虚圏調査隊編
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「お前が俺と同じ席か?」
下から鋭い目に睨みつけられ、京楽は反射的に愛想笑いを浮かべる。
「そのようです、李梅四席」
だがその眼光は一瞬で消えた。
繰り出された蹴りをぎりぎりのラインで跳んで避けた。
続けて繰り出された拳を右、左とかわし、3発目は左手で掴んで受け止める。
「……何かお気に召しませんでしたか」
京楽が低い声で問う。
右手はすでに花天狂骨に掛けられていた。
彼のことはすでに木之本から聞いていた。
自分と同じ席の、無謀と言っても過言ではないような任務についていた男が、還ってきたと。
「ほぉ、コネで無駄に席をあげたわけではなさそうだな」
「李梅、そういじめるな」
廊下の向こうから隊長である李玖楼が歩いてくるのが見え、両者は構えを解いた。
「私も彼には期待しているんだ。
中へ。
話をしよう」
彼は片眼鏡の奥から京楽を見つめていた。
それだけでなぜ、京楽がここに呼ばれたのか分かった。
またそれが、上司達の京楽への心配りであることも。
京楽は頷いて中に入る。
その背中を見つめる木之元を、怪訝そうな目で李梅は見た。
「文句でもあるのか」
「いいえ、滅相もございません」
口早にそう答えると、木之元は恭しく李梅に中に入るよう手で示す。
李梅はふん、と鼻を鳴らすと、音も立てずに室内に入った。
その静かな気配が知り合いに似ていて、木之元は少しだけゆっくりと部屋に入った。
「失礼いたします」
呼びだされた部屋には、久しぶりに自分と隊長、副隊長以外の隊士が2人いた。
彼等を見るのは初めてだ。
入り口で佇む咲に二人の隊士は鋭い視線を投げかけた。
かなりの実力者であることは、空気で知れる。
咲は息をのんだ。
(同じだ)
それは直感だった。
「こちらに来なさい」
蒼純の言葉に、咲は従う。
「十一番隊三席狩能 雅忘人、十番隊四席李梅だ」
順に背の高い方、低い方を示して蒼純が説明した。
「六番隊、卯ノ花咲です」
咲は片膝をついて深く礼をした。
「……確かにな。
他の連中とは一味違うようだ」
雅忘人が静かに言った。
「頭をあげろ」
李梅の声に、咲は彼を見上げる。
「お前、更木の育ちらしいな」
李梅の視線が刺さるようだった。
「はい」
「どのくらいだ」
「卯ノ花隊長に拾われるまでの、何十年かは。
詳しくは覚えておりません」
「立て」
言われるがままに立ち上がれば、彼は咲よりもやや身長が低いようだった。
品定めをするように上から下まで見た後、李梅は言った。
「……決めた。
こいつにする」
「ああ。
虚圏調査隊に、ぜひ君を迎えたい」
雅忘人もそれに同意したらしい。
予想もしなかった言葉に、咲は目を瞬かせた。
「虚圏調査隊、とは、いったいなんでしょうか」
「俺達はもう100年もの間、調査のために虚圏に行っている。
始めは114人いた隊士も俺達二人になった。
報告のために一度戻ってきたが、ついでに隊士を増やそうと思ったんだ。
ところが精霊挺もずいぶんと人員不足だと聞いた」
「てめぇ一人だ。
隊員として同行の許可が出た中で連れて行く気になったのは」
咲はじっと李梅を見上げた。
「100年だ。
虚が溢れる中、睡眠も食事もまともにとれねぇ。
しかも男2人と寝食を共にする。
来る気はあるか?」
咲は深く頭を垂れた。
その表情を窺うことは誰にもできない。
「はい。
それが護挺のためとあらば。
微力ながら尽力させていただきます。
よろしくお願い申し上げます」
感情をうかがうことのできない、落ち着いた声。
「変わった奴だ」
李梅はふん、と鼻を鳴らした。
「出立は一月後の予定だ。
詳しくはまた追って連絡するが、次に帰るのは100年後。
覚悟せよ」
雅忘人の言葉に、咲は再び深く頷く。
「承知いたしました」
「行きなさい」
蒼純の静かな言葉に、咲は立ち上がると部屋から出た。
「蒼純……いや、今は蒼純副隊長でしたか」
咲が部屋を出、銀嶺は隊首会に行った。
部屋に残っているのは、蒼純、李梅、雅忘人の3人だけだ。
「いえ、100年も前のまま席が据え置かれているお二人に副隊長と言われるほどではありません。
どうぞ昔のまま」
「では。
蒼純にしては珍しいことを考えたな。
100年前では考えられん。
まだ少女の域を出ないような部下を奈落の底に突き落とすようなことを」
雅忘人の言葉に蒼純は静かに微笑んだ。
「貴方達がいない間に、精霊挺もいろいろありまして」
その笑みに、この男も変わった、と二人は思う。
李梅はどかりと椅子に腰かけた。
「……いろいろとは」
「あの子は私の義弟の部下でした。
その義弟は反逆の罪で封印された」
「姿が見えないと思ったら」
「あの子は響河の斬魂刀で操られた自分の先輩を始めとする大切な人々を殺しました。
必死に義弟を正そうとし、弟にも致命傷を何度も与えられました。
なんとか封印をしましたが、彼女は四十六室から響河への加担の疑いで、刑に処されています」
穏やかな顔で蒼純は語るが、ここに至るまでどれ程悩み、後悔しただろうと二人は思った。
「見せしめか。
具体的には?」
「今でも続いているのは150年にわたる席官の剥奪、およびその間の赤従首輪の着用」
「ほぅ、なかなか粋だな。
それで銀白風花紗を与えたか」
「ええ。
疑いのあるものを罰するという、強硬な姿勢を示すいい機会となりました。
……あの子はまだ入隊して数年しかたっていなかったというのに」
彼は笑顔を張り付けるようにもなったのか、と李梅は頷く。
「侮るのはいかんからな。
あいつの実力は?」
「上位席官並みには。
同期に四席になった者がおりまして、その二人とほぼ互角」
「お前が言っている同期というのは、うちの京楽か」
「ご存知でしたか」
「上流貴族の坊主がコネで来たかと思ったが、思ったよりまともだった」
溜息とともに出た言葉は、彼の最高の褒め言葉だろう。
「ええ。
彼は優秀ですから」
蒼純はにっこりと笑った。
李梅はもう話すことは無いとでも言うように口を閉ざした。
彼は昔からそうだった。
寒々しいまでに潔く、無駄がない。
雅忘人が口を開く。
「そう言えばずいぶんと顔ぶれが変わったな、護挺も。
100年しかたっていないというのに」
「霊王への反乱と、それに続く義弟の反乱のせいです。
上位席官も4分の1が亡くなった」
「それ以下はそれ以上、か。
新入隊士なんて残らなかったんじゃないか?」
「ひどいのは彼女の代でしょう。
3人しか残りませんでした」
「そうか」
それだけあの3人の実力があると言うことでもある。
言い方は悪いが丁度良い
「お前のことだ、厄介払いするつもりで任務に出すわけではなかろう?」
「はい。
……あの子は一度、ここを離れた方がいい」
蒼純の瞳は暗く深い闇を湛える。
「刑期は150年か。
ずっと白い目で見られるよりは、確かにいいかもしれぬが、死とは隣合わせだぞ。
友とも会えぬ」
「それがあの子を強くするでしょう。
隊長もおっしゃっていました。
あの子は今、留まるべきではない、と」
実力があるものならば、その者の停滞は許されないのが常だ。
その者の力は1人のものだけではない。
護挺の力となるからだ。
たとえそれが、罪人の烙印を押された者の力であっても。
「お前によくその判断ができたな」
蒼純は緩く首を横に振った。
「隊長が、です」
「でも昔のお前なら反対したぞ」
「そうでしょうね。
私もようやく人並みになれたのでしょうか」
「否、人よりも残酷になっただろうな。
でなければ副隊長も当主も務まらん」
蒼純は悲しげに笑った。
その陰りのある表情に、響河による反乱の残酷さが見てとれた。
「お褒めに預かり光栄です」
静かな静かな声が、執務室に落ちた。