原作過去編ー110年前

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この地区一番の大きな木上でじっと霊圧を探る。
虚の討伐任務の際、現地で残って不可思議に消失する霊圧を探しているのだ。

(霊圧のある者が消えているという仮定が正しければ、いつか現場を押さえられるかもしれない)

かれこれ1月近く経つが、なかなか結果は得られないでいる。
今日も外れかと、腰をあげたときだった。
不可解に揺れる霊圧に気づく。

(当たりか!?)

夕暮れのここは、南流魂街78地区戌吊。
番号の多い地区では夕暮れ時以降は庶民には危険だ。
人攫いが横行する。

だが、はそれが狙いだった。
人攫いは金になる。
金を欲するのは誰か?
誰もが欲することに代わりはないが、必要不可欠なのは、霊力のある者だ。

理由は単純、腹が空くから。







駆けつけたのは道から逸れた林の中だ。
辺りの木が薙ぎ倒され、その中央にはやはり、服だけが取り残されていた。
男物だ。

だが残されていたのはそれだけではなかった。

はわざと足音を立てる。
蹲って泣いていた少女は弾かれたように顔をあげた。
艶やかであったろう黒髪には草や砂で汚れ、白い肌にも無数の切り傷がある。
暴走した霊圧によるものと、人為的につけられたものがあるのは、には一目でわかった。
だが彼女は貴族と言っても何ら遜色のない容姿をしていた。

(あの消えた男に拐われたのか。)

現世での生まれに関係なく、流魂街では住む地区を割り振られる。
現世では高貴な生まれであっても、この戌吊のような荒んだ地区に振り分けられることは珍しくないのだ。
は少女の前に膝をつく。

「大丈夫ですか?」

「わ、わた、し・・・」

「落ち着いてください。
私は死神です、人攫いではありません。」

手拭いを取りだし、そっと涙を拭けば、少女は声をあげて泣き出した。
はその小さな頭越しに消えた男の跡を見やる。
この目の前の仕事を片付けねばならないことはよく分かっていたが、今自分にすがり付いてくる少女を放置することはできなかった。

彼女は、烈に拾われた頃の自分を思い出させる。
無防備で、空腹で、泥で汚れていて。


ただ独り。


はじっと、少女の背中を擦っていた。










落ち着いてきて、少女ははたと状況を思い出す。
見ず知らずの人に抱きついて、赤子のように泣いている自分が急に恥ずかしくなって、慌てて離れる。

「ごっ、ごめん、な、さい!」

そんな少女に、は出来るだけ優しく微笑みかけた。

「大丈夫、怖かったでしょう?
これを飲みなさい、落ち着きますから。」

差し出された竹筒に口をつける。
とろんとした仄かに甘い液体が、喉を潤す。
そのときはじめて、自分がどれ程喉が乾いていたか、空腹だったか思い出した。
彼女も霊圧が高いのだ。
一気に飲み干すと不思議と空腹も満たされた。

は視線を合わせて問いかける。

「家族は?」

「・・・いません。」

「帰る場所は?」

「・・・ありま、せん。」

少女は急に心細くなった。
自分が生きるのに精一杯で養いきれなくなった、幼い妹の手が、急に恋しくなる。
数日前に眠っている隙に置き去りにした、幼い妹。
あの子はもう、死んだのだろうか。
自分のように人攫いにはあわないだろうが、野犬に襲われたかもしれない。
そう思うと胸が張り裂けそうだった。

胸の前で握りしめる手は震える。
それをじっと見つめ、は口を開いた。

「教えて欲しいことがあります。
それを教えてくれたら、貴女に・・・生きていける場所を探すと約束します。」

降って沸いた提案に、少女は目を見開く。

「ここであったことを、話してください。」

その提案に、慌てて頷く。

「男の人が、助けてくれると言ったの。
たからついてきました。
そうしたら急に道から外れて、おかしいと思ったんです。
怖くなって・・・私、やっぱりいいですって断りました。
そうしたら男の人が、ダメだって。」

思い出すのも恐ろしいことだが、これを話せばこの死神は助けてくれると言った。
今はそれにすがるしかないのだ。

「それで、私の手をつかんではなしてくれなくて、怖くてなんとか逃げようと暴れたんです。
そうしたら男の人が怒って・・・それで急に苦しみだしたんです。」

本当に急で、逃げるのを忘れるほど驚いたのだ。

「それから急に何か強い力に突き飛ばされて、私、この木の根本に。」

は安心させるように頷く。

「恐ろしい様子でした。
思わず目をつぶったから、よく見えていないけれど、人のものとは思えない悲鳴をあげて・・・それが最後でした。
目を開けたら、あの人はいなくなっていて、この状況でした。」

「人のものとは思えない悲鳴?」

は少女の言葉を繰り返す。

「はい、獣のような、あの人が発するとは到底思えないような、大きくて、耳を塞ぎたくなるような、声でした。」

その表現に思い当たることはひとつしかなかった。

「虚を見たことは?」

「ほ、ほろ・・・?」

名前すら聞いたことがない様子に、は少し考え込む。

「ありがとうございます。
とても参考になりました。
現場を片付けてきます。
少しこちらでお待ちください。
良ければ、これも食べますか?」

包みから取り出したのは、今日の食事にと用意しておいた握り飯だ。
だが自分などより目の前の少女の方が余程必要としていることは見ればわかった。
だが、少女は戸惑ったようにを見上げた。

「どうして、こんなによくしてくれるの?」

当然の問いかけに、は困ったように笑った。

「私も昔、流魂街で一人でした。
いつもお腹を空かせて、傷だらけで・・・
それを助けていただいたんです。
そのときのことを思うと、貴女を放っておけなくて。」

そう言うと少女はくしゃっと顔を歪めて、泣きながら握り飯を頬張った。
嗚咽と共に漏れる小さな謝罪に、何かあったのだろうとは思うものの、は詳しく聞かずに、ただその頭をなで続けた。









現場の確認を終えると、少女を抱えて流魂街に何ヵ所か持っている家に連れて帰る。
木上でも寝られるから不要だと何度も断ったが、長期任務が多いからと半ば強制的に蒼純に与えられた。
大抵は町外れの小さな空き家を改装したもので、生活に必要なものは一通り揃えている。
ここは南流魂街8地区入野で、一桁台だけあって治安もよい。
ここで彼女が一人で暮らしていくことも十分可能だ。

「精霊挺には連れていけないので・・・ごめんなさい。」

少女は首を振った。

「私は仕事を片付けてきます。
お風呂はここ。
タオルはここにおいておきます。
服は大きいと思うけれど私のを使ってください。」

家の中を簡単に説明する。
小さいが一人が生活するには機能性は十分だ。

「疲れたでしょうから、ゆっくり休んでください。
町はここから北東に行くとありますが、迷わないように気を付けてくださいね。
明後日には顔をだします。
台所も好きに使って構いません。
保存食しかありませんが、適当に食べてください。」

幸い明後日は休みだ。
そこで生活に必要なものを買い出しにいけばよいと思っていた。

(それでもやはりなにか困ることもあるかもしれない。)

「今は仕事で出ていてあまり手持ちはないのですが、どうしてもなにかいるようでしたらこれを使ってください。」

懐にある財布から幾らか金を出して机に置く。
少女が驚いた顔をしたことには気付かない振りをした。

「あの、どうして・・・」

疲れているだろうから布団を敷いておいてやろうと押し入れを開けていた、は振り返る。

「私が悪いことをするとか・・・お金を盗んで逃げるとか、そういうことをしないと限らないのに・・・」

素直な戸惑いに、思わずくすりと笑う。

「あなたに出来る悪いことなど、高が知れています。
貴女がそのお金を持ってここから逃げて、自立した生活が送れるならそれで良し。
他に何か質問はありますか?」

現世で死んでから優しくされたことのない少女は、目の前のおおらかな発言をする大人の女に、心の底から惹かれた。

「本当にありがとうございます!
あの、お名前を教えてください。」

はすっかり忘れていた、と頷いた。

「卯ノ花です。
貴女は?」

緋真ひさなと申します。」

真摯に見上げてくる瞳に、ふと、浮竹ならどうするだろう、と思う。
彼は子供の扱いが上手い。
視線をあわせ小さな頭に手をのせた。

緋真ひさなさん、安心していいから、ゆっくり休んでいてください。」

そう言うと、少女は泣きそうな笑顔を浮かべて頷いた。



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