学院編Ⅰ
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貴族が社会で成功していくにはいくつかの方法があるが、尸魂界において有力なのが死神として出世することだ。
その一族が死神として名をはせることは、貴族にとって大いに意味のあること。
なぜなら、自分たちの一族が、この世のバランスを取るためにそれだけ貢献しているということなのだから。
成功が難しい半面、没落はいとも簡単だ。
収賄、闇取引などが明るみに出ることもあれば、護廷での殉職等、毎年数件の中・下流貴族が消えていく。
上流貴族と呼ばれるほど基盤が安定すれば、あまり脅威となるものもなくなっては来るものの、それでも自分たちよりも上位貴族に疎まれないよう、細心の注意が必要になる。
山上家は先々代の当主の時代までは上流貴族に名を連ねていた。
死神として多くの人材を輩出し、八番隊三席を務めていたのが当時の当主だった。
ところが、反逆の罪に問われ、彼は処刑されてしまう。
この反逆の真偽は、大きな声では言えないが未だに謎に包まれている。
当時の副隊長であった男が、自分の地位が脅かされていたために陥れたとか、傲慢になっていた当時の当主の失策だとか、様々な説がささやかれたがどれも憶測の域は出ない。
理由がどうであれ、汚名を着せられ没落した山上家は、貴族と呼ばれるギリギリのラインから再興を始めたのだ。
「他人事とは思えないな」
報告を聞いた玖楼の瞳は同情を見せる。
大道寺はそれにふんと鼻を鳴らす。
「護挺中の隊士がそう思うでしょう。
うちじゃなくてよかった、ともね。
同情なんていりません」
その言葉に玖楼は苦笑を洩らす。
「そう考えると、山上末雪は驚くほど純真で、まっすぐ育ったものだ。
……あのような特殊な環境下で」
「それもそうですね」
「生きていれば優秀な死神になっただろうに」
「自身の存在を消して、彼の兄の陰として、でしょうけれど」
昨夜の死亡者の中には、五番隊の山上珊次郎も含まれていた。
彼は山上家の次男であり、末雪の実の兄である。
家を継ぐ長男とは別に、死神として山上家を盛りたてるべく勤めていた。
「家のことを第一に考える、真面目な青年だったそうだ。」
これは珊次郎の同期から得た情報だ。
「それも刷り込みでそうなっただけかもしれませんよ。
実の子や妻を化け物にするような家ですから」
「大道寺副隊長。
ずいぶんと山上家のしたことが気に入らないようだね」
「当たり前です!
なぜそんなことまでしなければならなかったのか、理解できません!」
彼女の後ろで控えていた小狼が慌てて、まぁまぁとなだめる。
玖楼が第十五代当主を務める李家は分家の嫡男である小狼を含め優秀な死神の多い家系で、それによって栄えている。
大道寺家はと言えば、もともと企業経営で成功しており、副隊長大道寺園美のように時折現れる霊圧の強いものが死神として護挺に仕えている。
両家とも上流貴族で確固たる地盤があり、四大貴族といかないまでも家を盛り立てるために心を砕くことはない。
他の家との関係も良好で、比較的安泰と言っていいだろう。
だからなのかもしれない。
「確かに許し難い行為ですが、彼らの気持ちなどおれたちには分からないことなのかもしれません」
家族を犠牲にしてまで、再興を望む者の思いも、覚悟も。
「でも許されるものではないわ!」
もとから感情を表に出しやすいタイプの大道寺ではあるが、これほどはっきりと怒りを見せることはそれほど多くない。
彼女は、仕事のせいであまり会えないらしい娘を溺愛していることから末雪を彼女に重ねているのだろうかと小狼は推測した。
「それはもちろんだ、大道寺副隊長」
玖楼は静かに腕を組み、目を閉じた。
「……ただ、責任は山上家当主だけにあるわけではなかろう。
小狼、どう思う」
不意に呼ばれた小狼は少し目を見開いて、それから口を開いた。
「おれは温かい家庭で、何不自由なく育ちましたから彼らの思いは分かりませんが、どうしようもなかったのではないでしょうか。
そうする以外、自分たちの家を守る方法が。
どれほど苦しもうと、それ以上に自分たちの家にかける思いが大きかったのかも知れません。
人道に反したことを行うほどの思いなど、おれには想像もつきませんが……」
そして顔を伏せる。
玖楼は寂しげな微笑みを浮かべた。
貴族社会にがんじがらめになり、本当に大切なものを見失うものがどれほど多い事だろうか。
「家名とはなんだろうな」
静かに立ち上がり、俯く小狼と、拗ねた顔の大道寺の頭を軽く叩いた。
「ありがとう。
もう一人の女の子の事情聴取に行ってくる。
今朝目が覚めたらしいからね」
玖楼は2人が提出した報告書をペラリと取ると、部屋から出て行った。
(烈様はしばらく休憩するようにと言って微笑まれていたけれど、本当にそれでいいのだろうか。
早く霊術院に戻って勉強しなければ。
飛び級試験も近づいてきているというのに)
昼食も食べ、意識がはっきりしてきた咲は、じっとしていることが落ち着かない様子だ。
更木でずっと過ごしてきた彼女にとって、今回のような死闘は日常的なことであり、どれほど大きな問題となっているか分かっていない。
霊術院を退学になる、などという発想にはとてもではないが至ることはないのだ。
本人の処分は事の真相を解明次第、会議にかけられるというのに、全く気づいていないというのも、ある意味幸せかもしれない。
(でもここが烈様が勤めておられる四番隊隊舎……)
淡い好奇心も交じって、寝ているように言われたものの寝つけず、窓の外を眺めてばかりだ。
(昨夜のことはよく覚えていない。
確か山本様を助けようと虚と戦って……
その後のことは覚えていない)
意識が戻ってから、近くに浮竹と京楽の霊圧を感じたため、山田清之介に問いかけると、驚いた顔をした後、
ーー流石更木育ちは違うなーー
そう嘲笑された。
更木の何が関係しているのかと真剣に悩むとため息をつかれた。
ーーやはり更木育ちかーー
霊圧感知の差も感覚の差も、説明したところで今の咲には理解できない。
何故ここに彼らがいるのかという問いには答えられず、結局理由は分からないままだ。
(山本様の亡骸はあの後すぐに灰となって消えたと聞く。
虚の匂いがきつくした身体だったから、だろうか。
あの方はなぜあんなに虚の匂いがしたのだろう。
更木で出会ったころは、そんなことはなかったのに……)
「咲、入りますよ」
卯ノ花の声に咲は驚いて振り返り、はい、とか細く返事を返した。
霊圧が二つあるのが分かる。
「昨日ぶりだね。
空太刀咲さん」
片眼鏡の奥で細められる瞳。
彼は他の隊員とは異なる強い存在であることは、本能的に感じた。
彼も白い羽織をはおっているところを見ると、彼が隊長であるということはすぐに分かった。
「……こんにちは」
咲は小さい声で返事をした。
柔らかい所作で彼はひとつ頭を下げた。
「私は十番隊隊長、李 玖楼。
山上家の件は、私が前々から調査を行っていてね。
今回のことは驚いたよ」
山田が持ってきた椅子に玖楼は腰かけ、じっと咲を見つめた。
「山上家について、知っていることを教えてもらえるかな。
それが末雪君の為でもあるんだ」
末雪という名前に首をかしげる。
その様子に玖楼も首をかしげる。
「何か疑問でも?」
「あの、末雪様、とは、どなたでしょうか」
玖楼は少し驚き、そして咲の黒い瞳をじっと見つめた。
今までにも何人もの人と目を合わせたことがある。
しかし、彼玖楼はどの人とも違っていた。
(……この人、逆らっちゃだめだ、絶対)
そう本能が訴えかけている。
咲は硬く拳を握りしめた。
彼の瞳は強い威圧感を放っており、咲が今刀を抜いたところで瞬殺されるであろうことは火を見るより明らかだ。
「山上末雪、昨夜亡くなった青年だ。
霊術院3年生。
知り合いではないのかな?」
その言葉に、末雪が自分の知る山上の名であることを知る。
「存じています」
「名前は知らなかったのかい?」
「先輩の、浮竹様と京楽様の同じ組の方ということは知っておりましたが」
「本当に?」
玖楼の瞳は虚よりもずっと恐ろしいと、咲は脅えた。
理性をなくした虚より、理性のうちに咲を恐怖で捕える彼は、それだけの力を持つからだ。
「本当です」
これからしばらく続くであろう尋問に、咲は自分が耐えられるのだろうかと恐ろしくなった。
強い霊圧に身体が震えそうになる。
「君はなぜあの場にいたんだ?」
咲は少しだけ言葉をまとめるために考えた。
「一通の手紙が、寝ている時に窓から差し込まれたんです。
それで、山上様のものかと思って、嫌な予感に任せて山上邸に駆け付けた次第です」
「その手紙は持っているかい?」
咲はその質問に慌てて懐に手をやり、自分の服が院の制服ではないことに気づく。
驚いたように見上げてくる咲に、卯ノ花は大丈夫と微笑みを向けた。
「貴方はひどい傷を負っていたので、私が治療いたしました。服はその時に」
そう言えばいろんなことがあって誰が治療をしてくれたのかすっかり聞きそびれていた。
「あの、ありがとうございます」
頭を下げれば卯ノ花は穏やかに微笑む。
「いいえ、私ができることをしたまでですから」
咲がどれほど卯ノ花に憧れているか、玖楼はその時に知る。
自分にむけるあの獣のような目が、卯ノ花に向くときには純粋な子どものような、そんなきらきらしたものに変わるのだ。