原作過去編ー伊勢家
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「猿柿副隊長、こんにちは。」
かけられた声に振り返る。
「こん、にちは。」
同じ階級でありながら滅多に話すことのない蒼純がいた。
会釈程度の挨拶はあるけれど、会話をするために声をかけることは滅多にない。
かけられる理由なら大いに心当たりがあるが。
咲を殴り飛ばしてからしばらくは、何かあるかもしれないと平子らと行動を共にしていたが、待てども何もなかったため、ふらりと一人で行動をしてみればこの有様だ。
穏やかな微笑みにじりり、と本能的に一歩引き下がる。
彼は強い。
死神に向かないと影で囁かれていることは知っている。
だが彼は間違いなく銀嶺の息子で、その才能に敵うものは多くはない。
自分もまた敵わないものの一人であると、猿柿は自覚していた。
「今日はいい天気ですね。
雲ひとつない。」
空を見上げるその優美な姿から、相手が次に何をしてくるのか予想がつかない。
猿柿が上流貴族を苦手とする理由だった。
「こ、この前は・・・そのっ・・・」
痺れを切らして先日のことを言い出してしまったが、その先の言葉など考えていなくて口ごもる。
蒼純は俯く少女にくすりと笑った。
「気にしないでください。
あの子は嫌われ慣れている。」
「違っ!」
咄嗟に否定して、自分は何を否定しているのかと戸惑う。
彼女が気に障るのは事実だ。
全てを悟ったかような目をして、諭してくる。
罪人で有りながら、曳舟にも認められ、何故か目の前にいる男や、浦原や夜一にも気に入られている。
「彼女はあなたと同じで、素直で真っ直ぐだ。
目の前のものを必死に守ろうとするひたむきさもある。
命令に背かぬ忠誠も、やり遂げられる実力も。」
良く晴れた空を見上げる彼は猿柿に話しているのに、別の誰かに語りかけているように見えた。
「猿柿副隊長と彼女の最大の違いが何か、お気づきですか。」
少し考えてから首を横に振った。
「貴方にはたくさんの友達がいて、上司がいて、部下がいます。
曳舟隊長が零番隊に行ってしまっても、心細くはあるだろうけれど君は副隊長として隊をまとめていけます。
だがあの子は、違う。」
「それはあいつが罪人だから!」
「もちろんその通りです。」
蒼純は悲しげに笑った。
「そしてあの子は多くを失い、そして奪われた。」
ー上司が道を外れたのでございます。
彼の為に、沢山の人を殺しましたから。ー
初めて会ったとき、そう口早に罪を説明していたことを思い出す。
過去のことは知らない。
酷い反乱が何度も起きたとは聞いているだけだ。
「あの子の根底にはいつも、寂しさがある。」
そういうかれの瞳は慈愛に満ちているのに、苦しげに歪んでいた。
ひよ里には彼の慈しみの理由など分からないし、そうすべきではなと思っている。
「やっぱりあんたは優しすぎるんちゃうか!
罪人に対して何を同情しとんねん!」
思わず怒鳴った。
「私も同情ばかりしているわけでもありません。
あの子があれほど、素直で真っ直ぐでなければ。
目の前のものを必死に守ろうとするひたむきさがなければ。
命令に背かぬ忠誠が、やり遂げられる実力がなければ・・・。」
そう呟く蒼純の瞳が何処までも暗く見えて、猿柿は悪寒が走った。
もし咲に力がなければ、何が起きたのだろうか。
彼が失わなくてすんだものがあったのだろうか。
その存在が、彼に闇を与えているのだとすれば、どれ程大切なものだったのたろうか。
彼らは自分達の知らない時代を生きている。
血塗られた、残酷な時代。
ー誰が味方かなんて分からないようなもんだった。
そりゃ今からは想像もつかないほど酷かったぜ。ー
今では隊長になっている愛川が、以前そんなことを言っていたのを思い出す。
目の前の男も、そしてきっと咲も、その時代に未だに蝕まれているのだ。
「あの子は強き故に哀しい。」
彼はまた、優しく笑った。
「だから私は彼女を、手放せないでいるのでしょうね。」
「おい、ひよ里!」
向こうから平子が呼び掛けてきて、二人は同時にそちらを見た。
「では私はこれで。」
いつも通りの朗らかな様子で、蒼純は去っていった。
「しん、じ・・・。」
その不安げな様子に目を細め、蒼純を追おうとするから、猿柿はあわててその袖をつかんだ。
「違う!」
「何がや。」
見下ろしてくる瞳を見て、猿柿は思う。
自分に何か危害が加えられたと知ったときに怒ってくれるのは、彼だけではない、と。
沢山の上司や部下、そして仲間が守ってくれる。
そしてまた同じように、自分もまた守ろうとするだろう。
もし蒼純が反乱の憎しみに駆られて咲を手にかけるときには、彼女はきっと抵抗しないのだろう。
それは彼が咲にとってかけがえのない上司であるから。
命ひとつくらい差し出す覚悟だ。
(うちは違う。)
例えば浦原が殺そうとしてくれば、平子に助けを求めるだろう。
盲目的な咲とは違う。
生きることを望み、生かしてくれる人がいる。
咲がどれ程の人を殺してきたのか、どんな罪を犯してきたのか、猿柿は詳しくは知らない。
だが、彼女と上司の関係を思うと憐れでならない思ってしまう自分を、否定出来なかった。
「そん、な・・・。」
その訃報は突然届いた。
聞いてはいたし、彼が病におかされていることは知っていた。
それでも最後に会ったときの笑顔がまだ温もりを伴っているほどで、俄に信じがたい話だった。
だがきっと、それを伝える目の前の彼の方が辛いだろう。
春水には珍しく、咲を見なかった。
「あっけなく死んでしまったよ。
当主だってのに、どうするんだか。」
茶化したようにため息をつき、気にしていないように振る舞う姿がどこか痛々しい。
「ショックを受けるかもと思って言いたくなかったんだけど、御見舞いに来てもらっていたから、さ。
なんかごめんね、こんなタイミングで。」
あはは、と笑う彼に首を振る。
人が死ぬということを、こうして感じるのは初めてで、なんと言えばいいか分からなかった。
戦いのなかで仲間が死ぬことは何度も見てきたけれど、死神でもない、けれど知っている人が亡くなるなど。
「悲、しい・・・。」
「なんていうか、その・・・ありがとう。
咲がそう思ってくれて、兄さんもきっと喜んでいるさ。」
肩を叩く手は優しい。
「それに自分で決めたことなんだ。
後悔はしていないだろう。」
伊勢家の呪いのことだろう。
呪いに立ち向かった彼は、呪いに食い殺されてしまった。
「六架様は・・・?」
「伊勢家に返される。
そういう決まりなんだ。」
「では七緒様は?」
「同じ、かな。
里子に出される事もあるけど、伊勢家は女系だから。
あの子は才能があるし。」
京楽は溜め息をついた。
「3人とも、伊勢の呪いから逃げることはできなかったんだ。
嫌になるねぇ、全く。」
笠の下に悲しみを隠し、京楽はもう一度溜め息をついた。