原作過去編ー伊勢家
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浮竹はひとつごほっと咳をしてから、咲からの手紙を京楽に渡した。
京楽は手紙を広げ、目を見開く。
「そんな!」
思わず声をあげる様子に、伝えられてよかったと思う。
(咲の機転には感謝だな。)
「やはり知らなかったか。」
「知らないよ、全っ然!!
弱ったな、まさかこんなことになっているなんて。
こりゃ参った!」
頭を掻く様子は久しぶりに見る焦りぶりだ。
(頑固な人だと聞いてはいたものの、ここまで周りに助けを求めてくれないとは。
それだけの覚悟ということか、もう誰も信用していないのか。)
その現実に、浮竹は目を伏せる。
「それにしてもあれを無くされるとは、六架様らしくないというか・・・」
もはや考えがたい話だ。
「・・・そりゃ、まぁ・・・そうだねぇ。」
「盗まれたのだろうか。」
「・・・いや、そうではない・・・と思う。」
煮えきらない答えに親友を見、首をかしげる。
「だがそれくらいしか考え付かん。
あの方がどこかになくしてしまうとは思い難い。」
責任感が強く、きちんとした性格が容姿にまで現れているかのような凛とした整った人だった。
その人が伊勢家にとって何よりも大切であろう八鏡剣を無くしてしまうなど。
「・・・そうだよねぇ。」
すがるような瞳に嫌な予感がした。
学院時代からそうだ。
こう見えて案外、大きすぎることを考えなしに引き受けることがある。
「・・・京楽。
お前なにか知っているな?」
「・・・うん、それね・・・ボクが持ってる。」
浮竹は思わず頭を抱えた。
「なぜだ・・・。」
「義姉さんに隠すように頼まれたんだよ!
こんなことのために預けられたなんて!」
「それは今どこに?」
「かくれんぼ好きな狂骨が持っている。」
浮竹が溜息をつく前に、京楽は頭をかきむしった。
「あーーっ!もうっ!
何でこんなことになるかなぁっ!!!」
やり場のない怒りを感じるのは、浮竹にも理解でき、溜息は飲みこんだのだ。
彼女は、ただ一人で全てを背負うと決めたのだろう。
誰にも頼らず、ただ一人で。
(唯一頼れたは人は、もう、この世にはいないと言うことか。)
その事実があまりにも寂しい。
「どうするかなぁ・・・」
浮竹はそう言ってふと外に目を向け、そして目を見開く。
「・・・あの、」
馴染みのある声に京楽もはっと顔をあげ、そこにいた二人の姿に目を丸くする。
「七緒ちゃん!咲!」
縁側まで駆け出す京楽に、咲も七緒を抱えたまま駆け寄り、少女を縁側に下ろした。
「いったいどうしたんだ?
七緒ちゃんは確か、里子に出されたと・・・。」
咲も七緒に会えた件については疑問が残る。
この広い尸魂界で、なぜ、偶然にも彼女に出会えたのか。
それも、このタイミングで。
「詳しい説明は後回しです。
先に六架様の件を片付けましょう。
七緒様もそのおつもりです。」
咲が肩を持つ七緒は、兄の葬儀でに会ったときとは別人のようだと、京楽は思った。
あのときは不安そうで直ぐに消えてしまいそうだったのに、今はまるで違う。
彼女の母親そっくりの、強い瞳をしていた。
気のせいか霊圧も高まったように感じる。
「春水さま、お願いします。
私は母上を助けたいのです。」
京楽は彼女が伊勢の呪から逃れられるチャンスを手放しても良いのかと尋ねようと口を開いたが、なにも言わずに閉じた。
(伊勢の呪からは誰も逃れられないのかもしれない。
彼女たちの強さが、己を伊勢に縛ってしまう。
呪から逃げられる機会を自ら棒に降ってしまうのだろう。)
京楽はただひとつ、頷いた。
「分かったよ、七緒ちゃん。
全力をつくそう。」
腰を屈め、視線を合わせてそう言うと、七緒は涼やかな目元に強い意思をともして頷いた。
懺罪宮で目を閉じて壁に寄りかかりながら、六架はじっと時を過ごしていた。
自分の人生に悔いはない。
人のため、民のためと伊勢家当主として身を粉にして働いた若い日もあった。
夫に出会い、己と大切な人のために生きようとした日もあった。
(いつだってできること全てを行ってきた。
全てが報われず、命を落とす時が来ても、悔いなど・・・悔いなどないように。)
六架は膝を抱き寄せて額を膝に擦り付けた。
(・・・嘘だ。)
目の前にちらつく、幼い笑顔に目頭が熱くなる。
「七緒・・・」
(手放すことを決めたのは、私なのに・・・)
伊勢家は代々、数字を名前に持つ。
そしてその慣習が
人は穢れももってこそ生きていられるもの。
清浄な神に仕える身が、その清浄さにより朽ちてしまわぬように、代々呪を施してきた。
そして七の文字を背負う者はその家宝八鏡剣の力を最大限に引き出せる才女である、と言い伝えられていた。
七緒と名付けられる運命にあった娘を、その家宝から引き離そうとする矛盾にどれ程苦しんだことか。
伊勢家が憎いわけではなかった。
神職が嫌なわけではなかった。
瞼に映るのは、今は亡き最愛の人。
(ただ、貴方と生きたかっただけ。)
そしてその隣には娘が無邪気に笑う。
(違う。
それだけじゃない。
・・・なんて欲張りなのかしら。)
頬に涙が伝った。
(悔いのないように生きることなど、私にはできなかった。)
ー母上ー
愛おしい声か聞こえた気がして、六架は口の端を上げた。
愛する子の声が幻聴で聞こえるなんて、なんという、幸せだろうか、と。
もう一度聞きたいと、そう願わずにはいられない。
「母上!!!」
(違う、幻聴ではない!)
六架は、はっと顔を上げた。
格子にすがり付くようにして己を見ているのは紛れもないい、娘の姿だった。
「七緒!!
貴女、どうしてっ!」
溢れ落ちそうなほど目を見開き、その小さな姿を食い入るように見つめる。
そして少女の後に立つ人にようやく気づき、見上げた。
「貴男が・・・」
貴男と呼ばれた男ー京楽は困ったように笑った。
「まんまと嵌められたよ、義姉さん。
八鏡剣から離れることで呪いから解かれる可能性があるからボクにやるだなんて、とんだ出任せだったんだね。」
決して責めてはいないその瞳に、六架は頭を垂れた。
「貴男や七緒にはなにも知らせずに逝くつもりでした。
伊勢としての血が途絶えれば、呪いから解かれるかと。
・・・ですがここに貴男が居るということは、つまり」
「もちろん、義姉さんは無罪放免。」
京楽は芝居がかった風に話始めた。
「七緒ちゃんとボクが宝探し遊びをしていたこと、知らなかったんでしょ?
それじゃあ無くしたと思ってもしかたないよねぇ。
四十六室も呆れてものも言えない風だったよ。」
まるでいたずらが成功したとでも言わんばかりの表情の義弟に、六架は呆れとも安堵ともつかぬ溜め息をついた。
彼には敵わないと、いう思いと共に。
がちゃり
重い音を立てて錠が外され、やつれた六架は牢から出された。
「母上!」
七緒は母の元へと走り、その腕に飛び込む。
少女を抱き締める腕は以前より細くなったように見えるが、しっかりと抱き締める様は以前と何ら変わらない。
むしろ強くなったように見える程。
七緒は腕の中で母を見上げた。
その力強い瞳に六架は驚く。
「私は強くなります!
母上を守り、伊勢の呪いに負けない、立派な死神になる!
だから、母上は側に居て!
お願いよ、私が守るから!!」
手放した日のような、誰かが守ってやらねばならないか弱い存在ではない。
抱き締めているとばかり思っていた娘に、いつの間にか六架は抱き締められていた。
「七緒・・・。」
少し見ない間に随分と成長した我が子に、涙腺が緩む。
(ねぇ、あなたの娘は、立派よ。
見ているかしら?)
愛する人に心の中で語りかけずにはいられない。
輪廻の中に魂は戻っていくと知っていてもなお、彼に見ていてほしいと思ってしまう。
「貴女は、強いわね。」
少女の頬を両手で包んで精一杯の笑顔を向ける。
「母上の娘ですから。」
嬉しそうな笑顔に、六架は泣き崩れ、我が子を抱き寄せた。