原作過去編ー110年前
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「うちのが・・・すまんな。」
四人を部屋から出してから、小声で六車は言った。
咲は頭を振る。
「衛島四席の反応は当然、当たり前のことです。」
「俺は笠城元隊長のことは生前から知っている。
響河の反乱に乗じて美談にされたが、元々は笠城元隊長が響河を妬んで陥れようとしていたこともな。」
咲は目を伏せた。
「だが俺はやはり、響河の器が小さかったのだと思う。
力を持つものは、真の強さが問われる。
彼にはその強さがなかった。」
「・・・響河殿はお強かった。」
小さな声で、でもはっきりと、咲は言った。
「誰よりも己にできることを尽くそうと、自分の危険も省みず闘われた。
あの方がこの護挺のためにどれほど傷つき、それでもなお、戦い続けたか。」
拳は震えていた。
「孤独な闘いが、あの方を追い詰めた。
追い詰めてしまった・・・それだけです。」
強い瞳が六車を射る。
「力を持つものには、真の強さが求められるでしょう。
それと同じく、時の運も、また求められる。」
その瞳に薄い瞼が下ろされた。
50年以上の時を経てもまだ消えぬ怒りを、飲み込むように。
「強さを持ってしまったならば、全てを持たねば殺される・・・ならば、あの方が、あれほどの力を持たなければ良かったのに・・・。」
小さなかすれた声に、六車はじっと咲を見た。
彼女は反逆者になりうるかもしれないとさっき思ったが、やはりそれは久南の言う通りだと思った。
彼女も何ら変わらない。
自分たちと同じ心を持つ。
誰でも、親しいものを傷つけられれば怒りを覚える。
つまり心の強さと時の運、その均衡が崩れれば、誰もが反逆者になりうるのだ。
久し振りに飲もうと声をかけたのは浮竹だった。
場所は雨乾堂が良いだろうと言ったのは京楽だった。
咲は疲れたような顔で頷いた。
先に着いたのは咲だった。
「お、来たな。」
いつも通りの笑顔で浮竹は迎え入れる。
「最近九番隊の任務に同行していると聞いてな。」
彼は聡く、心配りもできる。
普段であれば断るであろう咲は、流石に疲弊しきっていてふらふらと彼に歩み寄った。
「・・・お疲れさん。」
大きな手がそっと肩を抱いて室内に誘う。
咲は促されるままに座布団に座った。
「京楽はまだかかるそうだから、飲み始めるか。」
手に盃を持たせ、注げば咲はすぐに煽った。
「・・・無理、してるのか。」
浮竹の労りの言葉を、咲は肯定も否定もしない。
浮竹は空になった盃に酒を注いだ。
その水面が揺れているのは、咲の手が震えているからだ。
「九番隊には、響河殿が殺した笠城隊長のご子息が居られる。
・・・その方もまた、魂魄消失案件の調査隊に含まれている。」
「そうか。
会ったんだな。」
咲はひとつうなずく。
「彼は忘れてなどいなかった。
響河殿のしたことを。」
盃を煽り、そして乱暴に置いた。
彼女にしては珍しいことで、盃は力なく畳の上を転がった。
その盃を持っていた手は震えながら顔を覆った。
「憎しみは憎しみしか生まない。
響河殿をうらやみ、憎み、そして陥れた笠城隊長は響河殿に殺された。
響河殿は自分を恨んだものを次々と殺した。
その響河殿は封印され、姿を消した。
残された朽木家の方は背負いきれぬ悲しみと苦しみと懺悔に生きている。
・・・憎しみはあの場所にあった幸せを根こそぎ奪った。」
浮竹は目を細める。
咲はまるで血を吐くように言葉を絞り出した。
「わかっている、わかっているんだッ!!」
浮竹はじっとその言葉を聞いていた。
誰もが時間が解決するものだとばかり思っていた思いを、彼女はずっと、押し込めていたのだろう。
耐えていたのだろう。
「彼はやはり響河殿を恨んでいる。
私を、恨んでいる。
それを知ると、腸が煮えくり返るようなんだッ!!!」
咲は胸元を苦しげに掴んだ。
「笠木隊長が、彼の父が悪いのだと、叫びたくなってしまう。
そんな私も、結局は彼と同じで過去に囚われているのだ。」
その様子はあまりに痛々しく、見ていられないが、目を背けることはできない。
「わかっている、でも!」
咲は胸をかきむしる。
「苦しいんだ、胸が!!
虚になってしまうのではと思うほど!!!」
震える咲に、少し迷ってから浮竹は隊長羽織を脱いだ。
立ち上がり、後ろからそっと、羽織でくるむ。
細い体は、怒りと悲しみとで、ガタガタと震えていた。
「ここには、雨乾堂には、俺しかいない。
俺しか。」
なるべく優しく、耳に囁く。
小さな獣を手なずけるように。
愛おしい女に、愛を囁くように。
「お前の存在は、誰にも知れない。」
そう囁くことだけが、彼にできることであり、彼が己に許したことだった。
「響、河殿っ!!!
響河殿っ!!!」
腕の中で、愛しい女が別の男の名を叫ぶ。
それも、絞り出すような声で。
彼女を殺そうとした上司の名前を。
彼女を出自で判断せず、その能力を認め、取り立てた上司の名を。
世紀の大反逆人の名前を。
心から消すことのできない、50年以上の時を経てなお、彼女を苦しめる男の名を。
「響河殿のお気持ちを!
知りもしないでっ!!」
浮竹は彼女の震えを抑えるかのように、きつく抱きしめた。
己の心が解き放たれないように、瞳を閉じて、きつくきつく、抱きしめた。
雨乾堂の前で、京楽はつきそうになった溜息を飲み込む。
中の二人がもしかしたら気付いてしまうかもしれないと思ったからだ。
彼を照らし、そして室内の男女を照らす月は、ひどく美しい。
まるで室内の心を引き裂かれた二人の様子と対極にあるようだと、思った。
そしてその月光から隠れるように深く、深く笠を被る。
抱き締める腕の中で、別の男の名前を苦しげに叫び続ける愛する女を抱く男の気持ちを思いやりながら。