原作過去編ー伊勢家
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「三番隊から救援要請です。
現在隊長・副隊長が現世に行っておられるとのことで、副隊長以上で要請がかかっています。」
狛村の伝言を聞いた蒼純は立ち上がる。
「分かった。
私が向かおう。」
狛村は頭を下げてから道を開けた。
「来なさい。」
その開けた道を通る副隊長の元に駆け寄る女。
昔一瞬だけ自分の部下だった子だ。
それは響河の反乱により、彼の班が解体されてから、彼女が罰されるまでの間だったが、彼女が心を閉ざし戦えることから響河討伐部隊に属しており、狛村との接点はほとんどなかった。
当時はまだ少女のようで、大男の自分にしたらよくこんな子どもが、と思ったくらいだ。
当時は顔色がひどく悪く、いつも緊張して強張っていたイメージが強いが、響河と組んでいたときはそれは有能で、報告を聞いては疑いたくなったものだ。
ー無席の小娘、ですか。ー
ーそれも更木生まれだ。
遣えるやつだぞ。ー
言い方こそ悪いが、そう言う響河の表情は信頼と期待に満ちていたことを強く記憶している。
貴族に生まれていたら天賦の才と褒め称えられただろう彼女の才能は、ただただ忌み嫌われる材料になっていた。
だからだろうか。
どこか異端児の彼女に狛村は親近感を抱いていた。
そんな娘が罪に問われて罰され、挙げ句の果てに虚圏調査隊に任じられたと聞いたときは何事かと思った。
そして気づいたのだ。
自分達のような異端児は、多数の武力の中では無力だと。
消えた少女に胸を抉られる思いがしたのも、もう50年前の話。
今や自分が、彼女を苦しめた男と同じ三席についている。
「気を付けろ。」
そう声をかけると咲が振り返り不思議そうな顔をした。
「副隊長以上での要請だ。
楽な相手ではない、気を抜くな。」
「は、はい。」
慌てて首肯く様子は、少女のようなあどけなさを残したままだった。
それでも自分と互角か、それ以上の力を持つのだろうと、狛村は思った。
でなければ副隊長が好んで任務に連れては行かない。
蒼純が淡く微笑んだ。
「そうだね、気を付けよう。
行ってくるよ。」
「行って参ります。」
義弟が殺そうとした部下。
反逆者を封印し家名を守った部下。
妹の親友。
息子の命を救われた父。
妻を殺された夫。
暗い過去を背負い、複雑な関係性の中に二人はいる。
それでも固い信頼があるように見えるのは不思議だ。
昔、響河と共に彼女が任務に赴いた姿に、扉の向こうに消えた蒼純と咲の姿が重なる。
周りがどう言おうと、あのころの咲は輝いていた。
信頼し尊敬する上司のもとで異常なほどの力を発揮していた。
そしてまた今も、ただ一人の上司に付き従い、力を振るう。
周囲が疑いの目を向けていようと、それを二人で飛び越えて。
(どうか。)
願いたいことは多い。
だが叶うことは極めて稀だ。
狛村は静かに隊首室を後にした。
「私が参ります。」
咲は現場につくそう言って蒼純の前に飛び出した。
そんなところは昔から変わらない。
真っ先に危険に飛び込む。
だがそれをしてのける実力があるのだ。
そしてその姿は、義弟に良く似ている。
巨大な虚に動じることなく刀を振る。
始解すらしていないのに刀が青く光っているのは、鬼道で電気を纏わせているからだと教えられた。
一番体力が温存できる戦い方なのだそうだ。
虚圏がいかに厳しい場所だったのかが思い知らされる。
襲いかかる触手を一気に引き裂く。
小さく細い体から想像がつかないパワー。
蒼純は戦場にいるとは思えないほど穏やかに、でも決して 咲から目をを離さない。
(逸材と呼ばれるにふさわしい。)
虚の絶叫が響いた。
伸ばされる触手を切り落とし、座り込んでいる隊士を抱えあげると蒼純の隣に下ろした。
咲に比べるとずいぶん大柄な隊士だ。
荒い呼吸を繰り返し、腰の抜けた様子の彼は信じられないものを見るように戦いを見ている。
「強ぇ・・・。
俺以外みんなやられちまったのに・・・。」
彼以外に確かに生き残りはいない。
死体さえないのは、皆食い尽くされたからだろう。
彼の姿には見覚えがある。
「確か二番隊の大前田副隊長の所の・・・。」
「ああ、はい。
息子の大前田稀千代です。」
数年前に入隊したという噂は聞いていた。
まだ席もなく経験も浅い彼が生き残れたのは、正直に言えば単に運だろう。
だがこの世では時折、その強運は何物にも変えがたい物である。
咲は襲いかかる触手を次々と切り落とし、本体へとじりじりと近づいていく。
だがその小競り合いに耐えかねたのか大きく飛び上がった。
切っ先を虚に向ける。
「散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪」
「危ねぇっ!」
触手が足に絡み付いた。
「綴雷電!」
その足に絡み付いた触手を電撃が伝う。
咲の顔が明るく照らされるほど強力なそれに、稀千代は舌を巻く。
「動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる」
「途中で詠唱を止めたのに!」
咲の切先が輝きを増す。
「心配要らないよ。」
穏やかな微笑みを浮かべる上官に稀千代は口を閉じ、行く末を見守ることにする。
「破道の六十三 雷吼炮!!」
その眩しさに稀千代は顔を覆い、蒼純も優しく目を閉じた。
「これは驚いた。」
その言葉に蒼純は振り返る。
「お疲れ様です。
鳳橋隊長。」
そこには一昨年隊長に就任した男がいた。
華やかな金髪と独特の服装は就任前から有名だった。
「うちの隊士が世話になったようだね。
礼を言うよ。」
「それには及びません。」
蒼純の後ろに咲が舞い戻る。
「他に隊士の姿は見えません。」
「ご苦労。」
「ご苦労様。」
かけられた声に上司の向こうを見る。
一目見て、その人と話したことがあると思い出した。
50年以上前、街中を歩いている咲を人拐いから庇ってくれた死神だった。
あの頃から妙に個性的で、強く記憶に残っている。
「姿を見ないからどうしたのかと思っていたけれど。
大人になったね。」
その言葉に、相手も当時の咲を認識していたのだと悟り、目を見開く。
当時より成長しているし、朽木邸への道中だったあのときとは服装も全く違っており、そう簡単に同一人物だとは認識できないはずなのにと、口をぱくぱくとさせるばかりで言葉が出てこない。
その様子に蒼純が笑いだした。
「僕のことなんか覚えてないかもしれないね。」
首を竦める鳳橋に慌てて首を振る。
「とんでもございません、あの時はお世話になりました。」
そして深く頭を下げた。
当時はどうであれ、今や隊長である。
「何、大したことはない。
これだけ成長している君を見ると、良い拾い物をしたものだと思うよ。」
「はい、本当に。」
蒼純も同意する様子に、咲は小さくなった。
「大前田くんは怪我はないかい?」
「はい、大丈夫っす。」
「では帰ろうか。」
「はい!
ありがとうございました。」
咲と蒼純に二人は背を向けて去っていく。
「本当に強くなったね。」
ぽつりと呟く上司に、咲は首を振った。
「まだまだです。」
「私は不安だよ。」
言葉の意味がわからず、隣の上司を見上げる。
「君が強くなりすぎると。」
遠くを見ている瞳が何を考えているのか理解ができないが、咄嗟に疑われているのではと咲は慌てる。
「私は決して道を外れぬと誓っております!
信用に値しない誓いかも知れませんが、それでも誠心誠意、副隊長にお仕えいたします!」
そう言えば上司は咲を見て優しく微笑んだ。
「勿論信用しているよ。
任せられる仕事がどんどん増えていく。
任せなければならない仕事も。」
「勿論私のような者に出来ることなど限られてはおりますが、全身全霊を懸けてお役に立てるよう努めます。」
「模範だね。」
どこか冷めた言葉に彼の思いを汲み取れなかったと知り、肩を落とす。
「君は素晴らしい部下だ。
本当に。」
上司の事が分からなかった。
誉め言葉と裏腹のその影のある表情も。
「私もまだまだだな。
帰ろうか。」
咲はただ、その背中について行くことしかできない。
それは今も昔も変わらない。
ー俺たちは駒にすぎない。
命令に従うのみ。
己の力を最大限に発揮し、お役に立つために努めるのみだ。
それが今、俺達にできること。ー
そう言った上司がいた。
彼はもうここにはいないが、咲はその言葉を今でも信じている。
皆が忘れているだろう。
反逆者の瞳の緑が美しかったこと。
笑顔が眩しかったこと。
大きな手が優しかったこと。
50年の時は、咲が彼を忘れるには短すぎた。
「お前は忘れてはいけないよ。」
かけられた声に驚いて顔をあげる。
思っていたよりも近くに蒼純がいて、反逆者を思い出していた事に胸がどきりと音をたてた。
「お前はただ一人しかいない。
なんと言われようと、代わりのものなどいないのだ。」
思慮深い瞳に吸い込まれそうになる。
「お前は必ず帰って来るのだよ。
いいね。」
そして言い聞かせるように彼は頭を撫でた。
昔の上司のように乱暴にかき混ぜるのではなく、整えるかのように、そっと。
「は、い。」
付いていくと決めたのだ。
失った存在ではなく、目の前の人に。
優しく哀しい、この人に。
だから、この人が戻って来るように言うのならば、それは絶対。
「・・・必ず。」
そう答えれば彼は優しく満足げに笑った。