学院編Ⅰ
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「申し訳ないが話を本題に戻すよ。
服を着替えさせるときに懐に入っていた手紙がこれだ。
先ほど君が探していたものかい?」
紙の包みを解き、中から取り出したのは角から血がしみ込んではいるが、確かに昨夜受け取ったもので間違いない。
「はい」
「悪いが中を見せてもらった。
特に仕掛けがないことも確認させてもらった。
承諾を得ないままに行ってすまないね」
「いいえ。
困るものでもありません」
玖楼はひとつ頷くと、次の質問に移った。
「なぜ、山上邸に駆け付けたんだい?
寮の末雪君の部屋ではなく」
そう問いかけられると、返答が思い浮かばない。
「なんとなく……です。
霊圧が気になって」
嘘をついていないことを信じてほしいけれど、それを信じてもらえるだけの根拠がないことは、咲でも分かった。
微かな霊圧の動きを察知したのは事実だが、霊術院から離れた山上邸で起きた結界内の霊圧の変化等、街中に溢れる霊圧の揺れの一つに過ぎない。
勿論その前提として、自分が山上に頼まれて虚を渡したという一点がある。
それをどう説明しようかと悩んでいる間に、玖楼はひとつ頷いて質問を続けた。
「現場に君の血は沢山流れていた。
しかしその中に、君の血ではあっても少し成分が変わっていたものがあったそうだ」
またべつの小包の中から小さな砕けた小瓶が取りだされる。
「この小瓶に見覚えはないかな?」
「あります」
それは自分が更木から連れてきた、山上末雪を殺した虚を封印していた小瓶だ。
「単刀直入に聞こう。
この小瓶で、なにをした?」
咲はまた少し強くなった霊圧に、小さく震え、それでも玖楼の顔から目をそらすことはない。
強い敵から目をそらすことは死を意味する。
「虚を……更木にいた虚をその小瓶に私の血で封印して、山上様にお渡ししました」
「それは、」
「山上様を殺した虚です」
玖楼の言葉に重ねるように、自ら述べた。
これは自分がきちんと言わなければならないことだと思った。
玖楼は表情に出すことはないが、一人の隊長として内心感心した。
十二番隊士が束になって成す任務を、彼女はたった1人でこなしたのだと言うのだ。
その高い実力は確かに、銀嶺が推薦したという飛び級試験に値するだろう。
むしろ入隊しても十分戦力に成り得る。
ただ一つ、彼女には大きな問題があると玖楼は思った。
「……理由は?」
「『死んでもやり遂げたいことがある』と、言われましたので、私に出来ることがあればしようと思いました」
ーー何にもとらわれず、ただ我武者羅に生きたい。
自分の命を、生きたい。
君のようにねーー
咲はその時を思い出し、胸が締め付けられるような気がした。
彼の命を救うことが出来なかった。
彼の望みを、なんとしてでも叶えてやりたかったのに、と。
「……そうか」
玖楼は静かに目を閉じた。
彼女には経験が足りないと思った。
相手の願いを叶えたいと言う優しさも、相手の決意を受け取る観察力も、それを成し得る力もある。
だが、相手の望みが正しいものか、判断する経験が圧倒的に足りない。
それが人道的に、倫理的に正しいことなのかを判断できないのだ。
(なるほど。
獣と呼ばれるのも分かる更木育ちだ。
だが、素質はある。
膳にも悪にも染まり得るーー恐ろしい程の素質が)
その後状況調査を始めとする事務的な質問がいくつか続いた。
咲が緊張のし通しで疲れきった頃だった。
「では、これで最後の質問としよう。
君の斬魂刀の名前はなんというのかな?」
唐突な、そして予期せぬ問いに、咲はきょとんとする。
「あの、私はまだ始解には至っていません」
「しかし私には昨夜、君は始解をしているように見えたのだが。」
じっと黒い目が、咲を射抜く。
そうは言われても、咲自身は本当に知らないのだ。
「私、山上様が亡くなられてから記憶がないんです。
私の斬魂刀の始解は、私の記憶を奪うようなものなのでしょうか」
そう言えば、玖楼は困ったように笑った。
「答えになっていない上に質問か」
咲の顔色が、まずいことをしてしまったと一瞬で青くなり、勢いよく頭を下げた。
それが面白くて玖楼は笑った。
(本当に、良い意味でも獣のようだ。
相手の気配を探り、危ないと思ったらすぐに逃げる。
良い死神になるだろう)
「構わない、頭をあげなさい」
そう言えば恐る恐る顔を上げる。
どこか小動物のようで、でも様子を窺う鋭い目の光は生きることに縋りついている。
隣にいる卯ノ花が気づいてため息を漏らすほど、玖楼が彼女に大きな好奇心を持っていた。
「すまないが私も君の斬魂刀の能力についてはわからない。
だが先ほどの言葉は訂正させてもらうよ。
私が駆け付けた時には君は間違いなく始解していた。
そしてその斬魂刀の姿は、驚くほど末雪君の腕に似ていた」
咲の黒い瞳は、しばらくの間をおいてから大きく見開かれた。
咲の病室から2人の隊長が出てきたのを確認し、定時の薬を持って清之助は部屋に入った。
その姿を確認して、玖楼は卯ノ花の方を向いてくすりと笑みをこぼす。
「ずいぶん信用しているんですね。
彼女のこと」
片眼鏡の奥の瞳は探るように卯ノ花を見る。
しかし卯ノ花の方はといえば、それを気にすることなくいつも通りの微笑みを浮かべた。
「血はつながっていませんが、私はあの子の親ですから」
「そうですか」
もう一度笑みを浮かべてから、彼はひとつ会釈して卯ノ花に背を向けて歩きだした。
その背中が角を曲がって消えると卯ノ花はひとつ小さくため息をついた。
(勘のいい方も困りますね)
12人の隊長の前で、玖楼は懐から丁寧に畳まれた紙を取り出した。
それを開けば、中にはびっしりと文字が書いてある。
山上家の一件に関する報告書だ。
「十番隊の調査によると、事の真相以下の通りです」
玖楼は静かに辺りを見回してから、再び紙に目を落とした。
「山上家は斬魄刀の強度を上げる方法を極秘裏に研究していました。
どうやらその過程で、虚の魂魄を死神の斬魄刀に融合させることでさらなる強力な力が発揮できることを知ったようです。
しかしそれには副作用が強く、斬魄刀が虚の魂魄に反発し、命を失うことも多い。
山上家の者は、相当の才能がない限り皆実験台として犠牲になってきました。
山上家早世の呪いと、巷で噂されていた真実はこれだったようです。
遺書にもつづられていましたが、この山上家の闇を、山上末雪は何とかしたかった。
ですが少年一人の力で出来ることは限られています。
何か告発するような行動を起こせば、口を封じられることも目に見えている。
ならば事実を突き付けるのが早いと考えた。
実験用として隠されていた虚ら23体と更木から連れてきた虚1体に家を襲わせ、そこを助けに来た死神達に目撃させることを計画し、そして実際、我々十番隊がそれを目撃した次第です」
「捨て身の覚悟か」
ぽつりとつぶやいたのは七番隊隊長玄田 竜助。
大柄の身体はどこか虎を連想させる。
「いくら捨て身の覚悟であろうと、事が大きいだけに協力者が必要です。
以下は彼の残した遺書に書かれていた文章になります。
1年生の空太刀咲を選んだ理由は単純だ。
更木出身でずば抜けた実力を持つ彼女を使わぬ手はない。
私はなるべく破壊力のある虚を捕えてくるよう依頼した。
彼女自身それを何に使うのかは全く理解していない。
ただ、貴族である私が命令したからそれに従ったまでだ。
そして末雪は、彼女が捕えた虚を家に放ち、山上家を全滅に追い込んだのです」
「なぜ虚を捕えてくる必要があった?」
六番隊隊長朽木銀嶺が問う。
「山上家に隠されていた虚はそれほど破壊力がある種はいなかったようです。
密猟のような状態での虚の捕獲を考えると、ある程度のレベルの虚しか捕獲できなかったのでしょう」
「その関係のないはずの空太刀とやらがなぜ山上家に駆け付け、虚と戦っておったのじゃ?」
続いて問いかけたのは2番隊隊長四法院深夜。
代々受け継がれる褐色の肌をもち、隠密機動を率いる隊長らしい鋭い黒い瞳が光る。
「霊術院を含め関係者を調べたのですが、彼女が山上家の騒動を知る手だてはありませんでした。
本人は霊圧の変化を察知したと言います。
虚と戦ったのは単純に、最後に生を願ってしまった末雪を守るためです」
「俄かには信じがたい。
院生の霊圧探査能力等知れているだろう。
やはり黒では」
「我々もそう思い手を尽くしましたが、何も上がってはきませんでした。
これだけ上がらない状況を作れるほど、彼らに能力があったとは考えにくいですし、周りの者に彼女を庇う動機はありません」
「あと2人院生を捕えたと聞いたが、彼らが動いたという筋はないのかい?」
十三番隊隊長近藤勇が尋ねる。
快活な男で、隊士たちからは父のように慕われている男だ。
「事情を聞きましたが、やはり白でしょう。
その後の様子を見ていても、家に危害が及ぶのを心配している様子もあり、それを顧みずに末雪に加担することはないと思われます。
2人が山上邸にかけつけたのも事が起こってずいぶんしてからです。
寮から空太刀さんが抜け出すのをみて追いかけたのですが途中で見失い、探していたらしく、その裏はとれています」
「学生だものなぁ、そうか、ありがとう」
近藤は頭を掻いて困ったように笑った。
「私は空太刀さんと実際に話しましたが、野生の感の残る、驚くほど純真な少女でした。
下手にすれているわけでも殊更賢いわけでもない。
褒めるわけでも、貶すわけでもありませんが、彼女は善悪の判断も乏しく、利害判断もできず、実力は確かですが、それまでとしかいいようがない」
「しかしそれを装っているだけだとしたら、どうする?」
近藤が穏やかな風を装いながらも低く問う。
「その可能性もゼロとは言い切れません。
そこで、私からひとつ、彼女の処分に関して提案があります」
玖楼は正面に座る山本に目を向ける。
「うむ。
申してみよ」
玖楼は綺麗に笑顔を作って、口を開いた。
卯ノ花と銀嶺はその成り行きに視線を鋭くした。
「私の提案はこうです。
彼女を退学処分とし、我隊で監視する。」