原作過去編ー伊勢家
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指定された場所に向かうと、すでに小さな影が見えた。
「お前か?」
睨み付けてくる小柄な少女に、気の強い女性が最近は多いと時間の流れを感じる。
まるで1人だけ年を取ったようだ。
「はい、よろしくお願い致します。」
彼女も矢胴丸に並ぶ実力者。
自分の遥か上の地位をもち、貴族と肩を並べても何ら遜色がない。
「罪人言うからもっとおっないんかと思とったわ。
腹ん中何考えとんのか知らんが・・・。
はよ頭あげや。」
頭をあげると、やはりつり目が睨み付けてくる。
まだ少女のようで、そばかすのある頬が愛らしい。
命落とさず強くなれて良かったと、心から思った。
「なんや、ぼーっとしおって。」
「いえ。」
「ムカつくな。
はよ行くで。」
「はい。」
ツインテールの少女の背中を眺めながら後をついて行く。
「何で罪人なん?
誰も教えてくれん。」
「ご存じない方も多いでしょうから。」
「何でやねんて聞いてんのや。」
蒼純のいう通り、ずいぶんと気が短い子だと思う。
何か焦る理由でもあるのだろうか。
「長い話ですから、又の機会に。」
「手短に話さんかハゲ。」
どすの聞いた声と、振り返り様に見えた鋭い瞳に驚いた次の瞬間だった。
甲高い音を立てて咲の首の前で真剣がぶつかり合った。
小柄な体からは想像しにくい重い一太刀で、その小柄さゆえかひどく鋭い一撃だった。
加えて殺気も、少女らしくない。
「上司が道を外れたのでございます。
私は彼の為に、沢山の人を殺しましたから。」
早口でそう述べる。
「そのわりにえらい中途半端な刑やな。
なんで処刑もされず、のこのこと牢から出てきとんねん。」
睨み付けてくる少女に、どうしたものかと困ってしまう。
「刑を下すのは四十六室ですので・・・。」
「ふぅん。
ええ気になんなよ。
舐めたマネしたら殺すぞ。」
凄まれて、咲が頷こうとしたときだった。
「あんたじゃ無理無理。
止めときなさいって。」
猿柿の頭を大きな手が掴んで、咲から遠ざけた。
「何でや!」
不満そうに見上げる少女にほっとする。
飼い主が現れたのだ、これ以上の乱闘騒ぎにはならないだろう。
「あんたも強いけど、ちゃんと敵は選びな。
怪我するよ。」
呆れ顔の曳舟は、50年前に会ったときと様子は変わっていなかった。
「ふん。
倒せるもんならかかってきいや。」
腕を組んで仰け反る少女。
曳舟は首をすくめて咲を見て言った。
「本当にかかってやってもいいんだよ。」
意外な言葉に思わず小さく微笑んだ。
「本当に恐ろしい敵は内在するものです。
私のような外部の存在ではなく、味方の内に、自分の中に。」
「なんや、喧嘩売っとんのか?」
「いえ。
ただ、私がそんな敵に何度も殺されかけましたので。」
無意識に腹部を押さえる手に、曳舟は目を細めた。
「そんなヘマなんかするか!」
へへん、と笑う姿に咲も淡く笑う。
「遅くなったけど、任務お疲れ様。
送り込んでおいていうのもなんだけれど、大変だったでしょう。」
「いいえ。」
「とりあえず私の部屋へ。」
「せや、隊首室で待ってるはずやったやんか。」
「あんたの事だから喧嘩売ってるだろうと思ってね。
自分から誰かを迎えに行くって言うなんて、他に理由がないからさ。」
体格のいい曳舟と小柄な猿柿は、飼い主と子犬のように見えて、揺れるツインテールに思わず微笑む。
ただ、この子は本当に危険だと思った。
真っ直ぐで、根が真面目で、口は悪いがきっと仲間のためなら一生懸命になるだろうから。
(目をつけられなければいいけれど。)
昔は隊長格であっても、副隊長を陥れようとすることは珍しくなかった。
隊長とは言え、決して信用できるわけではないのだ。
曳舟はそんな事はしないであろうし、彼女ならば守ってくれるに違いないが、それも永久ではない。
(それとも時代が変わったから大丈夫なののだろうか。)
「ぼーっとしとらんと入れや。」
室内から睨まれて慌てて入る。
「ほんまにこんなやつに話聞く意味あるんかいな。」
「失礼な口を慎みな!
今度鍛練してもらうといい。
席こそないけれど、とても強いから。」
ぺらぺらと机の上の書類を探し、お目当てのものがあったのか、束を取り出した。
咲が書いた報告書だ。
記録は基本的には向こうにおいてきてしまっていたが、手持ちであった分と記憶を頼りに書いたのだ。
「ずいぶんと面白いものを読ませてもらったわ。」
「でたらめかも知らんで。」
「あんたはちょっと黙ってな。」
睨まれた猿柿はふくれ面をしてソファに座る。
「前のものより具体的で主観的。
あ、褒めているから。
向こうでの生活が見えるようだった。」
「・・・ありがとうございます。」
戸惑いながら礼を言えば、曳舟は微笑む。
「こんなに個性的な虚がいるなんて、それも感情も意思も私達とかわらないなんて、意外だわ。
昔の記録にそれに近い記述があったけれど、まさかと思っていた。」
「彼らは、単に敵ではないと思うんです。
こっちには来ないと言っているものもいました。
来る必要がないのです。
・・・今は、という話ではありますが。」
「そうだね。
何かあったときには味方になってくれそうかい?」
「どうでしょうか。
彼らには彼らの意志がありますから。」
「うん、その通りだ。」
曳舟は楽しそうに笑った。
「何があるかわからない。
一つ一つの意志が、先を作り、新たな人を育てる。」
どこか意味ありげな言葉に、咲は首をかしげた。
「平和を望む者もいると書いてあったね。」
「はい。」
一体の虚について、一文そう書いただけだった。
目をつけられてほしくないが、そんな者もいることは知らせたかった。
静かな美しい虚だった。
「特殊な力は持っていたかい?」
「分かりません。
短時間の接触でしたから。」
「その時のことを話してはくれないかい。」
予想外の所を聞かれ、咲は一瞬黙った。
「大したお話ではありません。
単に戦っているところに遭遇しただけです。」
相手が何とか話を聞き出そうとしていることは分かり、思わず僅かに身構えた。
彼女のことは話すつもりはなかったのだ。
話す必用もないと思っていた。
「それでどうして平和を望んでいると分かったんだ?」
「その虚が敵にそう話していたからです。」
「本当かい?」
「嘘つくなやハゲ。」
明らかな敵意に咲は猿柿に目を移す。
話がそれるためなら上手く彼女を使うのもありだ、と思った。
しかし猿柿を庇うように曳舟が視界に入り込む。
彼女はやはり、聡い。
「私はさ、悪いようにしようってんじゃないんだ。
そんな虚がいるなら、これから頭においとかなきゃならないだろう?
無駄な争いは避けるべきだし、協力しなきゃならないことだってあるかもしれない。」
曳舟が人格者であることは咲なりに感じていた。
信頼に足る人物であることも。
話すべきであろうと、重い口を開けかけた時だった。
その曳舟を飛び越えて猿柿が咲に掴みかかった。
咲は引き倒されるがままに床に薙ぎ倒され、馬乗りにされる。
「てめぇ何様のつもりや!
ウチの隊長が話せゆうとんのや!
話さんかい!
そもそも報告せんのは職務違反!怠慢や!
分かっとんのか!」
「もうやめなさいって。
全く。」
よいしょ、と曳舟が猿柿を咲の上から抱えて避ける時に銀白風花紗がはだけた。
現れた赤い首輪に気付き、猿柿は目を見開く。
「ほんまにつけとんのか!」
「あーもー!あんた外に出てなさい!」
そのまま部屋の外に放り出される。
咲は目を瞬かせて身体を起こした。
無情にも鍵をかけられた扉を、どんどんと殴りながら、開けろや!と騒ぐ声がしていた。
「ごめんね、悪い子・・・にしかみえないけど、根は優しいんだ。」
苦笑を浮かべる隊長に首を振る。
「言われても仕方のないことをしていますから。」
曳舟は溜息をついた。
「蒼純が心配するのもわかるよ。」
咲は首をかしげる。
「気が向いたらでいいんだ。
報告義務とか、命令なんかじゃなくてさ。」
蒼純が、彼女をいい人だといっていたのを思い出す。
穏やかな笑顔が咲を見つめた。
彼女に話せば、本当にいつか役立ててくれるかもしれないと、そう思わせる慈愛に満ちた眼差しだった。
「私の話は嘘かもしれませんよ。」
「それでも構わないさ!」
曳舟が鮮やかに笑うから、咲もつられて微笑んで、そして口を開いた。
「李梅君が知ったらすごい剣幕で怒りそうな話!」
一通りの話を聞いた曳舟は、楽しげに笑った。
実際彼女が言う通り、向こうで何度怒られたか数え切れない。
「それからあの子を外に出しておいて正解かな。
どっかで話しかねないから。」
話しているうちに猿柿はどこか行ってしまったのか、廊下は静かになっていた。
どこからともなく地獄蝶が、舞い込んできて、曳舟が差し出した指先に止まる。
「長いこと引き留めて悪かった。
お宅の副隊長殿が心配しているようだよ。」
咲は意外な言葉に目を瞬かせた。
「また向こうの話を聞かせておくれ。」
柔らかい笑顔に、猿柿もきっとこの笑顔が好きなのだろうな、とぼんやり思った。