原作過去編ー伊勢家
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「破道の六十三 雷吼炮!」
電撃が正面からぶつかり合う。
そして敵の男が力負けした。
着地すると、やはり咲の前に白い背中がある。
敵の男は地に伏せていた。
浮竹はその傍らに歩み寄り、鎖条鎖縛で動きを封じた。
圧倒的な力の差が、そこにはあった。
「残念だがもう後戻りはできんぞ。」
突き放すのに憐れみを含む声は咲の知らないものだし、倒れ伏す男を見下ろす強く哀しくも無情な背中も咲が知らないものだった。
辺りを取り巻くように隠密機動が現れる。
「すみません、浮竹隊長。
お手数お掛けしました。」
大前田副隊長がそう言って頭を下げた。
「いや。
このくらい大したことないさ。」
倒れている男は手早く捕らえられ、連行されていった。
「やっと静かになった。」
浮竹が溜め息をついた。
「すまんな。
こんなはずではなかったんだが。
どうもここのところ面倒事が絶えなくてな。」
腕を組み、淡い月の光に照らされる白い姿には50年前にはなかった貫禄がある。
元から髪が白かったのに、今では隊長羽織と相まって眩しいほどだった。
「どうした?」
ぼうっとその姿を眺めていると不思議そうに尋ねられたので、首を振る。
「一緒に向かわなくてもいいの?」
「後は向こうの仕事だからな。」
目を細めているのは、あの男を思っているからかもしれない、と思う。
さっきのやり取りだけでは詳しいことはわからないが、兄弟ともに死神で、表舞台から消えたことだけはわかった。
そしてその二人を捕らえたのが、浮竹だということも。
「身体は?」
「心配いらん。
学生時代とは違うさ。」
彼は得意気に笑った。
本当に変わったと思う。
もともとあった身長差もさらに大きくなり、完全に見上げるほどだ。
「詠唱破棄であんなに大きくて頑丈な円閘扇なんて初めて見た。」
「そうか?
お前でもできるだろう?」
「あんなに立派なものは無理。
私は浮竹ほど霊圧はないから。」
「でもお前はまた別の方法で攻撃を回避できる。
充分だ。」
優しく包み込むような笑顔は昔から変わらない。
きっと元より隊長になる素質を備えていたのだろう。
「話を戻すが、見舞いの日程についてはまた京楽も加えて調整するか。」
「私が行ってもいいの?」
「何を言っているんだ。」
浮竹は目を瞬かせてから苦笑を浮かべる。
「京楽様は分かっておられる。
なんの心配も要らないさ。」
彼がそういうのならば差し支えないのだろう。
「わかった。
それならお邪魔させていただく。」
彼はしばらく俯きながら歩いた。
咲もその隣を静かに歩く。
「・・・先日はすまなかった。」
ぽつりとこぼれた言葉に咲は足を止めて顔を上げる。
少し先で彼も立ち止まり、振り返った。
そのやるせない表情に咲は困ったように微笑んだ。
「私こそ勝手に私の思いを押し付けてごめん。
忘れてくれる?
ただの私の我が儘だから。」
浮竹は咲の言葉に答えなかった。
「お前は昔から、思いもよらないことを言ったりしたりする。
俺達とは違う事を見て、違うものを感じているのだろうな。」
昔何度か眺めた、どこか苦しげな顔。
隊長にまでなってなお、彼は同じ顔をする。
「だがお前はいつまでもそのままでいてくれ。
せめて友として、そんなお前を守ってやりたい。」
その言葉にまた心が軋む。
彼は友だと言ってくれるが、それは真実でありながら伏せるべき事実だ。
何度も言うが、彼の信用問題に関わってくる。
彼の部下が今話している自分達の姿を見て、咲が罪人だと知ったら何を思うかなど、火を見るより明らかだ。
「そんな顔をしないで。
皆の憧れの・・・浮竹隊長なんだから。」
隊長という役職で呼ぶことは、咲の懸念を告げるには充分な言葉だった。
それを汲んだ彼は表情を険しくした。
「俺が隊長であることと、俺個人の思いは別だ。
俺とお前は一対一で、その間には誰も存在しない。」
苦悶の表情は普段の彼からは想像のつかないもので、でも咲の知る彼の姿だった。
「すまん。
・・・帰ろう。」
その表情を隠すようにふわりと羽織を揺らして背中が向けられた。
そしてゆっくり離れていく。
どんどん遠退いていくその背中に、胸が締め付けられる。
彼は咲の罪も、二人の間の溝もなかったかのように付き合ってくれると言ってくれたのだ。
だがやはりそれは叶わないことだと、 咲は手を握る。
自分が身を引かねばならないと。
更木や虚圏のように力関係でできた世界は単純で、合っていたように思う。
今のように家柄あり肩書きあり経歴ありの複雑な社会は咲には難しすぎる。
それに、たくさんのことが恐ろしい。
友を失うことも、自分のせいで友が傷つくことも。
どうしたらいいのかわからなかった。
咲とて彼らの傍にいたくないはずがない。
彼らのことが何よりも大切なのだと、50年の時が教えてくれたのだ。
昔のように友として傍に居たいと心の底から思う。
だが、自分の存在が彼らの地位に響く可能性があることもまた事実。
(やっと・・・やっと会えたのに。)
ただでさえ他人と溝があった。
今はとてつもなく大きな溝に思う。
その溝に気づいてしまえば、親しくしてくれる人との間にある溝を覗き込んで、足がすくんでしまうのだ。
誰よりも近くにいたはずの友がとてつもなく遠い存在であることを日を追うごとに感じていく。
ここは生きるためだけに戦う世界ではないのだ。
そして友には友の、守らねばならぬ物がある。
隊長としての誇りも威厳も、大切な部下も。
いずれも咲には無いものばかりだ。
「馬鹿野郎・・・は俺もか。」
ぽつりと呟かれた声に反射的に顔をあげると、苦笑を浮かべて浮竹が振り返っていた。
「50年はやはり長い。
・・・うっかりしていたようだ。」
遠くにいってしまった彼が、ゆっくりと戻ってきた。
その穏やかな顔は知っている。
咲に勉強を教えてくれるときの顔だ。
困った際に手をさしのべてくれる時の顔。
「人は生きるほど多くを見、多くを聞き、多くを知り、知識を身に付け、賢くなり、強くなる。
だから人は生きるほど恐れる。
生きるほど躊躇う。
生きるほど・・・迷う。」
見上げるほどの身長と、長く伸びた髪。
白く眩しい彼は、今、手が届く距離にいる。
「だが幸い、俺達には時間がある。
俺は隊長で、ちょっとやそっとじゃ死なないし、お前ももう、昔のように生きるために必死に血を浴び続けることもない。」
大きな手が伸びてきて、ぽん、と頭に乗った。
「だから少しずつ、時を埋めよう。
大丈夫、心配要らない。
隊長にだってなれたんだ、上手くやるさ。
な?」
全てを認めて前に進む勇気は、彼には人一倍ある。
そうしてきっと、たくさんの不遇を乗り越えて隊長になったのだ。
こんなに距離があるのに、彼は怯えずに笑いかけてくれる。
こんなにも深くなってしまった溝に立ちすくむことなく、手を伸ばしてくれる。
「・・・うん。」
小さく頷く。
深い深い溝も、彼となら埋めていけるのではないかという淡い希望が頭を持ち上げる。
淡い希望のほとんどが打ち砕かれてしまうものだと、二人の歳になれば充分に理解しているはずだった。
それでもなお、心の中が暖かくなるその淡い存在に、咲は俯いて微笑んだ。
砕かれるものだとしても、その夢を見られるだけで十分だと。