原作過去編ー伊勢家
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「強いんですね。
きっとあの50年前の反乱の時も、数々の死線を潜り抜けられたんでしょう。」
自分も、若く弱いながらに初めて戦場を駆けた。
親とは別の道を、死に物狂いで駆けた。
思想は違えど、同じ血の流れる実父を殺す為に。
あの夜、全てが変わった。
自分の周りだけではない。
自分自身も、変わった。
(何度もあの晩のことは夢に見る。)
刃を握る覚悟、人を切る覚悟、生きる覚悟。
その覚悟が斬魄刀
「君が必死に事を伝えてくれた時はちょうど、君んところの騒ぎの陽動にボク達は使われていてねぇ。」
「そうだったんですか?」
当時を思い出すのか、微かに目を細めて京楽は盃の中を覗く。
「あの頃は必死だった。
君もそうだろう。」
深い思いを見せる瞳にそう尋ねられて、一心は頷く。
この人もきっと自分のように、たくさんのものを失ったのだろう。
その渦中に居ながら生き残ったのだと言うのだから、その全てが群を抜いていたのだろうと思う。
(十二席だったあの
さぞ才能が)
「彼女はねぇ、当時六番隊で、君の伯父さん志波朱鷺和十二席と同じ部隊に所属していた子なんだよ。」
想像を越える言葉に、一心は目を見開いた。
そして昔聞いた話を思い出す。
「まさか、この人が・・・。」
「そう。
君の伯父さんの最期を共にした、唯一の生き残りだ。」
ぶつかり合った視線。
昔に亡くした人を同時に同じ人を思い起こしている事を互いに感じ、それだけで妙な親近感が生まれた。
死んでしまった人は、どれ程強く願おうと帰っては来ない。
ならばその人の死に様を知りたいと、一心は思っていた。
敵に殺されようと、裏切られて死んでいようと、受け止める覚悟で。
「伯父は強い人でした。
何よりも心が。
忠誠心もあり、裏切った兄に刃を向けてでも護挺を守った。
そんな伯父は、どうして死んだのですか?」
単刀直入に問う彼が、その下睫毛が特徴的な力強い瞳が、咲はやはり懐かしいと思った。
亡き人もいつも真っ直ぐだったと。
「志波殿と私は当時、反乱を鎮めるための特別部隊に所属していました。
そのためなら己を犠牲にする覚悟で。
特別部隊を率いる方は強い力をお持ちでした。
その強さゆえ、その方は孤独になりがちで、妬みを買いがちで、そして恐れられておりました。
・・・そしてついに裏切りにあった。」
「ではその方を守るために?」
咲は緩く首を振った。
「その方は誰にも殺せはしませんでした。
ただ、愚かにも私が殺されかけた・・・・」
それ以上の言葉を探しあぐねる咲を京楽はちらりと見てから口を開いた。
「動揺したのさ、その人は。
その人の力に抗うだけの力があるのは、山じぃや朽木隊長と、そして咲くらいなものだった。
もちろん、部下ではただ一人さ。
そんな、彼女の死にそうな様子に動揺して、心を、力を、制御できなくなった。
すぐそばにいた志波十二席を巻き添えにしてしまうほどに。」
志波は黙りこんだ。
「志波十二席は、強かった。
確かに強い人だったよ、君の言う通り、心が。
志波という家を失ってなお、戦い続ける強さがあった。」
京楽の言葉を静かに聞き、そして一心は口を開いた。
「でも伯父さんは・・・
伯父さんは、犬死したってことだろ。」
その瞳は怒りに燃えていた。
「犬死という言葉は良くないよ。
当時の死者は何千人もいた。
そのほとんどが君の言葉を借りれば、犬死だろう。」
「例えそうだとしても、伯父さんは戦って死んだわけでも、裏切られて殺されたわけでもねぇ。
上司の頭ん中に残らなかったから、死んじまったってことだろ?
そんなの・・・そんなの、やりきれねぇじゃねぇか!」
彼は机に拳を打ち付けた。
酒と料理が揺れる。
店の主は淡々と調理をしていた。
行き場のない怒りが見てとれた。
彼にとって、伯父はそれだけ特別な存在だったのだろう。
しばらくしてから、咲が静かに口を開いた。
「考え方も、感じ方も人それぞれです。」
そのあまりの静かさに、一心は一瞬怒りを忘れた。
京楽もそれは同じだった。
昔に見た表情とはまるで違う。
冷たく、静かな表情は、陶器のように白い肌がそう感じさせるのだろうか。
深い悲しみを抱えるその姿は、研ぎ澄まされた刃のようでもある。
鋭い視線は50年前に見た、李梅を思い出させた。
「先程申し上げたの事件がきっかけで、上司は道に反しました。
全てに刃を向け、沢山の人を操り、仲間殺しをさせました。
私は操られた先輩を殺し、同期を殺し、上司の妻をも殺しました。
・・・殺してなお、生き残ってしまった。」
咲は一心を見つめた。
その鋭い瞳はただ悲しみを湛えるばかりではない。
怒りも、憎しみもない混ぜになった、ひどく歪んだ決意の塊だった。
京楽は目を細める。
(・・・変わっていないなんて、嘘だ。
彼女はきっと独りで50年、この思いを抱えていたのだろう。
彼女は変わった。
罪を罵る声からは離れたけれど、孤独と悲しみに蝕まれた。)
「己を失ったまま死ぬのも、そうなった方を殺して生きるのも、当時少なくはありません。
・・・そしてまた貴方も、いつかそんな方を殺さなければならないかもしれない。」
一心はその射殺さんばかりの咲の瞳に恐怖を覚えたのか、体を固くしている。
京楽は勢い良く酒を煽り、わざと音を立てて盃を机に置いた。
これ以上、彼女のそんな顔を見ていられないし、部下に見せるべきでもないと思った。
「ここはそんなところさ。
大抵の人はろくな死に方はできないだろうね。」
そして小さく笑った。
「それでも、生きようと誓ったのさ。
自分達の信じる道を、ボク達はね。
・・・きっと君も、そうだろう。」
一心は盃に視線を落とした、小さく息を吐いた。
咲に見つめられている間、息も出来なかったのかもしれない。
そのくらい彼女の瞳には強い力がある。
「君も叔父さんの死ではなくて生を見つめてあげたらどうかな。
君自身の生も。」
「悪かったね、気分を害したかい?」
帰り道、酔いつぶれた一心を背負う京楽が尋ねた。
「いいえ。
でも彼は大丈夫?」
「二日酔いくらい大したことないさ。
この子は良くできるしね。
いつか隊長になるんじゃない?」
「それは楽しみだ。」
ずり落ちてくるのを背負い直す姿は手慣れていて、咲は微笑んだ。
「なんだい?」
「彼の父か兄のよう。」
「そうだね、彼からボク達が奪ったものだから。
・・・いや、ボク達だなんて背負うのは傲慢かも知れないけれど、同じ苦しい時を過ごしたから、できることはしてあげたいと思ってね。
浮竹も同じだと思うよ。」
海燕の事を言っているのだろう。
「真っ直ぐ自分の護りたいもの護ってほしい。
それが許される時代だしね。
一生懸命、自分のためにも生きてほしい。」
「本当に。」
彼の背中で歩く度に揺れる頭に、咲は微笑む。
「どうか、喪われた命の分も。」
今は彼女の瞳も穏やかな悲しみを湛えるに過ぎない。
何かのきっかけで、きっと彼女はあんな顔をする。
過去に捕らわれるなと言うのは難しいだろうが、あんな顔は見ていたいものではないと、京楽は思った。
(ボクが思うのは一心くんだけじゃないさ。君もだよ、咲。)
「どうした?」
京楽の視線に 咲が首をかしげる。
「いんや、すっかり肌が白くなったね。」
(君のために出来ることは、すべてしてやりたい。)
「向こうに太陽はなかったから。」
常夜の国で冷えた彼女を、どうしたら暖められるのだろうと、京楽は空を見上げた。