を卑下する必要なんてどこにもない。
堂々としていりゃいいんだ。
流魄街出身だからなんだ。
君はそれでも、教育を受けてきた貴族連中よりもずっと成績がいいじゃないか。
そうだろ?」
京楽の言葉に、ただ目を見開く咲。
「で……ですが」
ただただ、戸惑う。
いったいなぜ、と。
「俺と京楽がそうしろと言っているんだ。
なんの困ることがある?
お前は努力して、努力して、俺達に並んだ。
俺と京楽にとって、お前は友以外の何者でもない」
言葉は聞こえるけれど、意味の理解までは及ぶけれど、真意を計りかねる。
「そんな、もったいないお言葉、私になど」
「空太刀だから言ってるんだろう?」
京楽が呆れたようにそう言って、小さく笑った。
「君といるとなんだか大変だし、いろいろ考えさせられることも多い」
「俺もだ。
迷ったり悩んだりすることだって増えた気がする」
浮竹もため息をつきつつ、話に乗ってくる。
「あれぇ、浮竹も?」
「ああ」
たったそれだけの会話でも、2人はどこか自分だけの苦しみではないことに、互いに淡い希望を抱いた。
「だが、お前たちといると、独りじゃない」
浮竹の言葉に、京楽が目を細める。
「そうだねぇ。
独りでいるのは辛いことだよ」
独りでいたことなどないように見える2人がこんなことを言うなんて、咲にとっては少し意外だった。
2人は人気者だから、見かけるときはいつも誰かが傍に居た。
「だから、お前と一緒に俺たちはいるって決めた。
お前と一緒に、3人で護挺に入るんだ」
「そうそう。
それに真面目な空太刀といると怠けていられないしねぇ。
怠け癖な僕にとっては有難い」
ひらひらひらひら、桜は次から次へと散っていく。
どうしてそんなにも散り急ぐのか。
彼らはいったい何を考えてそう言うのか、咲には分からない。
咲のことを心配してくれているのか。
それとも彼ら自身が孤独から身を守りたいのか。
それともそれとも。
2人は変わった。
咲が山上を追いかけたことがきっかけで、変わってしまった。
それは分かっているが、その理由は更木で生きてきた咲には分からなかった。
想像もつかなかったのだ。
人の死を、目の当たりにしたときの恐怖など、とうの昔に慣れてしまっていたから。
だからただ漠然とした自責の念に苛まれていた。
時折2人の瞳に浮かぶ、苦しそうな憎しみに。
(どうして?)
「空太刀」
ふいに呼ばれた名前にはっと顔を上げる。
「泣いているのか?」
その言葉に驚き、そう言えば視界がかすんでいることに気づく。
(泣いている?なぜ?)
自分でも疑問だった。
泣く意味が分からない。
だが、頬を間違いなく何かが伝う。
「世話が焼ける子だねぇ」
京楽が溢れる涙をぬぐう。
優しすぎる指先に、咲は首を振った。
「も、申し訳ありません」
「君の謝罪はもう聞き飽きているよ」
どうしてだろう。
彼らにそんなことをしてもらう義理などありはしないのに。
彼らは私のことを好ましく思うはずなんてないのに。
どうしてそんなことを言ってくれるのか、分からない。
そう思えば思うほど、涙が出てきた。
「ほら、呼んでごらんよ」
「む、無理です」
「そんなことないだろ」
「だって、私は」
「空太刀は、もう同級生だ。
同級生なのに様なんておかしいじゃないか」
「でも」
「だって、も、でも、もなしだぞ。
ほら」
2人にそう詰め寄られ、咲はようやく反論をやめた。
彼らの性格はこれでもずいぶん分かってきたつもりだ。
不誠実に見えても心遣いが巧みな京楽。
優しい笑顔ばかりではなく、強い自我を持つ浮竹。
彼らの目的は分からないが、彼らが自分たちの関係に変化を求めた。
少し前に教えてもらった事を思い出す。
考えるのが苦手な咲ができるのは、ただその行動することだけだ。
「き、京、楽くん」
「ま、初めはそのくらいかな」
京楽がくすくすと笑う。
「浮、た、け、くん」
「上出来だ。」
嬉しさと苦しさと、そして起こった変化に対する一抹の不安と。
それが散っていく桜と重なって見えた。