虚圏調査隊編
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「浮竹、起きてる?」
過去を思い出していてぼぅっとしていた耳に、飛び込んできた声に目を見開き、それから静かに閉じた。
いつかこの時が来ることは分かっていた。
彼女に会いたいと思いながら、彼女から聞きたくないとも思った。
再び目をあけ、立ち上がって襖を開ける。
「咲!久しぶりだな」
そして明るい笑顔を見せた。
自隊の隊長のように。
目の前では愛おしい友がつられて微笑む。
「丁度美味しい干菓子が手に入ったんだ。
鼻が利くな。
まぁ座れ」
彼女の為にと用意しておいた干菓子を棚から取り出す。
「ほら」
咲は寂しそうな顔で笑った。
「ありがとう」
摘まんでころんと口にいれる姿を目に焼き付ける。
「おいひぃ」
その笑顔も。
見れば見るほど、心は締め付けられる。
それでも、浮竹は無理に笑った。
それが、彼女のためであった。
「だろう?」
大切な人を突き放すことで、その人の未来が守れるかもしれない。
でも、守れないかもしれない。
後者の可能性への不安に蓋をして決めたことに、後悔がないと言えば嘘になる。
でも、後悔をしているなんて、言えるはずがないのだ。
(決めたのは、自分だ。
彼女を信じると決めたのもまた、自分)
もちろん、最悪の事態を思うと怖い。
自分の知らない、霊圧さえ捕捉できないあんこくのせかいで、彼女が虚の餌になるなど、考えただけでも脂汗が浮く程怖くてたまらない。
だが、それが尊敬する隊長の言う通り、彼女にとって正しい選択であると、信じるしかないのだ。
ふと、咲は表情を曇らせた。
「……何かあった?」
顔に表れてしまったかと、溜め息をついた。
だが自分よりも彼女の方が不安が多いに違いないのだ。
決断を下した自分が彼女の前で表情を崩すなんてしてはならないと思ってきたし、十二分に気をつけていたはずなのに、彼女が人より機微に敏感である事を失念していた。
どうしようか少し迷って苦笑してから、拳をつくって咲の額を小突く。
「お前のことだ、咲」
「えっ私……?」
目を瞬かせ、それから彼女は困ったように笑った。
「虚圏調査隊のこと……?
浮竹が担当してくれているって聞いたよ、ありがとう」
何の礼だ、と心の中で独り言つ。
彼女を孤独に送り出す準備をしていると言うのに。
「会議には俺も出席していた。
正直に言ってほしい。
調査隊に行くのは……嫌か?」
まっすぐに見つめて、問う。
それがわかったのだろう。
咲も浮竹をまっすぐに見つめた。
「ううん、嫌じゃない。
……京楽にも言ったんだけど、もう大切なものを失いたくない。
大切な人を守れる力も、大切な人を諌める力も、欲しい。
強くなりたいんだ。
私にできるのは、戦うことだけだから」
そして微かに笑う。
彼女の心の中に、封印された上司の背中がいつもあることは、浮竹にも分かっていた。
それが誰でもない罪人で、彼女を苦しめた人で、そして、彼女のかけがえのない人であったのだから、胸が痛む。
咲の細い手を、浮竹は無意識に取って握る。
「戦う以外にも、死神をやめ、隠れる、逃げるという選択肢もある。
助けを求めるという選択肢も。
それから、守られると言う、選択肢も」
咲は少し驚いた顔をして、それから小さく笑った。
「その発想はなかった。
でも、浮竹だって、そうだろう?
いつも守る側なんだ、私達は」
咲は自分の手と、それを握る浮竹の手を並べて開いた。
「明翠様の手とは、まるで違う。
……でも私はこの手で、守りたい」
咲が咲なりの理由を持っていることに、浮竹は救われる。
傷だらけの細い手を、浮竹は再び握り、思わず口元へ持っていった。
「……咲」
咲の指先に触れそうなぎりぎりの距離で、浮竹の唇が名前を呼んだ。
これ以上近づけてはならないと、理性が叫んだ。
その指の細さが、柔らかさが、温もりが、毒のように体を痺れさせる。
「なに、浮竹」
「……帰ってきたら言いたいことがある」
咲はじっと浮竹を見つめる。
鳶色の瞳はひどく切なく咲を見つめるから、吸い込まれそうになる。
彼らしくもないことをするものだと思った。
からはあまり先伸ばしにすることなどない。
恐らくその病から、先延ばしにしたことが実現できるとは限らないと知っているからだろう。
「俺はお前が必ず帰ってくると信じている。
……だからそれまで待つ」
それが浮竹なりの咲への信頼の表わし方であり、願掛けのようなものでもあった。
「浮竹……」
咲は目を大きく見開いた後、柔らかく微笑んだ。
「信じているから」
その噛み締めるような言葉に、咲はたまらなくなって浮竹の首に抱きついた。
浮竹は驚いて目を瞬かせる。
「絶対に、帰ってくるから!
必ず、必ず!!」
耳元でする愛おしい声は、生きる力に満ちている。
(大丈夫だ、必ず、咲は生きて帰る!!!)
「ああ、頼むぞ!」
浮竹もその体を強く抱き締める。
そして彼女の耳に吹き込んだ。
「必ず、必ず帰ってきてくれ。
……俺の腕の中へ、必ずだ」