原作過去編ー伊勢家
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「これですね。」
伸ばした手の先の本をとった人に見覚えがあって、少女は目を見開いた。
「あっ、卯ノ花様。」
嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうに名前を呼ばれ、咲もはにかんだように微笑み、視線を合わせるためにしゃがみこむ。
「卯ノ花で・・・ややこしいですね、咲とお呼びください。」
小さな手には随分と分厚い本に、手渡すのを躊躇う。
「持てますか、重いですよ。」
「大丈夫です。
このくらい運べなくては。」
(なにか理由でもあるのだろうか。)
意思の強そうな瞳は、将来性を感じさせる。
手にしているのは難解な鬼道の本であったり、神道の本であったり、歴史書であったり。
幼い頃から過酷な環境にいた咲は、甘えられる時に甘えさせてやりたいと思う。
「そんなことはありませんよ。
お持ちしましょう。」
やはり運ぼうと本を持ち直した咲は、仁王立ちした影に顔をあげる。
「ええねん、余計なことすんなや。」
突っぱねるような声に、目を瞬かせる。
「矢胴丸副隊長・・・。」
「次の霊術院入学試験をうけるんや。
できることは全部自分でさせよと言われとんねん。」
そういうのは少女の父親だろう。
娘の行く末を案じてのことだろうと思う。
両親の運命に、この娘も捲き込まれざるを得ないのだ。
「知り合いなんか?」
「はい。
春水様のお友達だとうかがいました。」
「またあいつか・・・。」
溜め息をつく姿の向こうに、噂の人物が現れたので、彼の副官の手前、立ち上がって深く頭を下げた。
「おや?
みんな集まってどうしたの?」
「どうしたのちゃうわボケ。
こいつが余計な世話やこうとするから止めただけや。」
顎で示され、咲は苦笑を浮かべる。
「おやおや。」
きつい返事にも動じることなく、京楽は七緒の前にしゃがみこんだ。
「良かったね、咲に会えて。」
「はいっ。」
恥ずかしそうに頷く様子に矢胴丸は目を瞬かせる。
「どういうこっちゃ?」
「そういうことそういうことー。」
「ああ?」
眉をひそめる副隊長を見なかったことにして、少女に笑顔を向ける。
「試験勉強はかどってるかな?」
「ええっと・・・」
もじもじと俯く様子に、京楽は片耳に手を添えて手招きする。
それに応じた少女は彼の耳元に何かを囁いた。
「おや。
それは困ったねぇ。」
そして彼は咲を見上げて微笑んだ。
「咲にお願いしてみるといい。
得意なんだ。」
ぱっと七緒が顔をあげた。
だがすぐにうつむいてしまう。
「でもっ。」
「いいのいいの、ほら。」
背中を押された少女が目の前までやって来て、咲は視線を合わせるために再びしゃがんだ。
「あの、鬼道が、難しくて・・・。
教えていただけたら嬉しいのですが・・・!」
驚くのは咲の方だった。
咲等が良家の娘の指導をするなど通常ではあり得ない話なのだ。
幼い夜一や白哉と遊んだり指導したりしていた事もあったが、それもそれであり得ない話だし、罪人とされてからはなるべく控えていた。
大きすぎる格差に京楽を見ても、彼は微笑んで頷くばかりだ。
断るわけにもいかず、咲は小さい声で返事をする。
「私でよろしければ・・・
練習にお付き合いいたします。」
「本当ですか!?」
目を輝かせる様子に、つられて笑って頷いた。
「ちょっと待ちや!」
痺れを切らして大きな声を出し、周囲の注目を集めてしまった副官の肩を京楽は叩いた。
「じゃ、ボク達はこの辺で。
七緒ちゃん、またね。」
小声でそう挨拶をして、咲に意味ありげに笑いかけ、物言いたげな副官を連れて帰っていく。
その表情は昔と変わっていなくて、思わず見とれてしまう。
「はい、また遊びに来てくださいね。」
七緒が答えて小さく手を振り、咲も慌てて頭を下げた。
「場所は家の練習場を使ってもいいとお父様が。
いつならご都合良いですか?」
きらきらした瞳の愛らしさに自然と笑顔になる。
「ありがとうございます。
では、来週の水曜日のお昼から・・・どうですか?」
「大丈夫です!
よろしくお願いいたします。」
丁寧に頭を下げる少女に、こちらこそ、と頭を下げた。
ちらりと視界に入った動きに、反射的に両者の間に割って入る。
喜助に向かって飛んできたひよ里の足を掴んだ。
睨み付けるその人を静かに見つめ返す。
「退けや。」
「いいえ、退きません。」
「離さんかい!」
咲が手を離すと今度は逆の足が飛んできた。
「やめてください、ひよ里サン!」
喜助の静止も聞こえていないかのように次は拳が飛んでくる。
払い落として次の突きを屈んでかわし、回し蹴りから逃れるために後ろに跳ぶ。
「なんや、逃げ足は早いねんな。」
予想以上に手応えがあったのか、猿柿は目を瞬かせた。
そして後ろ駆け寄った喜助に不意打ちで後ろ蹴りを入れた。
そのはずだった。
「離せや。」
「離しません。」
さっきまで正面にいたはずの咲が、一瞬で背後に回り込んで蹴りを止めていた。
「いいんですよ、咲さん。」
「よくありません。
・・・浦原隊長。」
「うちは副隊長やぞ!」
「隊長に手を挙げるとは何事です。」
「そいつがむかつくんや!」
「・・・それだけですか?」
「なんか文句あるんか?!」
鋭い視線に咲は目を瞬かせる。
「まぁまぁ、ひよ里サン、そのくらいで」
「お前席あるんか!?
ないんやろ!
なんやねんその態度は!」
喜助の存在など完全に無視だ。
「申し訳ございません。
ですが理由もなく隊長に手を挙げる副隊長も、また同じかと。」
「なんやと!?」
「そいつの言うことが正しいぞ。
そんなもんにしとき。」
表れたもう一人の隊長に、二人は顔を向けた。
平子が腕を組んで立っていたのだ。
「なんやハゲ。
口出すな!」
「悪いけど離したってくれへんやろか。
喜助には危害を加えさせへんさかい。」
穏やかな物言いに、咲はひとつ頷いた。
「はい。」
そして手を離した次の瞬間だった。
「おい何すんねん!!!」
「ちょっとそれは!」
二人の隊長が焦ったように声をあげた。
彼らから離れたところまで吹き飛ばされた咲は、食い縛っていた歯を解き、細く息を漏らす。
「ハゲの言葉には従うてどういうことや!!!
なめとんのか!!!」
咲は一切動じず、切れた口の端を拭って立ち上がった。
「私はこれで失礼いたします。」
「待てや!」
猿柿の言葉が終わるより早く、咲は姿を消していた。
「あーあ。
パワハラやなお前。
ええんか、喜助。」
「いやー・・・。」
「あいつ、蒼純副隊長のお気に入りやぞ。
気を付けへんと目付けられる。
しかも明らかにこっちが悪いで。」
「はぁ・・・。」
「まぁ今回くらいなら目を瞑ってくれはるやろけどな。」
「あー、どうしましょ・・・。」
平子が畳み掛ける度に浦原は小さくなった。
「どういうことや!
あいつも悪いやろ!
なやねんどいつもこいつも!」
「うっさいな!黙らんか!」
「お前の方がうっさいわハゲ!
どう考えてもあの獣の方が悪いやろ!」
「おや、うちの隊士が失礼なことをしたかな。」
穏やかな空気と共に現れた姿に、平子は猿柿を思わず庇って一歩前に出た。
副隊長として古株の彼は隊長格からも一目おかれる存在だ。
その場の空気を一瞬で変えてしまうほど、大きな存在である。
「おー蒼純副隊長。
体調はよろしいんですか?」
「ええ。
お陰さまで最近は調子がいいようです。」
穏やかな微笑みは彼の父親とは別人のようで、そして50年前の悲劇を微塵も感じさせない。
「無理しゃんといてくださいや。」
「ありがとうございます。
ところでうちの隊士がなにか?」
今にもどなり散らそうとする猿柿を浦原が慌てて押さえ込んで口を塞いだ。
「いや、そちらは悪くないんです。」
首を振って一瞬考えてから口を開く。
「ご存じの通りこいつが喧嘩っ早いもんで、お宅の隊士殴り飛ばしてもうたんです。
えらい悪いことをしてしもた。」
隠し立てをするほうが分が悪い。
諦めて謝罪すれば蒼純は深いため息をついた。
「やり返さなかったんですよね。」
「は?
そりゃ、まぁ。」
「やり返したら喧嘩になるのに。
言い聞かせておきますので、今回は大目に見やって」
「ちゃうちゃう!」
「違いませんよ。
あの子はいつも孤独を選ぶ。
戦うのも、守るのも、耐えるのも。
怯えているのでしょう。
・・・でも私はそうあってほしくない。」
蒼純はそれだけ言い残して一番隊舎に入っていった。
「どういうこっちゃ?」
おとなしくなって下に下ろされた猿柿の疑問には、誰も答えなかった。