虚圏調査隊編
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浮竹は、今までと何一つ変わらぬ日々を送っていた。
書類を確認して必要な処理を行い、人事に関する会議に出席し、虚を倒し、報告書にまとめる。
上位席官としての勤めを、立派に果たしていた。
そうであるように努めていた。
虚圏調査任務の担当となった今は以前にも増して忙しい。
十二番隊と出立当日必要な機材の擦り合わせと整備状況の確認、四番隊と医療具及び物資の確認、当日出立に立ち会う隊長他との時間調整など、あげ始めたらきりがない。
それでも浮竹は決して気を抜くことはなく、全力を尽くしていた。
この担当に手を挙げたのは、自分だった。
時間はあの虚圏調査隊の人選会議直後にまで遡る。
隊長である近藤に、私情を正論に見せかけるのをやめるように言われ、頭を冷やすために中庭まで出ていた。
だがどれだけ考えても、心が静まらない。
苦しく締め付けられるようで、冷静な判断などいつまでたっても下せそうになかった。
(だめだ、だめだ、だめだ!)
膝を抱えてうずくまる。
(四席としてこんなんじゃだめだ。
だが咲を虚圏になんて送り込みたくない!)
震えるほどの不甲斐なさに、頭を掻き毟る。
(だめだ、だめだ、だめだ!!!)
その頭にこつんとなにかが降ってきて思考が中断される。
驚いて顔をあげると、隣に近藤が苦笑を浮かべながら立っていて、その手がどうやら自分の頭に何かをのせているようだ。
頭の上の箱を手にとって見てみると、それは浮竹の好物のおはぎ。
それも有名店の人気商品だ。
「食べたくなってな。
付き合ってくれるか」
「あ、あの」
「ほらほら、」
戸惑う浮竹を他所に、開封し懐紙に乗せて笑顔で差し出す。
「ありがとう、ございます」
浮竹はその唐突さに先程の怒りも忘れてしまった。
「ここのは絶品でなぁ、定期的に食べたくなる」
ぱくりと齧り付く様子は、とても護挺の隊長として数々の苦労や悲しみを背負うは思えない、明るい純朴さがあった。
「ほら、遠慮するな」
「いただきます」
促されて同じく齧り付けば、上品な甘さとモチモチとした食間が口一杯に広がる。
浮竹は思わず、溜息をついた。
漸く肩の力が抜けた気がしたのだ。
「……隊長のおっしゃる通りです。
私は、彼女を虚圏になど送りたくはない。
そんな命令を下したくはありません。
共に命をかけて戦ってきた仲間です。
ただでさえ過酷な任務続きの彼女に、追い討ちをかけるようなことはしたくありません」
近藤は深い溜息をついて、苦笑した。
「ああ、そうだろう。
浮竹、お前の気持ちは何一つ間違っちゃいない。
俺だってなぁ、何度も何度も思ったさ。
後悔もした。
数えきれんくらいな」
中庭から見える空は青く、雲ひとつない。
のんびりとした良い気候だ。
今はまだ同じ空の下に、友がいる。
だが、一月後には、この同じ空を見上げることさえ叶わない。
「その気持ちを大切にしなさい。
死地に人を送り出す十三番隊にいる限り、忘れてはならん」
「はい」
奥歯を噛み締め堪えるように、浮竹は返事をした。
「人にはな、浮竹。
守らにゃならん命もあるが、守らねばならん心もあると思うんだ」
おはぎを頬張りながら、近藤は話す。
「真に生きると言うことは、どういうことかということさ」
「真に、生きる……ですか」
「ああ。
例えばだ、あの朽木響河は最後、本当に生きていたと言えるか、ということだ。
彼の心は、本来あるべき彼の心の姿であったのか……」
辛い記憶を振り返る。
響河は必死にもがいていたと、浮竹は思い出す。
自分の理想の世界を作ろうとして脱獄し、抹殺の命が下った。
自分を裏切った人々を殺そうと躍起になっていた、己と関係を築いてきた者達と殺しあった響河は、どれ程闘っただろう。
どれ程命を奪い、傷つけただろう。
己の信条も、誇りも、大切なものを全てぶち壊して。
(その時、彼の心は……)
「響河殿は……出自ゆえ蔑まれがちな咲を正面から見据えてくださった。
その心に偽りはなく、本来はそう言う方だったのだと思います。
だが最後にはその心は失われーー死んでしまった」
「そうだな。
罪人として追われる彼の心は、死んでいただろうなぁ。
誇りも、思いやりも、温もりも、強さも、全てを失って、ただ己の怒りに……そしてもしかしたら、どうしようもない悲しみに、支配されていただろう」
大きな手が、浮竹の頭に乗る。
「彼女の心を、殺してはならん」
罪人として憎しみを一身に受ける友の小さな背中を思い出す。
例え表舞台から消えたとはいえ、彼女に向けられる視線は厳しい。
罪人として影で過酷な任務に1人追われ続けることが、彼女の心にどれ程負担か。
「俺達だってな、無理な任務に行かせようとしているわけじゃない。
過去の実績を見てみろ、彼女ならばやりきるだろう。
それもきっと、強くなって帰ってくる。
確かに今よりは危険かもしれんが、今のような憎しみの目を向けられることも、同じ死神から逃げ隠れする事からも解放され、彼女らしく戦えるはずだ」
彼の言うことは、正しいに違いない。
それを望まないのは、浮竹だ。
彼女を突き放す決断はあまりに重く、彼女を手の中に引き留めて守ることよりもずっとずっと難しい。
隊長である近藤は、きっと今まで多くの隊士を信頼して、様々な任務に送り出してきたのだろう。
その中には友もいただろう。
後輩もいただろう。
適切な任務を与え、適切な場を与え、適切に成長を促せば、それを越える守りはない。
だがそれに保証はなく、賭けるのは命だ。
「彼女は、卯ノ花咲は、生きる」
強い言葉に、浮竹は少し迷ったあと、決心して頷く。
(隊長は残酷だ……そしてその残酷な決断の苦しみを、いつも真正面から受け止めておられる)
だから彼は皆から信頼され、多くの人から好かれ、彼に命を捧げようと思わせるのだろうと思う
胸につかえたものを吐き出すように、息を吐き出す。
「卯ノ花咲を加えることに……賛成します。
ですから、お願いします、俺を虚圏調査隊の担当にしてください」
近藤は明るく、でもどこか辛そうに笑った。
「勿論だ」
書類を確認して必要な処理を行い、人事に関する会議に出席し、虚を倒し、報告書にまとめる。
上位席官としての勤めを、立派に果たしていた。
そうであるように努めていた。
虚圏調査任務の担当となった今は以前にも増して忙しい。
十二番隊と出立当日必要な機材の擦り合わせと整備状況の確認、四番隊と医療具及び物資の確認、当日出立に立ち会う隊長他との時間調整など、あげ始めたらきりがない。
それでも浮竹は決して気を抜くことはなく、全力を尽くしていた。
この担当に手を挙げたのは、自分だった。
時間はあの虚圏調査隊の人選会議直後にまで遡る。
隊長である近藤に、私情を正論に見せかけるのをやめるように言われ、頭を冷やすために中庭まで出ていた。
だがどれだけ考えても、心が静まらない。
苦しく締め付けられるようで、冷静な判断などいつまでたっても下せそうになかった。
(だめだ、だめだ、だめだ!)
膝を抱えてうずくまる。
(四席としてこんなんじゃだめだ。
だが咲を虚圏になんて送り込みたくない!)
震えるほどの不甲斐なさに、頭を掻き毟る。
(だめだ、だめだ、だめだ!!!)
その頭にこつんとなにかが降ってきて思考が中断される。
驚いて顔をあげると、隣に近藤が苦笑を浮かべながら立っていて、その手がどうやら自分の頭に何かをのせているようだ。
頭の上の箱を手にとって見てみると、それは浮竹の好物のおはぎ。
それも有名店の人気商品だ。
「食べたくなってな。
付き合ってくれるか」
「あ、あの」
「ほらほら、」
戸惑う浮竹を他所に、開封し懐紙に乗せて笑顔で差し出す。
「ありがとう、ございます」
浮竹はその唐突さに先程の怒りも忘れてしまった。
「ここのは絶品でなぁ、定期的に食べたくなる」
ぱくりと齧り付く様子は、とても護挺の隊長として数々の苦労や悲しみを背負うは思えない、明るい純朴さがあった。
「ほら、遠慮するな」
「いただきます」
促されて同じく齧り付けば、上品な甘さとモチモチとした食間が口一杯に広がる。
浮竹は思わず、溜息をついた。
漸く肩の力が抜けた気がしたのだ。
「……隊長のおっしゃる通りです。
私は、彼女を虚圏になど送りたくはない。
そんな命令を下したくはありません。
共に命をかけて戦ってきた仲間です。
ただでさえ過酷な任務続きの彼女に、追い討ちをかけるようなことはしたくありません」
近藤は深い溜息をついて、苦笑した。
「ああ、そうだろう。
浮竹、お前の気持ちは何一つ間違っちゃいない。
俺だってなぁ、何度も何度も思ったさ。
後悔もした。
数えきれんくらいな」
中庭から見える空は青く、雲ひとつない。
のんびりとした良い気候だ。
今はまだ同じ空の下に、友がいる。
だが、一月後には、この同じ空を見上げることさえ叶わない。
「その気持ちを大切にしなさい。
死地に人を送り出す十三番隊にいる限り、忘れてはならん」
「はい」
奥歯を噛み締め堪えるように、浮竹は返事をした。
「人にはな、浮竹。
守らにゃならん命もあるが、守らねばならん心もあると思うんだ」
おはぎを頬張りながら、近藤は話す。
「真に生きると言うことは、どういうことかということさ」
「真に、生きる……ですか」
「ああ。
例えばだ、あの朽木響河は最後、本当に生きていたと言えるか、ということだ。
彼の心は、本来あるべき彼の心の姿であったのか……」
辛い記憶を振り返る。
響河は必死にもがいていたと、浮竹は思い出す。
自分の理想の世界を作ろうとして脱獄し、抹殺の命が下った。
自分を裏切った人々を殺そうと躍起になっていた、己と関係を築いてきた者達と殺しあった響河は、どれ程闘っただろう。
どれ程命を奪い、傷つけただろう。
己の信条も、誇りも、大切なものを全てぶち壊して。
(その時、彼の心は……)
「響河殿は……出自ゆえ蔑まれがちな咲を正面から見据えてくださった。
その心に偽りはなく、本来はそう言う方だったのだと思います。
だが最後にはその心は失われーー死んでしまった」
「そうだな。
罪人として追われる彼の心は、死んでいただろうなぁ。
誇りも、思いやりも、温もりも、強さも、全てを失って、ただ己の怒りに……そしてもしかしたら、どうしようもない悲しみに、支配されていただろう」
大きな手が、浮竹の頭に乗る。
「彼女の心を、殺してはならん」
罪人として憎しみを一身に受ける友の小さな背中を思い出す。
例え表舞台から消えたとはいえ、彼女に向けられる視線は厳しい。
罪人として影で過酷な任務に1人追われ続けることが、彼女の心にどれ程負担か。
「俺達だってな、無理な任務に行かせようとしているわけじゃない。
過去の実績を見てみろ、彼女ならばやりきるだろう。
それもきっと、強くなって帰ってくる。
確かに今よりは危険かもしれんが、今のような憎しみの目を向けられることも、同じ死神から逃げ隠れする事からも解放され、彼女らしく戦えるはずだ」
彼の言うことは、正しいに違いない。
それを望まないのは、浮竹だ。
彼女を突き放す決断はあまりに重く、彼女を手の中に引き留めて守ることよりもずっとずっと難しい。
隊長である近藤は、きっと今まで多くの隊士を信頼して、様々な任務に送り出してきたのだろう。
その中には友もいただろう。
後輩もいただろう。
適切な任務を与え、適切な場を与え、適切に成長を促せば、それを越える守りはない。
だがそれに保証はなく、賭けるのは命だ。
「彼女は、卯ノ花咲は、生きる」
強い言葉に、浮竹は少し迷ったあと、決心して頷く。
(隊長は残酷だ……そしてその残酷な決断の苦しみを、いつも真正面から受け止めておられる)
だから彼は皆から信頼され、多くの人から好かれ、彼に命を捧げようと思わせるのだろうと思う
胸につかえたものを吐き出すように、息を吐き出す。
「卯ノ花咲を加えることに……賛成します。
ですから、お願いします、俺を虚圏調査隊の担当にしてください」
近藤は明るく、でもどこか辛そうに笑った。
「勿論だ」