学院編Ⅰ
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ー末雪の記憶 ー
末っ子だった私、山上末雪は、自我が芽生えた時にはすでに、山上家で秘密裏に行われている虚と斬魂刀の融合実験の実験台になっていた。
それが当たり前だと思っていた。
毎日苦痛を強いられる実験が続く。
注射も手術も魂魄実験も、どれも嫌なものばかり。
そんな生活の中で、唯一母上だけは私を大切にしてくれた。
優しく頭を撫でてくれた。
痛いと泣く私を抱きしめてくれた。
母は、私が5つになったときに亡くなった。
魂魄実験が失敗し、その時の実験台だった男の魂が虚に飲み込まれてしまい、その暴走した虚によって、母上は喰い殺されてしまったのだ。
私に残されたのは、母上が良く見せてくれたかんざしだけだった。
毎日辛かった。
大好きだった母上はもう帰ってはこないし、次期当主である長男、そして死神としてすでに護挺に努めている次男の兄上達は、私を人とは見ていなかった。
父上など、なおさらだ。
私には父上の顔を見た記憶自体がない。
山上家にとって自分の存在は実験用の動物でしかないと気づいた時、私は家を抜け出した。
行くあてなどあるはずはない。
でも、あの虚という存在になることも、虚に食べられてしまうのも、ごめんだと思った。
どれだけ歩いたか分からない。
深い雪の中を、ただただ歩いた。
確かに辛かったが、嫌ではなかった。
実験よりもずっと苦しくなかったから。
自分の足で歩く白い雪は、嫌いじゃなかった。
その雪の中で、虚に襲われ、死にそうなときに出会ったのが咲だったのだ。
家に帰って、また同じ実験台とされる日々に戻ったときは、あれは夢だったのではないかと何度も思った。
夢じゃなかったと思えたのは、実験ではつくはずのない草木で作った傷が手足にあったからだ。
(夢じゃない、あの子は生きている)
そう確信してから、私はすぐにでも彼女に会いに行きたかった。
ただ真っ直ぐに生きている彼女に、会いたいと思った。
だが一度抜け出したため、監視は厳しくなり、抜け出すことはもはや不可能。
そんな生活の中で、弟が生まれた。
なんでも父が使用人に生ませたのだと聞く。
実験室に連れてこられた時にはまだ赤子で右も左も分からないのに、適正検査の為と何本もの管に繋がれていた。
母であろう使用人の泣き声に、この赤子は愛されているのだと知った。
霊圧の高いその子は、虚化の適正も高いのだと兄が言っていた。
血のつながった弟であるのに、彼にとっては道具に過ぎないのだ。
虚化の実験はある程度身体が発達しなければできない。
弟には僅かに猶予があった。
母と会う機会も減り、塞ぎがちな弟に読み書きを教えるのは私の役目だった。
彼が恐ろしく賢いことはすぐに分かった。
教えることは見る間に吸収し、活用する力に舌を巻いた。
そして、この子はここで虚となるべき存在では無いと確信した。
何とかならないだろうかと考えてばかりの毎日に、一筋の希望が現れた。
実験の成功だ。
ついに私の魂魄が、虚と融合することが出来た。
山上家初の快挙となった。
そして私は死神としての基礎を身につけるべく、霊術院へと通うことが許された。
ゆくゆくは次男の影となり、家名を上げるべく人とあらざるものとして働くために。
私は霊術院に入学する前の夜、監視の目を盗んで弟とその母親を屋敷から連れ出した。
屋敷さえ出て仕舞えば後は実家に帰ることができると、母親は泣いて喜んだ。
弟は私を見あげて言った。
「私は兄上が好きです。
だから死なないでください」
全てをこの子は見通しているのだろうと思った。
だから嘘はつかずに、言った。
「私を踏み台に、君はこんな世界を変えてくれ」
入学後は家にいたころよりも監視が緩んだこともあり、目を盗んでは更木に探しに行ったが、更木も広い。
そう簡単に見つかるはずもない。
私が青年になるように、あの子も大人へと近づいているか、はたまた命を失っているか……
諦め始めていたころ、驚くような情報が飛び込んできた。
霊術院に更木出身の獣のような少女が入学した。
彼女はあのころとはずいぶん変わっていた。
言葉も覚えていたし、身体も大きくなっていた。
読み書きは当然、学も驚くほどつけていた。
貴族社会の恐ろしさも知っているようだったし、身の程も知っているようだった。
彼女はあのころとはずいぶん変わってしまっていた。
私の事は当然忘れていた。
それもそうだろう。
まだ幼かったころの話だ。
だが、変わらないものもあった。
彼女の戦う時のあの鋭い瞳や、生きることへの執着。
あの獣のような、純真さ。
憧れた。
単純に、憧れた。
辛く苦しい私の貴族の影としての生き方とは、人であることを捨てる生き方とは、まるで正反対。
彼女はただ、生きていた。
だからこそ強いのだ。
彼女の剣は、ひどく単純で、そこには迷い等存在しえないから。
一度剣を交えれば分かる。
彼女は並大抵の死神に収まる器ではない。
だからこそ私は彼女に頼んだのだ。
更木から破壊力の高い虚を連れて帰ってくれるように。
彼女は、彼女を信ずるものを裏切ることはないと、そう確信させてくれる瞳が、そこにあったから。
だから私は、彼女に託したのだ。
我山上家の闇を明るみに出すための、鍵を。
そしてやはり、この無理難題を彼女は解決してくれた。
これで終わりのはずだった。
だから、ただ一言だけ伝えたかったのだ。
最後にただ一言の、感謝の言葉を。
それでもう、会わないはずだった。
しかし、彼女は私の目の前に現れた。
私が死のうとしている時に、彼女は現れたのだ。
その姿を認めた私は、最悪だと思った。
私はこの山上家の一員。
このまま虚に喰い殺されなければ、私は一人では生きていけないと思っていた。
私は一族を殺したことに苛まれながら、一族の罪を償っていけるほど、強い精神を持っていないことなど、十分すぎるほど知っていたから。
だから、彼女の姿など見たくはなかった。
彼女の強い瞳等、見たくはなかった。
信ずるものを裏切ることのない、その瞳を見ると、一瞬でも夢を見てしまうから。
「貴方は生きたいと言った。
なぜそれを諦めるんですか?」
彼女のその言葉が、私の心を呼び覚ましてしまう。
「私は諦めない!」
彼女の叫びが、私の心を呼び覚ましてしまった。
私はまた、あらぬ夢を見てしまった。
ただ、ただ、生きていたい、と。
親族を裏切ると決めた時点で、
親族の命を全て奪うと決めた時点で、この選択肢は消していたのに。
自分の命などいらないと思っていたのに。
「貴方が生きることを、諦めない!」
そう言ってどこまでも刀を構え続ける背中、あの真っ直ぐに生きる瞳に憧れて、自分も生きたいと思ってしまった。
今の自分には、生きたいという希望こそが絶望であるのに。
命のある者などいないようなこの屋敷の中で、生きることを望む等、なんと傲慢なのだろうと思った。
それでいてどうしてこんなに必死になってしまうのだろう、と思った。
結局私は、全てを投げ捨てられるほど、器は大きくはなく、ただ見て見ぬふりを続けていたのだ。
自分の、生きたいという望から目を背けていた。
そうしなければ、出来なかったのだ。
そんな自分が悔しい。
今これほどの苦しみを生んでしまった自分が憎らしい。
だからこそ、彼女だけは殺してはいけないと思った。
彼女は、私のためにここで死ぬべきではない。
彼女には未来がある。
更木から出てきた彼女には、作らねばならない未来がある。
彼女のただ獣のようにまっすぐ生きる瞳が、今、必要なのだ。
この貴族に埋もれた、よくにまみれた社会には必要なのだ。
そう思うと、私もどこか、ただただまっすぐ腕となった剣をふるうことができる気がした。
誰も知らなくていい。
私の心なんて。
言葉なんていらない。
彼女はただただ、生きているのだ。
こうして彼女は私のために血を流してくれている。
これほどの喜びがあろうか。
私が生きる道に温もりなどない。
こんな生き方しかできない道に、同じ血が流れるならば、私が傷つけるのではなく、私のために流れる血があるならば、
それに越した喜びなどない。
だから、私の命は、彼女にあげよう。
きっと、諦めとはときに希望で、希望とはときに諦めなんだ。
消えてゆく意識のどこかで、私は自分の身体が痛みもなく散り散りになっていくのをぼんやりと感じていた。
きっと彼女なら私を何らかの形でずっと生かしてくれると、そう信じて。
末っ子だった私、山上末雪は、自我が芽生えた時にはすでに、山上家で秘密裏に行われている虚と斬魂刀の融合実験の実験台になっていた。
それが当たり前だと思っていた。
毎日苦痛を強いられる実験が続く。
注射も手術も魂魄実験も、どれも嫌なものばかり。
そんな生活の中で、唯一母上だけは私を大切にしてくれた。
優しく頭を撫でてくれた。
痛いと泣く私を抱きしめてくれた。
母は、私が5つになったときに亡くなった。
魂魄実験が失敗し、その時の実験台だった男の魂が虚に飲み込まれてしまい、その暴走した虚によって、母上は喰い殺されてしまったのだ。
私に残されたのは、母上が良く見せてくれたかんざしだけだった。
毎日辛かった。
大好きだった母上はもう帰ってはこないし、次期当主である長男、そして死神としてすでに護挺に努めている次男の兄上達は、私を人とは見ていなかった。
父上など、なおさらだ。
私には父上の顔を見た記憶自体がない。
山上家にとって自分の存在は実験用の動物でしかないと気づいた時、私は家を抜け出した。
行くあてなどあるはずはない。
でも、あの虚という存在になることも、虚に食べられてしまうのも、ごめんだと思った。
どれだけ歩いたか分からない。
深い雪の中を、ただただ歩いた。
確かに辛かったが、嫌ではなかった。
実験よりもずっと苦しくなかったから。
自分の足で歩く白い雪は、嫌いじゃなかった。
その雪の中で、虚に襲われ、死にそうなときに出会ったのが咲だったのだ。
家に帰って、また同じ実験台とされる日々に戻ったときは、あれは夢だったのではないかと何度も思った。
夢じゃなかったと思えたのは、実験ではつくはずのない草木で作った傷が手足にあったからだ。
(夢じゃない、あの子は生きている)
そう確信してから、私はすぐにでも彼女に会いに行きたかった。
ただ真っ直ぐに生きている彼女に、会いたいと思った。
だが一度抜け出したため、監視は厳しくなり、抜け出すことはもはや不可能。
そんな生活の中で、弟が生まれた。
なんでも父が使用人に生ませたのだと聞く。
実験室に連れてこられた時にはまだ赤子で右も左も分からないのに、適正検査の為と何本もの管に繋がれていた。
母であろう使用人の泣き声に、この赤子は愛されているのだと知った。
霊圧の高いその子は、虚化の適正も高いのだと兄が言っていた。
血のつながった弟であるのに、彼にとっては道具に過ぎないのだ。
虚化の実験はある程度身体が発達しなければできない。
弟には僅かに猶予があった。
母と会う機会も減り、塞ぎがちな弟に読み書きを教えるのは私の役目だった。
彼が恐ろしく賢いことはすぐに分かった。
教えることは見る間に吸収し、活用する力に舌を巻いた。
そして、この子はここで虚となるべき存在では無いと確信した。
何とかならないだろうかと考えてばかりの毎日に、一筋の希望が現れた。
実験の成功だ。
ついに私の魂魄が、虚と融合することが出来た。
山上家初の快挙となった。
そして私は死神としての基礎を身につけるべく、霊術院へと通うことが許された。
ゆくゆくは次男の影となり、家名を上げるべく人とあらざるものとして働くために。
私は霊術院に入学する前の夜、監視の目を盗んで弟とその母親を屋敷から連れ出した。
屋敷さえ出て仕舞えば後は実家に帰ることができると、母親は泣いて喜んだ。
弟は私を見あげて言った。
「私は兄上が好きです。
だから死なないでください」
全てをこの子は見通しているのだろうと思った。
だから嘘はつかずに、言った。
「私を踏み台に、君はこんな世界を変えてくれ」
入学後は家にいたころよりも監視が緩んだこともあり、目を盗んでは更木に探しに行ったが、更木も広い。
そう簡単に見つかるはずもない。
私が青年になるように、あの子も大人へと近づいているか、はたまた命を失っているか……
諦め始めていたころ、驚くような情報が飛び込んできた。
霊術院に更木出身の獣のような少女が入学した。
彼女はあのころとはずいぶん変わっていた。
言葉も覚えていたし、身体も大きくなっていた。
読み書きは当然、学も驚くほどつけていた。
貴族社会の恐ろしさも知っているようだったし、身の程も知っているようだった。
彼女はあのころとはずいぶん変わってしまっていた。
私の事は当然忘れていた。
それもそうだろう。
まだ幼かったころの話だ。
だが、変わらないものもあった。
彼女の戦う時のあの鋭い瞳や、生きることへの執着。
あの獣のような、純真さ。
憧れた。
単純に、憧れた。
辛く苦しい私の貴族の影としての生き方とは、人であることを捨てる生き方とは、まるで正反対。
彼女はただ、生きていた。
だからこそ強いのだ。
彼女の剣は、ひどく単純で、そこには迷い等存在しえないから。
一度剣を交えれば分かる。
彼女は並大抵の死神に収まる器ではない。
だからこそ私は彼女に頼んだのだ。
更木から破壊力の高い虚を連れて帰ってくれるように。
彼女は、彼女を信ずるものを裏切ることはないと、そう確信させてくれる瞳が、そこにあったから。
だから私は、彼女に託したのだ。
我山上家の闇を明るみに出すための、鍵を。
そしてやはり、この無理難題を彼女は解決してくれた。
これで終わりのはずだった。
だから、ただ一言だけ伝えたかったのだ。
最後にただ一言の、感謝の言葉を。
それでもう、会わないはずだった。
しかし、彼女は私の目の前に現れた。
私が死のうとしている時に、彼女は現れたのだ。
その姿を認めた私は、最悪だと思った。
私はこの山上家の一員。
このまま虚に喰い殺されなければ、私は一人では生きていけないと思っていた。
私は一族を殺したことに苛まれながら、一族の罪を償っていけるほど、強い精神を持っていないことなど、十分すぎるほど知っていたから。
だから、彼女の姿など見たくはなかった。
彼女の強い瞳等、見たくはなかった。
信ずるものを裏切ることのない、その瞳を見ると、一瞬でも夢を見てしまうから。
「貴方は生きたいと言った。
なぜそれを諦めるんですか?」
彼女のその言葉が、私の心を呼び覚ましてしまう。
「私は諦めない!」
彼女の叫びが、私の心を呼び覚ましてしまった。
私はまた、あらぬ夢を見てしまった。
ただ、ただ、生きていたい、と。
親族を裏切ると決めた時点で、
親族の命を全て奪うと決めた時点で、この選択肢は消していたのに。
自分の命などいらないと思っていたのに。
「貴方が生きることを、諦めない!」
そう言ってどこまでも刀を構え続ける背中、あの真っ直ぐに生きる瞳に憧れて、自分も生きたいと思ってしまった。
今の自分には、生きたいという希望こそが絶望であるのに。
命のある者などいないようなこの屋敷の中で、生きることを望む等、なんと傲慢なのだろうと思った。
それでいてどうしてこんなに必死になってしまうのだろう、と思った。
結局私は、全てを投げ捨てられるほど、器は大きくはなく、ただ見て見ぬふりを続けていたのだ。
自分の、生きたいという望から目を背けていた。
そうしなければ、出来なかったのだ。
そんな自分が悔しい。
今これほどの苦しみを生んでしまった自分が憎らしい。
だからこそ、彼女だけは殺してはいけないと思った。
彼女は、私のためにここで死ぬべきではない。
彼女には未来がある。
更木から出てきた彼女には、作らねばならない未来がある。
彼女のただ獣のようにまっすぐ生きる瞳が、今、必要なのだ。
この貴族に埋もれた、よくにまみれた社会には必要なのだ。
そう思うと、私もどこか、ただただまっすぐ腕となった剣をふるうことができる気がした。
誰も知らなくていい。
私の心なんて。
言葉なんていらない。
彼女はただただ、生きているのだ。
こうして彼女は私のために血を流してくれている。
これほどの喜びがあろうか。
私が生きる道に温もりなどない。
こんな生き方しかできない道に、同じ血が流れるならば、私が傷つけるのではなく、私のために流れる血があるならば、
それに越した喜びなどない。
だから、私の命は、彼女にあげよう。
きっと、諦めとはときに希望で、希望とはときに諦めなんだ。
消えてゆく意識のどこかで、私は自分の身体が痛みもなく散り散りになっていくのをぼんやりと感じていた。
きっと彼女なら私を何らかの形でずっと生かしてくれると、そう信じて。