原作過去編ー伊勢家
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任務の帰り、屋根伝いに隊舎へ帰るところだった。
浮竹と京楽が話しているのを見かけた。
二人ともどこか深刻そうな顔をして、真面目な話をしているらしい。
隊長が二人で話しているのであれば、いつもは道を変える。
ただ、彼らの場合は一瞬それを躊躇する。
「あ、久しぶりー咲。」
間延びした声がかけられ、来た道を引き返すためにあげた足を、そのまま下ろした。
浮竹も手を振っており、咲は二人の前に飛び降りた。
「お疲れ様です。」
頭を下げると京楽が煙たそうに手を振った。
「そういうの、なしなし。
誰もいないし。」
「今日も虚の討伐か?」
「そう。」
「ボクなんかもうずいぶん行ってないや。
ここに籠ってばかりさ。」
「隊長が任務に赴かれるような事がないのは良いことだよ。」
「そりゃそうだな。」
「所で先程はなんの話を?」
「ああ、それがね、七緒ちゃんが里子に出されたそうなんだ。」
「え?!」
思わず目を瞬かせる。
「伊勢の家は女系だから、里子に出すなんて思っても見なかった。
早世の呪いがある以上、できた女子を守り育てるものだとばかり・・・。」
「うん。
伊勢家自体は相当反対しただろうね。」
「里子に出したのは六架様だと?」
浮竹の言葉に京楽は溜息混じりに頷く。
「七緒ちゃんを呪いから遠ざけようと必死なんだ。」
彼女が大切に育てられたことなど、少し一緒にいれば分かる話だ。
運命に抗おうと決め、伊勢が絶える覚悟で嫁ぎ、最愛の人を呪いで喪ってなお、抗おうとする。
(言葉を失うとはこのことだ。)
不意に腕を掴まれ、屋根の上に引っ張りあげられる。
先程まで立ち話をしていた場所を、数名の隊士が走って行った。
掴まれた腕の先には、浮竹がいる。
鳶色の瞳が黙って咲を見下ろしていた。
大きな手の力は強いが痛いほどではなく、きついわけでもない。
細く白く美しい指先は、やはり男らしく節張っている。
彼が離さなければ、離れることは出来ないだろう。
力の差も、立場の差も、そこにはあった。
するりと手が離れる。
一瞬の出来事であったはずなのに、掴まれていた場所が、妙に熱かった。
「死神としての才能はあるんだろう?
いつか護挺に入隊してきてもおかしくはない。
伊勢の生まれなら斬魂刀は代代受け継ぐものしか扱えんだろうし、そうなれば何も知らない本人も悩むだろう。」
言葉も共にさらりとはずされた視線は、京楽に向けられた。
「入隊は義姉上が反対しそうな話だけどね。
あの人、本当に頑固だからさ。
こうなるととことんやるだろうなぁ。」
ぽつり、鼻先に雨粒が落ちてきた。
空は暗く、本格的に降りだしそうだ。
「止められそうにないねぇ。」
「伊勢に生まれた宿命、か。
何とかしてやれたらいいんだが・・・。
もし何かわかったことがあれば連絡するよ。」
「ありがとう。」
雨が降り始める。
「濡れないうちに帰ろう。」
「ああ、またな。」
それぞれの隊舎に向かって駆け出す胸の内は暗かった。
里子に出されたと聞いてからしばらく経つが、呪いの解き方はやはり解らず仕舞いらしい。
ー兄さんも義姉さんもずいぶん探していたんだ。
そう簡単には見つからないさ。ー
そうは言いつつも、京楽に諦める様子はなかった。
二人が見つけられなかったものを、見つけられる確証はない。
それでも手を尽くさなければ、いつまでも不幸な呪いは続いてしまうのだ。
蒼純とともに歩いている時のことだった。
昔自分が連行されたときと同様の様子が目の端に映り、思わず凝視する。
(伊勢三席・・・?)
見知った人が一人紛れているが、様子がおかしい。
自分の首につけられているものと同じ赤が、彼女の首に見えたのだ。
(あれではまるで罪人・・・。)
立ち止まっている咲に気づいた蒼純が振り返り、その理由に思い当り、困ったような顔をした。
「伊勢三席は神器紛失の廉で四十六室の裁定にかけられると聞いたよ。」
「神器紛失・・・ですか?」
他人の事には比較的無頓着な咲が珍しく気にしている様子に、知り合いなのだろうと蒼純は悟る。
「そう。
伊勢家に代々斬魄刀が伝わっているんだ。
祭事に用いる刃の無い剣で、その剣で人を斬る事は出来ないけれど神と対峙し、神の力をその身に受け八方へ振りまく力があるとされている。
八鏡剣と呼ばれるそれは尸魂界でも重要な宝として珍重されているんだ。」
「それを、紛失・・・?」
咲の知っている彼女はそんな過失をするような人ではない。
「私も伊勢三席のことは知っているが、そんな重要なものを紛失するとは思いがたいよ。」
(京楽や浮竹は知っているのだろうか。)
「だが本人が自白している以上、どうしようもないだろう。
彼女は神器を守る伊勢家の当主だからね。」
見えなくなっていく背中はいつも通り凛として涼やかで、意志の強さを感じさせた。
呪いを絶ちきろうとする六架、里子に出された七緒、失われた八鏡剣。
全て繋がっているとしか思えなかった。
(・・・京楽は知っているのだろうか?
伊勢家に戻られたと言うことは、そもそも他人に戻るということ。
通達も行かないだろう。)
「裁定の件は私もたまたま小耳に挟んだだけの話でね。
それにしてもこんなに早く事が進むとも思っていなかった。」
その言葉に見上げると、蒼純は優しく微笑んで頷いた。
「私は後は隊舎に戻るだけだから、自由にしなさい。」
いつでも、何でも、上司はお見通しだ。
咲は深く一礼すると、霊圧を探り、走り出す。
その背中を蒼純はじっと見つめた。
「君が大切なものに手が届くなら、精一杯手を伸ばして掴みなさい。
・・・もう失わなくてすむように。」
咲は精霊挺中を走り回ったが、不幸なことに京楽も浮竹も、どちらも見つけられない。
その行方を誰に尋ねることもできず、次の任務に出る時間になったため力なく六番隊舎に戻る。
事前に渡されていた現地の地図を懐に入れ、風呂敷をひとつ背負う。
長期任務が入っているのだ。
暮れ行く夕日を頼りに、咲は急いで1通手紙をしたためた。
仄かな夕日の明りが差し込む雨乾堂の屋根から室内の気配を窺い、誰もいないと分かると室内に舞い込む。
八番隊の隊首室よりもこちらの方が忍び込みやすいのだ。
手紙を置こうとしたときに、橋の向こうから人が渡ってくる音が微かにした。
霊圧は浮竹のものではない。
そうなれば、見慣れぬ手紙が机の上に1通置かれておるのを見つけられては怪しく、中を見られて捨てられてしまうかもしれない。
(どうしよう・・・。)
一瞬迷い、とりあえず押し入れのなかに身を潜めた。
ちょうど襖を閉めたところで、その者は部屋に顔をだした。
「はぁ。」
溜め息をついて男が一人、部屋に入ってきたのを隙間から覗く。
「ったく・・・
薬のみ忘れて倒れるって、迷惑極まりない。」
そう言って頭を掻く様子からは、言葉ほどの嫌悪感は伝わっては来ない。
「布団は確か・・・」
その言葉に咲は慌てる。
布団が入っているのは、正に咲がいる押し入れなのだ。
すたすたと迷いなく歩んできた男に、咲は覚悟を決める。
男が襖を開けた瞬間押入れから飛び出し、抵抗する間を与えずに男を押さえ込み、口を塞いだ。
自分より大きい男で、全身を使って何とか押さえ込んでいる状況だ。
もがく男に長くは持たないだろうと思う。
「どうぞお静かに。
怪しいものではありません。
隊長の友人ですが、時間がなく、手紙を1通お渡ししたいだけなのです。
騒がずに話を聞いていただけませんか。」
男の頭が縦に振れるのを見て、咲は手を離す。
「手荒な真似をお許しください。
直ぐに任務に出ないといけないので、時間がなく・・・。」
振り返った男は下睫が特徴的な印象的な瞳をしていた。
見覚えのある目元に一瞬言葉を切る。
「あんた、あの時の!」
相手の言葉に首を傾げる。
「ええっと、確かうちの隊長と同期で」
「そうです。
この手紙をお渡しいただけませんか。
急ぎなのですが、私も急いで立たなければならない任務があるのです。」
「あ、はい。」
きょとんとしながらも手紙を受け取ってくれる青年に、咲はほっとして立ち上がる。
浮竹に伝えれば京楽にも伝わり、なんとかなるに違いない。
「お手数お掛け致しますが、よろしくお願いいたします。」
頭を下げると相手もペコリと頭を下げた。
それを見届けて、咲はすっかり暗くなった外へ駆け出した。
その背中を青年はぼうっと見送った。
「海、燕・・・」
名前を呼ばれて慌ててそちらを向けば、この部屋の主が山田に支えられながらよろよろと入ってくるところだった。
「あの、布団は?」
山田の問いかけに慌てて開けたままの押し入れから布団を取り出し、敷いた。
どさりと浮竹が布団に横になる。
「薬はこちらです。
忘れずに食事の後に飲んでください。
何かあればいつでもご連絡を。
絶対安静です。」
笑顔だが凄みのある山田にそう告げられ、海燕は何度も首を縦に振った。
「ありがとう、世話をかけたな。」
ごほっと咳き込みながら言う浮竹に、山田はひとつ礼をして部屋から出ていった。
「海燕もありがとう。
下がっていいぞ。」
青い顔の笑顔に、少し迷ってから、はい、と頷く。
立ち上がろうとしたところで、浮竹が何か言いかけて咳き込んだので、再び腰を下ろす。
「すまん・・・その封筒は?」
尋ねられてすっかり忘れていた封筒を慌てて懐から取り出す。
「隊長の同期という女性の死神からです。」
その言葉に眉をよせ、封を切る。
しばらくして、浮竹は海燕を見上げ、言った。
「悪いが京楽にすぐにこちらに向かうよう伝えてくれ。」