原作過去編ー110年前
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図書館で久しぶりに見かけた小さな背中に、咲は声をかけた。
「入隊おめでとうございます。」
「ありがとうございます!」
にこにこと笑顔を見せる七緒に咲も笑顔になる。
少女は霊術院に通っている間に確かに成長したが、まだ幼い少女の域を出ない。
それでも以前よりぐっと大人びた。
母を救った自信と、強さを求める理由が、彼女を成長させる。
そして彼女の持つ才能と努力が、『守られる存在』であった彼女を、『守る存在』へと引き摺り出してしまった。
それが咲には少し、悲しいことに感じる。
「それも大変優秀な成績だったとうかがいました。
本当におめでとうございます。」
順位は十五番目で、まだまだ幼い部類に入る七緒であることを考慮すれば、驚くほどの才能だ。
「咲さんのお陰です。」
はにかんだように見上げてくる姿に咲は目を細め、首を振った。
膝を折って、目線を合わせる。
「七緒様の努力の賜物です。」
七緒は目を瞬かせ、それからやはり、はにかんだように笑った。
「これからどんどん強くなり、強くなることを求められるようになるでしょう。
その強さはなんのためなのか、どうぞ心に留めておいてください。」
七緒は力強く頷いた。
そんな二人の様子を、書棚の影から眺める人がいた。
「蒼純副隊長?」
声をかけられ、彼は柔らかく微笑んだ。
「こんにちは平子隊長、図書館にご用ですか?」
「ちょっとまぁ、そんなところです。」
今回は普段調べものを頼む隊士達が皆出払ってしまっているため、仕方なくだ。
蒼純の頭越しに眺めると、なにやら微笑ましい姿が目に止まる。
(その強さはなんのためか、か。
言っていたのはあいつか・・・卯ノ花咲。)
線の細い姿や穏やかな表情からは、噂に聞くあの朽木響河の反乱の罪人とは思いがたい。
卯ノ花隊長と血は繋がっていないと聞いてはいたが、繋がっていてもおかしくないと感じさせる品の良さがあった。
猿柿と浦原の件で揉めたときに白打を少し目にしたが、席官どころか副隊長にしても申し分ない出来だった。
(人は見かけによらん。
・・・よらへんけど、あいつがほんまに罪人やとしたら、かなんな。
あまりに善人らしすぎて、そして強い。
・・・藍染並みに厄介や。)
反乱後に入隊した平子には、事の真相は分からぬままだ。
それでもその反乱の残虐さは聞き及んでいる。
目の前の蒼純は響河の義兄で、反乱で妻を咲に殺されたとも聞いた。
(えらい歪んだ関係やな。)
蒼純は向こうにいる咲と七緒が霊術院の話で盛り上がっているのを眺めている。
その表情からは慈愛以外のなにも読み取れなかった。
(喰えへんお人や。)
平子の視線に気付いた蒼純は、彼にも優しく微笑む。
「うちの隊士が、先生の真似事をしていたようでしてね。
偉くなったものだと思いまして。」
「は、はぁ。」
「あの子は、入隊した頃から優秀でした。
本当に強くて、純真だった。
優しい子なんですよ。」
「左様ですか。」
気にならないはずはないが、他の隊のことであって、余計な詮索はするべきではない、と視線をはがす。
ではこれで、と言ってその場を立ち去ろうとしたときだった。
「あまりに素直だから、誰かが導いてやらねばならないのです。」
その言葉に、平子は自分の考えを見抜かれていたことに気づき、目を見開く。
その視線の先で、蒼純は穏やかに微笑んだ。
「平子隊長のような方が、疑問に思わない方がおかしいでしょうから。」
その言葉は、暗に平子が藍染を警戒していることまでを気づいていることを匂わしていた。
(流石朽木家次期当主。
只者やない、か。)
ならばと平子は蒼純に向き直る。
「俺には分からんのです。
あなた方が彼女を庇う理由が。」
蒼純は心底困ったように笑った。
「そんなの、貴方が猿柿副隊長を目にかけられるのと同じですよ。」
そうだとは思い難かった。
もし仮に自分に妻がいたとして、その妻が例え事故であれ猿柿に殺されたあとも、自分は今まで通り猿柿に接することができるかと問われれば、否と答えるだろう。
それを求められることは、あまりにも酷だ。
きっと彼女に接する度に妻を思い出すだろう。
その度に苦しみに支配される。
正常な判断力な失われるに違いなかった。
例えば、彼女一人でこなすには重すぎる任務か。
助太刀はいつするべきか。
救急隊の呼び出すタイミングは。
どんなときだって、一瞬頭をよぎるに違いない。
(今なら自分の手を汚すことなく、彼女は死ぬかもしれない、と。)
「左様ですか。」
平子は暗い表情のまま頷いた。
「ほな俺はこれで失礼します。」
蒼純に背中を向ける。
やはり自分は、例え見せかけであっても、彼のように振る舞うことはできないだろうと思う。
(そんなことしとったら気が狂うわ。)
思わずため息をつく。
(でもそれが、朽木っちゆう四大貴族に生まれ、あの反乱の責任を感じてこその行為なんやろか。)
もし本当にそうならば中流貴族の自分にはわからない話だし、中流の生まれで良かったと平子は視線を落とした。