原作過去編ー伊勢家
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白哉一人の帰宅を告げると、奥から明翠が出迎えに顔を出した。
「おかえりなさいませ、白哉さん。
咲さんは帰ってしまわれたのですね。
夕食はうちで食べてくださるものと思っておりましたのに。」
どこかがっかりした顔に、白哉の胸はちくりと傷んだ。
母がわりのこの人は、貴族の子女たるものこうあるべきと言う姿そのものだ。
美しく、奥ゆかしく、優しく、そして時に強かだ。
夫を昔に亡くしたとだけ聞いており、詳しいことはなにも知らない。
知らなくても彼女であることは変わらず、白哉にとっては大した問題ではなかった。
母はおらずとも明姉様がいると、いつも言い聞かせていた。
「土産があるから許してください。」
包みを差し出せばすぐに笑顔になった。
咲は更木で烈に拾われたのだと、白哉も聞いたことがあったし。
処遇は違えど、咲にとっての唯一の家族は烈なのだ。
ーあの子はやんちゃな義娘ですから。ー
虚圏にいっていた頃、そう父に言って、どこか寂しげに笑う烈を見たことがある。
咲もまた、烈にとって家族なのだ。
「兄上が美味しいとおっしゃっていた葛饅頭ではないですか。
ありがとうございます。」
彼女は一緒に行かなければ親代わりの者の元へこれを届けることはないだろう。
彼女は昔から妙なところで怯えることを、白哉は知っていた。
白哉にあって、咲にないもの。
それはある意味勇気であり甘えであり素直さであり、そして愛情の表現力かもしれない。
先程、白哉が怒鳴ったときの咲の顔を思い出す。
あんなに傷付いた顔は初めて見た。
「兄上も喜ばれますわ。
食後にいただこうかしら。」
うきうきとした様子に、白哉は握り締めていた拳を解いた。
「すみません、もう一度出ます!」
そして家から駆け出す。
明翠ならば後で話せばわかってくれると思った。
「あら、忙しいこと。」
嬉しそうな明翠の笑い声が聞こえた気がした。
隊首室の扉が開き、咲と夜一はそちらへ顔を向けた。
「遅いぞ喜助!」
「これでも急いで出てきたんですよ。
いやぁ、噂の葛饅頭がいただけるとは。」
やってきた喜助は咲の隣から夜一の手の中の葛饅頭の包みを覗きこみ、咲は無意識に体を退いた。
そしてまた、驚いた顔をした喜助を見て、自分のとった行動を自覚した。
咲にすれば見上げるほど大きくなってしまった喜助が、どれ程強くなったのかは肌で感じられる。
その実力は隊長を名乗っても引けをとらないだろう。
白哉にも指摘されたが、こちらに戻ってきてはじめて、虚圏で身に染み付いた癖に気づく。
無意識に辺りを探ること。
相手の実力を判断しようと観察すること。
実力がある者と知ると距離を保とうとすること。
それは虚圏では自然な行動てあっても、ここ精霊挺では違和感のある行動だ。
「いやぁ、なんともありがたいことだ。
それに素敵なお着物、よくお似合いですよ。」
にっこりと笑いかける顔は昔のままで、咲はほっと体の力を抜いた。
「わざわざ買いに行ってきてくださったんですか?」
「あ・・・いえ。」
「どなたかと行かれて?」
「白哉坊じゃ。
あやつのことなど気にするな、放っておけばまたすぐ機嫌をなおす。」
「おや、どうしたんです、喧嘩ッスか?」
「あやつが咲に護られたことに腹をたてただけだ。」
夜一との間で話は進んで行く。
「ではこの葛饅頭は誰が誰のために買ったものなんですか?」
ただただ成長を感じる。
あの頃はこんな風に何かを聞き出されることなど、考えもしなかった。
幼く愛おしい二人と遊んでばかりいただけだったのに。
咲は緩く頭を振った。
「お気になさらないで、どうぞ召し上がってください。」
「開けるぞ!」
「ちょっ、夜一サン!」
喜助が止めようとしたときだった。
どこからともなく地獄蝶がやって来て、ひらひらと夜一の周りを飛ぶ。
「ほぉ、残念だ。」
言葉のわりに夜一が楽しげににやりと笑った。
「葛饅頭はお預けらしいぞ。
残念だな喜助!
無駄足だったようだ、悪いな!」
「そりゃ残念。」
彼は肩をすぼめ、でもどこかほっとしたような顔をした。
「お前に懸想している相手がもうすぐお出ましだ。」
「懸想?」
首を傾げる咲の後ろの扉が勢いよく開けられた。
「咲!!!」
飛び込んできた声に、咲は振り返る。
その息を切らせた様子に、目を瞬かせた。
「若様、どうして・・・。」
驚いている間に、腰かけている咲の目の前に歩み寄った。
見上げる先にある顔は、咲が守った時とは見違えるほど大人らしい顔をしていて、彼の父に良く似ていた。
「烈殿のところへ行くぞ。」
彼はそう言って咲の手を取り、立たせる。
「良いのです、烈様もお忙しい方ですから。」
「良くない!」
その瞳は真剣だった。
「大切な人と会えなくなる事だってある世の中だ。
お前もいつまた遠征に行かねばならぬか分からんだろう。
会えるときに会わねばならぬ。
それを返せ化け猫!」
白哉が夜一の手から葛饅頭の包みを取り上げる。
「残念じゃのぅ。」
「黙れ!」
小馬鹿にしたような夜一の声に苛立ちを隠さない白哉。
困ったように喜助が笑うのを見て、いつものやり取りなのだろうな、と咲は一人納得した。
「だがな咲。
この小生意気なガキの言うことも一理ある。」
夜一の強い瞳に、咲は少ししてから頷いた。
「おっしゃる通りにございます。」
夜一がにやりと笑い、喜助が微笑む。
白哉は満面の笑みだ。
「さっさと行ってこい!」
「指図するな!
行くぞ!」
引っ張られるようにして咲が隊首室を出ていく。
必死に顔を室内に向けて、そして。
「あの、ありが」
言葉の途中で見えなくなった。
残された二人はなんと言おうとしていたのか想像がつき、顔を見合わせて笑った。
「どうじゃ、管理隊部隊長殿。」
一転した夜一の真剣な問いかけに、喜助は目を細めた。
「蛆虫の巣等には入れたくありませんよねぇ。
四十六室のもどかしい気持ちも分からなくはないですが。」
「あやつらからしたら、厄介払いできたはずなのに任務を半分の期間で命令無視して帰ってきた。
それも力をつけて帰ってきた問題児じゃからな。
確かに儂もあやつらの立場じゃったら肝を冷やすだろうな。
いつ寝首を書かれるか・・・当の本人を知らねばそう恐れることだろう。」
「それに間違いはありませんが。」
「何よりあやつの斬魄刀の能力が問題だ。」
「故日野七席の斬魄刀に似た能力を使っていたという目撃証言や、故山本九席と響河との戦闘で見られた鬼道ではない焼跡ッスよね。」
夜一は考え込むように顎に手を当てた。
「解放した姿はでかすぎる風殺系の斬魄刀だ。
50年前等は特に、明らかにあやつが持つにはでかすぎる、な。」
「彼女の刀とは思いがたいという話も確かにありますが、伊勢家のように代代伝わる刀のような特別なケース以外で他人の刀を遣いこなすことなど不可能だ。」
「最近古い資料を見ていてな。」
夜一は立ちあがり、書棚の奥から紙束を取り出した。
渡された資料を首をかしげながらぺらりと捲る。
「山上家・・・聞いたことのあるようなないような。」
「60年以上前の話じゃ。」
喜助は目を見開く。
手元の資料は、当時の十番隊による報告書だった。
山上家は斬魄刀の強度を上げる方法を極秘裏に研究しており、その過程で、虚の魂魄を死神の斬魄刀に融合させることで魂魄強度を増し、さらなる力が発揮できることを知った。
斬魄刀は本人の魂の一部。
当然死神自身の魂魄にも影響が出るため副作用が強く、斬魄刀が虚の魂魄に反発し、命を失うことも多かった。
山上家の女性と家を継ぐ長男以外の男兄弟は、相当の才能がない限り皆実験台として犠牲になってきた。
そしてその連鎖を止めるため、山上末雪が山上邸を虚に襲わせた。
そしてその襲わせた虚の一体が空太刀咲が捕まえたものであり、彼女はもその場に居合わせた。
本人の記憶は無いがその時に始解しており、その巨大で白い刀の姿は、虚の姿をしている時の山上の手をにそっくりだった。
「魂魄強度の壁の越え方を研究する奴に碌な奴はおらんな。
どうせお前の事だ、山上家の研究資料は既に入手済みじゃろうて。」
「え?どうでしたかねぇ、あはは。」
ちらりと夜一の視線を受け、当の研究を秘密裏ひ行う喜助は笑って誤魔化す。
「そう言えば、山上家から一人、養子に出されたやつが居らんかったか?
末雪の次の弟だったか・・・確か当主が使用人に孕ませたとかいう。
生きておるのかのう?」
「さぁ、ボクは知りませんでした。
それが事実なら気にはなりますけどね。」
その理由が研究の為である事はその表情から明白であり、夜一は溜息をついた。
「この報告書は当然四十六室も入手しておる。
次はあやつの斬魄刀の調査を要求してくるじゃろうな。」
「その能力が過去の上司と同じく、
嫌んなっちゃいますねぇ。」
「誰の刀であれ暴走したら危険だ。
総隊長の流刃若火が暴走してみろ、現世まで火の海に違いない」
「全くですよ。
でもあの人たちは不安で仕方がないんでしょう。
ようやく訪れた平和だ。」
「刀の解析はお前に解析は頼むつもりだ、喜助。」
喜助は少ししてから眉をあげた。
「ほんとッスか?」
夜一はにやりと笑った。
「ああ。
お前のことは信用しているからな。」
「ありがとうございます。」
そして喜助もにやりと笑った。