原作過去編ー伊勢家
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四番隊を訪れると、烈はもう帰宅したのだという。
当然ながら、白哉はすぐに卯ノ花邸に足を向けた。
「若様は強くお優しい方にございますね。」
咲の言葉に白哉は勝ち気に笑った。
「それは光栄だ。」
それが血は繋がっていないはずの人の笑顔に似ていて、チクリと胸がいたんだ。
「ずっと、聞きたかったことがある。
お前はなぜ、それほどまでの力を持ちながら、席を持たぬ?」
「席を与えるに相応しくないからでございましょう。」
「どこがだ。
私が見ている限り充分だぞ。
50年前は知らんが、実力も十二分にあるのだろう?
お祖父様もお祖父様も理由を教えてくれず、話をはぐらかしてばかり。
なぜだ。」
咲は少し考えたあと、口を開いた。
「・・・誰にも尋ねてはなりません。」
彼に過去のことは話せないと思ったし、朽木家の誰もが口を閉ざしているのならば話すべきではないと思った。
どこかからか知ることもまた、誰も望んではいないだろう。
「咲はわかっているのだろう?
教えろ。」
「申せません。」
「なぜっ!」
上手い言い訳など咲が思い付く筈もなく、しばらく考えた後、苦い顔をして口早に呟いた。
「若様がまだお若いからにございます。」
「馬鹿にするな!
もう大人だ!」
その勢いに咲はきょとんとして、それから思わずくすりと笑った。
「・・・そうですね。
自らが大人だと主張しなければならないことがなくなり、幼い頃が懐かしむようになったら、昔話でお話し致しましょうか。」
白哉も諦めたのか、肩の力を抜いて咲をじっと見た。
「お前は悔しくないのか?」
咲は淡く微笑んだ。
「私に席がなくとも、銀嶺隊長と蒼純副隊長が認めてくださいましたら、十分なのでございます。」
「忠義な事だ。
お祖父様もお父様もいつもお喜びになっておられる。」
「ありがたきお言葉。
ではいつか若様も隊長になられましたら、私をお遣いくださいますか。」
咲の戯れのような問いかけに、彼はやはり、勝ち気に笑った。
「当然だ。
お前を副隊長にしてやる。」
その凛凛しい姿は眩しく、咲は目を細めた。
気付けばそこはもう、卯ノ花邸のすぐそばだった。
「私はこれまで。
後はお前が行かねばならぬ。」
肩に手を置き、彼は微笑む。
「ゆっくりしてこい。」
「・・・はい。」
すくりと伸ばされた頼もしい背中は振り返ることなく小さくなっていき、角を折れて見えなくなった。
門前に取り残された咲は、正面からはどうも入りにくく、こっそりと屋根に上がった。
気配を消して烈の部屋まで行く。
どうやら室内に主はいるようだ。
(なんと言えばいいだろう。
来訪の理由を尋ねられたら?)
あれこれ考え始めるとやはり正面から入るべきかと思い直したり、いやいやわざわざ座敷まで出てきてもらうよりは部屋に顔を出した方が、等と考えたり。
「いつまでそこにいるのかしら。」
だから急に軒下からかけられた声に飛び上がって驚いた。
「れ、烈様!」
驚きようが面白かったのか、烈はくすくすと笑っていた。
「降りていらっしゃいな。
お茶が入りましたよ。」
その温かな声も笑顔も、50年前から変わらない。
変わったと言えば髪の長さくらいだろう。
少し短いのは最近切ったからか。
咲は慌てて飛び降りる。
高い屋根の上からでも足音ひとつたてずに着地するのは、隠密機動も一目置いているそうだ。
「せっかく帰ってきたのになかなか顔を見せてくれないから、心配していたのですよ。」
室内に向かって歩きだしている烈は振り返り、嬉しそうに微笑んだ。
咲はその後ろに駆け寄り、部屋に入れてもらう。
淹れたてのお茶に、買ってきた葛饅頭を取り出す。
いろんなことがあったせいで箱の中で片寄ってしまっていて、顔を赤らめた。
「まぁ、里中屋の葛饅頭ですね。
一度食べてみたかったんですよ。」
烈は気にせず嬉しそうに皿に取り分けた。
「いただきます。」
こんなに嬉しそうにしてくれるなんて、やはり来て良かったと思う。
「いただきます。」
咲も本日2つめを頂く。
烈を見れば、烈も咲を見ていて、二人は一緒に笑った。
「あなたなら大丈夫とは思っては居ましたが、寂しいものでしたよ。
噂でもあなたのことを耳にしないなんて。」
「噂、ですか?」
「ええ、朽木隊長や四番隊の隊士からも聞くことはできませんでしたから。」
その言葉に、こんな自分を大切にしてくれていることをひしひしと感じた。
「あちらはどうてしたか。
私にも聞くかせてくださいな。」
私にも、と言うのだから、もしかしたら曳舟に話したことも知っているのかもしれないと思った。
「そうですね・・・」
何から話せばよいのか、言葉が出てこない。
「砂漠や森があると聞いたことがあります。
それはこちらと変わらない様子なのかしら?」
烈は優しく問いかける。
「同じところもあります。
砂漠にも小さな虫や生きものがいるように、小さな虚がおりました。
砂の色が真っ白で、真っ暗な空に浮かぶ月が照らす様子は、それは美しい景色なのですよ。」
「見てみたいですね。
ずいぶんと広いのですか?」
「ええ、私も端は知りません。」
報告などではなく、まるでただの旅の思出話のようだった。
それはただの親子の会話で、主観の塊で、それが良かったのだ。
二人は夜が更けるまで話し込んだ。
咲が烈とこれだけ話したのは、初めてかも知れなかった。