原作過去編ー伊勢家
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「おい。」
隊長に鋭く唐突に呼び掛けるのは、隊では彼女くらいだ。
咎められているのかと錯覚する声に、恐れている部下も多いと聞く。
だがそれにびくつくような男でもない。
むしろ可愛いと思えるくらいには歳を重ねている。
「なんだい、リサちゃん。」
間延びした声で京楽は答えた。
「なんであいつに指導を任せた?」
「指導?」
先日の七緒と咲のことだろうとすぐに分かったが、何かが邪魔をしてとぼけてしまった。
それで誤魔化される相手ではない。
「卯ノ花咲や。」
「ああ、咲のこと。」
白々しいと言いたげな視線が投げ掛けられるが、気にしない。
「なんでって、本人が大好きで、兄さんも義姉さんも気に入っていたら理由は十分じゃない?」
「二人も知ってるんか?」
珍しく食い下がる。
「もちろん知っているよ。
彼女が虚圏の調査に行っていたことも、銀白風花紗の下に何があるのかも。」
「そうか。」
「なぁに?
人のことに首を突っ込むなんて、君にしては珍しい。」
そう言えばふいっと顔を背けた。
「六架さんには世話になったんや。
その娘を変な事に巻き込ませられん。」
京楽は彼女のこんなところを気に入っている。
伊勢家出身の義姉は人の為に動く人で、その才能も歴代一と言われていた。
才色兼備で、それを鼻にかけることもなく、その温かな人柄で人々から愛されていた。
だからだろう。
彼女が京楽に嫁ぐと決まったときの反発はかなり大きかった。
誰もが頼っていた伊勢の巫女が、伊勢を捨てるという大事件に、多くの人が彼女を詰り、後ろ指を指した。
ー己の役目を放棄するなど、何事か!ー
彼女が助けた多くの人が、だ。
(人とは恐ろしく愚かで、身勝手だ。)
だからこそ、矢胴丸のような人は大切にしたい。
(情に篤く、優しい子なんだ。)
背けられた横顔に京楽は笑顔をむける。
「大丈夫だよー。
信用してよ、ボクのこと。」
そう言えば、ふん、と鼻で笑ってから睨み付けられる。
「あの女の罪は重い。
なのに何故恐れない?
いくら銀嶺隊長が手綱を握っているとはいえ、いつ反逆者になるかわからへんのとちゃうんか?」
「彼女の上司のように、かい?」
じっと見つめ返す。
「彼女が犯した罪は、彼女の上司のためだ。
蒼純副隊長は心配いらないさ。」
「だが彼女の根底には」
「そうだ、罪人さ。
ただ人を殺して罪人なら、間違いなくボクもそうだろうねぇ。
数えきれないほど殺めてきたからねぇ。
ボクが恐ろしいかい?」
人は変わることなどない。
人の過去も変えようがない。
悪人が善人になることを信じていては命がいくつあっても足りないものだ。
だから多くの死神を、殺してきた。
平和のためと言って。
立場が、時代が違えば、自分が悪人と言われるであろうことなど、百も承知だ。
矢胴丸は目をそらして、しばらく黙った。
そして彼女は目をそらしたまま、口を開いた。
「せや。
うちは恐い。
50年前のあの反乱を最前線で生き抜いたというあんたらが。」
てっきり怖くないと言われると思っていたのに、予想外の言葉が返ってきた。
「そりゃぁ・・・悪いこと聞いたねえ。」
そう言って頭をかく。
「まぁ、何十人も殺してきた相手を恐くないという方が尋常ではないだろう。
それも人を殺すのを躊躇っていたら殺されるような時代だったからねぇ。」
副官は目を背けたままじっとしている。
「でもリサちゃんにはそんなことさせないから、心配しなさんな。」
驚いたように見開いた目を向けてくるのておかしくて笑う。
「ボクが守るよ。」
「アホちゃうか。
隊長が副官を守ってどうすんねん!
うちかて人を殺すくらいの覚悟」
「女の子がそんな物騒なこというもんじゃありません。」
そう怒って見せたら、副官は固まってしまった。
それがおかしくて笑ってしまう。
「殺すならいずれ殺される。
ならば必要ないのに危険を呼び込むこともない。
そうでしょ?」
入隊早々に同じ死覇装に身を包む人を殺せと言われる時代ではもうないのだ。
「平和にうつつを抜かすのと、今許されている平和を享受するのは意味が違うよ。」
菅笠を深くかぶり、背中を向けて手を振る。
「ボクは君よりちょっとばかり長く生きているお兄さんなんだからさぁ。
頼りにしてよ。」
「おっさんの間違いやろ。」
小さな突っ込みは聞こえない振りをして立ち去る。
残された方はただ呆然と、その背中を見送った。
京楽家の練習場は広く、整備が行き届いている。
「昔はお父様と春水様が使っていたそうです。」
兄も死神にはならなかったものの霊圧は高いと、学生時代春水から聞いていた。
母も四番隊で三席となれば治癒能力に限らず戦闘においても相当高い能力をもつのが通例。
今は小さな体だが、この少女がゆくゆくは上位席官、またはそれ以上の役職に就くことは目に見えている。
(だからこそ、生き抜けるだけの力を身に付けなければならない、か。)
彼女の父親が厳しく育てる理由は納得の行くものだ。
「ええっと、鬼道、ですね?」
「はい。
どうしてもうまく制御できなくて・・・。」
俯く少女の前にしゃがみこむ。
「試しに何か・・・
一番得意なものを見せてください。」
少女はしばらく考え込んでから頭をあげた。
「分かりました。」
少し離れたところに生える木に体を向け、集中する。
「自壊せよ ロンダニーニの黒犬 一読し・焼き払い・自ら喉を掻き切るがいい
縛道の九 撃!」
振った手の先から赤い光線が出て、確かに木の幹を捕らえる。
咲は近づき、幹を捕らえる光線に触れた。
(弱い上に不安定だ。)
細いそれは、場所によって太さも異なる。
咲が指を引っ掛けて引けば、容易くちぎれた。
「もう一度別のものを試していただけますか?」
「は、はい!」
今度は壁に掛けられた的に向かって手をつきだす。
「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ
破道の三十一 赤火砲!」
やや小さめの赤い火の玉が的にぶつかった。
「そうですね・・・。
詠唱も動きも、間違いはありません。
お持ちの霊圧も高い。
例えば、」
咲は的に向けて手を出す。
「破道の三十一 赤火砲。」
掌でみるみるうちに巨大化した火の玉が、的に向かって発射され、的を焼き尽くした。
辺りがオレンジ色になるほどの、光と熱と風に煽られて、七緒は目を見張る。
見上げれば涼しい顔の術者。
(この人はまだまだ強力な術を放つことができる!)
母は忙しいため七緒に鬼道の指導をする時間は取れず、いつも教育係に任せていた。
その教育係とは比べ物にならない力。
「確かに貴女は強くならなければならないでしょう。」
涼しい声に、七緒は姿勢を正してうなずいた。
「皆そうです。
強くなることを求められる。
京楽隊長も、貴女のお母様も、誰よりも強くなることを、今でもなお求められる。」
吸い込まれそうな瞳は、誰よりも強く気高く見えた。
「でも求められることに応え、強くなることはとても難しいことです。
それでも私達は強くなりたい。
強くなって、そして・・・。」
そこで言葉は切れ、咲は七緒に微笑んだ。
凛凛しい顔の周りを、銀白風花紗が舞う。
「七緒様はなぜ強くなりたいのですか。」