原作過去編ー伊勢家
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「おい、例の書類どうなっとんねん。」
ひよ里が隊首室に顔をだして訊ねたとき、喜助は熱心に手元を見ていた。
「ありがとうございます。
そっちの机の上にあります。」
手元を見たまま指を指した。
確かに机の上には書類が数枚重ねられていた。
「持っていくで。」
「お願いします。」
やはり夢中になっている様子に首をかしげ、ひよ里は彼の後ろまで歩み寄った。
「懐中時計?」
「ええ。」
見慣れない姿の洒落たそれは傷だらけで、机の上におかれている蓋らしきものは大きく陥没している。
「ボロボロやんか。」
「ええ。」
「新しくせぇへんのか?」
「ええ。」
「ええ、しか言わんのかい。」
「ええ。」
青筋をたてたひよ里を、喜助は慌てて振り返った。
「大切なものなんですって。」
「自分のとちゃうんか?」
「はい。
預かりものッス。」
その顔が妙に嬉しそうで、鼻で笑う。
「この時計ね、50年以上も前に涅サンと作ったんです。」
「・・・は?」
唖然とする。
自分の知らない昔に、目の前の隊長といけすかない三席の男が一緒に作業をしていたなんて、想像しがたい。
「大切なものなんです。」
「ふーん。」
穏やかな笑顔に、部屋を出る。
(涅とも親しいやつの物ってことか?
誰や?)
その疑問の答えなど出るはずないと、ひよ里はすぐに考えるのをやめてしまった。
昼を演習場の木上で一人食べていたときだった。
覚えのある霊圧に顔をあげると、隣に夜一が座っていた。
くわえていたおにぎりを咀嚼する間も与えず、彼女は問いかけた。
ー今夜予定は?ー
ーと、特にあり、ませんが。ー
慌てて答えると彼女はにやりと笑った。
ーでは「宵の月」に来てくれ。ー
何度か前を通ったことのある飲み屋だ。
一緒に酒でも飲むつもりなのかと慌てた。
ー四楓院隊長、それはー
ーではな!ー
咲の反論を許さず、夜一は消えた。
昔と変わらぬ様子に思わず微笑みが漏れた。
すっかり大きく強くなってはずなのに、彼女はどこか変わらない可愛らしさがある。
浮竹は溝を少しずつ埋めて行こうとしてくれるが、彼女は気にせず飛び越えるタイプだろう。
そんな若さは、白哉に似ている。
結局仕事を終えてから言われた通り店を訪れた。
中には他に死神の姿は見えない。
店主に声をかけると奥の個室を案内された。
襖を開け、見覚えのある二人に声をかけようとして目を見開く。
その顔に夜一が楽しげに笑った。
「お前を驚かせてやろうと思ってな!」
「全く、人が悪い。」
咲は正座をして頭を下げる。
「隊長就任おめでとうございます。」
眩しい白は喜助によく似合っていた。
まるで昔から着ていたかのように馴染んでいるほど。
「ありがとうございます。
でも止してください。
そんなことをしてもらう浅い仲でもありません。」
どこか困ったように笑う顔に、咲もつられて困ったように笑う。
「そんなところにいつまでも居らずに座れ座れ!」
「では。」
痺れを切らした夜一に促されるまま、二人の正面に座る。
「そなたが遠征にいっている間に着任したんでな。
かれこれ2週間か。」
「そうでしたか。
おめでたいことです。」
咲の遠征先にやって来て様子をうかがって居たときには既に就任していたことになる。
(隠密機動としてか、隊長としてか。
それとも本当に、彼の個人的な興味なのか。)
いずれにせよ何か疑いが懸けられていることに変わりはない。
だが彼は何か話すつもりもないようで、それならば咲に知るすべなどないと諦める。
「ちなみに曳舟隊長は・・・?」
「昇進じゃ。
零番隊にな。」
何度もお世話になった相手に礼の一言も言えなかったのは申し訳なく思う。
それにもう顔を合わせることもないのだろう。
ふと、彼女の副隊長を思い出す。
「猿柿副隊長は・・・。」
「今じゃこいつの部下だ。
なんじゃ、心配か?」
シシャモをパクリと食べて夜一がニヤリと笑う。
「ずいぶんと曳舟隊長を慕っておられたので少し気になりまして。」
「お前の心配はほぼ当たりじゃろうな!
なぁ喜助!」
バシバシと肩を叩かれ力なく笑う様子に、心中察し余る。
「もうその話はいいじゃないですか。」
夜一はさして心配もしていない様子で食事を平らげていく。
百年単位の付き合いになると相手の事も良く分かるのだろう。
いつまでも近くで共にいられる肩書きと環境を手にいれている二人を少し羨ましく思う。
「ひよ里サン、本当に良い子なんですよ。
ちょっとばかりやんちゃッスけど。」
「ほー。」
「部下思いで、一生懸命で、芯があって、体の小ささを感じさせないくらい強くて。」
「口が悪くて図々しい上短気てすぐに手が出るがな。」
「夜一サンだってそうじゃないッスか。」
「儂は違うぞ!」
「砕蜂サンに聞いたってボクに同意すると思いますけど。」
「なんじゃと!?」
「まぁまぁ、落ち着いてください。」
お酒が入っているせいか、元々か、手を出しかける夜一を咲も宥める。
「・・・まぁ、実力は認めてやらんこともないがな。」
頬杖をついてそう呟く夜一に、喜助は穏やかに微笑む。
「ありがとうございます。」
隊長らしい顔だと、ぼんやりと思った。
「そうだ、貴女に渡さないとと思っていたんですがなかなか機会がなくて。」
彼の手が袂を探ってなにかを掴むと差し出された。
咲は戸惑いながらも受けとるために両手を差し出す。
その手に懐かしい重みと温もりがあって、あっと目を見開く。
手のひらにあったのは、蓋が壊れたはずの懐中時計だった。
修理するから、という彼に預けたままだったのをすっかり忘れていた。
「直してくださったんですか?」
「ええ。
もとの通り、とはいきませんでしたが。
ほら、見てください。」
彼が側面を見せる通り、蓋の色と本体の色が微妙に違う。
本体はもう50年も使っていて色も古びているのだから当たり前だ。
それでも違和感がない程度まで仕上げられているのは喜助の高い技術のお陰だ。
「いいえ。
本当にありがとうございます。」
50年もの時を共に寒々しい虚圏で過ごした時計は、咲にとって特別な存在だった。
「どういたしまして。」
喜助は嬉しそうに微笑む。
前に渡したときはまだ幼くて、咲を見上げていた。
美しく強く哀しい人だと思った。
ーどうか立派な死神に。ー
そう言った彼女をいつの間にか背も席も追い越して、気づけば隊長になっていた。
(それでもまだ、見送ったときの彼女の背中には追い付けそうもない。)
自分よりも小さくなってしまったその人の方が、強い瞳をしているような気がしてならなかった。
生い立ちや経験がものを言うのは分かっている。
(ボクは彼女のように大切なもののために自分の未来を捨てられるのだろうか。)
今ではまだそれはできないような気がする。
「大切にしますね。」
「ありがとうございます。」
刻む時の平和を願うけれど、強くありたいとも思う。
彼女が怪我をしないことを望むけれど、彼女の才能を買いたいと思う。
(まずは立派にならないと。)
漠然とした目標に、喜助は盃を掲げた。