斬魄刀異聞過去編
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「……危なかった」
路地に掛け込んだところで警備の者が厠から帰ってきたらしい。
京楽と浮竹は顔を見合わせて安堵のため息をついた。
咲は刑罰について詳しくないため知らないが、絶食の間に食べ物を口にしたことが分かると期間が伸ばされるのが通例。
場合によってはまた新たに刑に処される場合もある。
足早に二人はそこから離れ、京楽家の離れに転がり込んだ。
滅多に帰らない京楽の部屋は離れにある。
本屋には基本的に兄夫婦が住んでいるのだ。
夜も遅く、戻る事は告げていなかったが、家の者達は温かいものを用意して待っていてくれているから不思議だ。
その上何も聞かない。
浮竹にも温かい着物を貸してくれるのだから用意が良い。
(……兄上か)
京楽は思い当たる一人の人物に小さく微笑む。
昔よく家庭教師の目をかいくぐって町に出、怒られるのを覚悟で帰ってきたとき、怒っている両親とお茶をしている姿を何度か見かけた。
まるで弟から彼らの目をそらすためのようにも思えたものだ。
「それにしてもなかなか警備の者が離れないから駄目かと思ったな」
浮竹が溜息をつく。
こっそりと滋養剤を届けようという案は、絶食が決まった時点で上がっていた。
問題は、毎日届けては意味がないということにある。
衰弱している様子がなければ、ばれてしまうからだ。
だから限界まで待った上での行動になった。
栄養価をかなり抑えつつも、空腹感をなくせるものを探していた。
ところが昨日、なんの前触れもなく京楽のもとに詳細を示した手紙と供に滋養剤が届けられた。
送り主の名前はないが、その文字は烈のものだった。
ひどく有り難いが、誰にも相談もしていなかった二人にとって、いったいどこで自分たちの計画を知ったのかと、驚くと同時に冷や汗をかいた。
「だいぶやられてたね」
「ああ。
ずいぶんと痩せていた」
彼女の身体を思い出しているのだろうと思うと、京楽はなんだか腹が立った。
「どさくさにまぎれて君、何してたのさ」
小突かれて浮竹は目を瞬かせる。
それからふっと表情を曇らせた。
「どれほど苦しいのか、視ただけよりも強く感じたから、抱き締めなければよかったと思ったさ」
その瞳があまりに辛そうで、用意されていた酒瓶を手に取る。
「何だい色男。
そんなときはこれだよ」
盃を無理に持たせて酒を注ぐ。
とくとくと、盃が満たされる。
決して満たされることのない友をーー 一生罪人と後ろ指をさされるであろう友を思った。
「もう折り返したんだ。
明日はまた何事もなかったかのように出勤しなきゃね」
ゆらりと揺れる水面。
黙って鳶色の瞳を伏せ、盃を一気にあおった。
首に赤従首輪をつけた咲が四番隊特別管理棟から退院できたのは、刑が終わってから10日余りたってからだった。
薄暗い気持ちを抱えたままの咲は、呼び出されるままに朽木家を訪れた。
刑による衰弱、入院と続いて、どこかぼうっとしていた咲に、予想外の話が降ってくるとは知らず。
鹿威しの響く美しい庭を見渡せる部屋で、咲は顔を蒼くした。
「いただけません!!こんな高価な物を!」
銀白風花紗に触れるのも恐ろしいとでも言わん顔で、咲はぶんぶんと首を振って断る。
「お前は護挺だけではなく朽木家のためにも十分な働きをした。
白哉の命の恩人であり、名付け親でもある」
淡々と告げるのは朽木銀嶺だ。
「それは偶然というか、あまりに申し訳ない話と申しますか!」
「善き名だ。
私もとても気に入っている。
私たちではきっと、こんなに善い名はつけられなかっただろう」
「滅相もございませんっ!」
恐れ多すぎて思わずひれ伏す。
あまりにいろんなことがありすぎて、白哉の名前について朽木家の人に報告する機会をすっかり逸していたのだ。
それだけでも頭を抱えたいことなのに。
「卯ノ花家とて上流貴族。
銀白風花紗をつけてもかまわないはずだ」
父の横でにこにこと微笑む蒼純。
「お、恐れ多い!」
咲を朽木隊に入隊させたのは、当然ながらこの二人と響河の意向だった。
実力を見込んで、拍をつけさせるために自分たちの隊に入れた。
四大貴族であり死神としても実力もある朽木家が認めたなら、彼女も周囲に認められると思ったからだ。
そして響河の部下にすることを決めたのは蒼純だった。
響河ならば咲の事を軽蔑することもなく、存分に才能を伸ばしてくれると信じて疑わなかったから。
それがこんなにも
「それにこれが隊士の目に触れることこそ戒めにございますれば、そのような物で隠すなど」
首に光る赤は、彼女が罪人だと150年もの間知らしめるもの。
疑われるようなことをすればこれほどまでの辱めを与えられるのだと、隊士たちに教えるためのものなのだ。
蒼純はふっと表情を曇らせた。
「……お前はもう他の隊士の目に触れるような仕事はしないのだよ。
単独で私達の元で働いてもらう」
その言葉に咲は目を見開き、俯く。
彼の言葉は浮竹や京楽とは別の次元の仕事をすることを示している。
これから150年、彼女は表舞台からは消え、銀嶺、蒼純の直属の部下として、暗躍することはすでに隊長格には承認済みだった。
実際のところ、響河の反乱により多くの隊士、一般市民が命を落としており、隊士の中に怨みを持っていないものの方が少ない。
そのような状況で、罪に問われている咲とともに班を組んで任務に当たることができるかと言われれば、否である。
表に出ていれば彼女への怒りや恨みを煽りかねない。
重い罪状、そして表舞台からも消されるーーそれだけで多くの隊士に護廷の強硬な姿勢を示すことには十分だ。
「それでもいただけません、私は……私は」
銀嶺は俯く一回り細くなった身体を見て、痛ましげに目を細め、それを悟られぬために目を閉じた。
「そんなことおっしゃらないでくださいな」
優しい声が部屋に滑りこんできて、咲は振り返る。
明翠が白哉を抱いて部屋に入ってきたのだ。
「ねぇ、白哉さん」
「あー!」
まだ何も分からないだろう、白哉にまでつぶらな瞳でうるうると見つめられる。
そして見つめあっている間に、蒼純によって首に銀白風花紗が巻かれてしまい、驚いて上司を見上げる。
「良く似合っている」
その優しい笑顔に、咲はぽっと頬を赤らめた。
それを見た白哉がくいくいとそれを引っ張り、咲の視線が自分に向いたと分かると無邪気に笑う。
「本当に咲さんが大好きね」
明翠が笑う。
「お前もほしいのか」
蒼純が白哉の頬をつつくと、声を上げて赤子は笑った。
「さすがにそれはまだ早う御座います。
そうですね、入隊して、席を頂けたら、かしら」
「そうだな」
銀嶺は穏やかに子どもと孫を見つめている。
まるで何もなかったかのような平和がそこにはあった。
そこに有るべき2つの大切な存在を失って、ようやく平和が訪れたのだった。