原作過去編ー伊勢家
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図書館で資料を探していると、小さな女の子が目に留まった。
愛くるしい子は、知的な顔立ちをしていて、霊圧も高く、将来有望であることは一目瞭然だった。
どうやら本を取りたいのに手が届かないらしい。
こんな小さな子が読むには難しそうだと思いながら、咲は近づいて一冊選ぶ。
一瞬焦った少女に、本を手渡した。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
しっかりした子だ。
センスのいい上質な着物から、上流貴族だと言うことはすぐにわかった。
供も連れずに珍しい。
咲が入隊した頃ではあり得ない話だ。
しゃがんで視線を合わせる。
昔夜一に無理やりしゃがまされていた頃から習慣になっている。
「他にも必要な資料があるのですか?」
「はい。」
「お手伝い致しましょうか?」
「でも・・・」
時代は変わったのかもしれないが、やはりこの子を一人にしておくのは不安だと思った。
「ご心配なく。
お嬢さんお一人の方が心配です。
それに私の探し物は終わりましたから。」
手元の本を見せる。
蒼純に借りて来るよう言われていたものだ。
「貴方は?」
「申し遅れました。
卯ノ花と申します。」
その名前に聞き覚えがあるらしく、少女は頷く。
「探す本を教えていただけますか?」
「ありがとうございます。」
小さな手が差し出すリスト。
誰が書いたのか分からないが達筆で、才能を感じざるを得ない。
どこかで見覚えのある文字だが、どこで見たか思い出せない。
(見たとしても50年以上前だ・・・
仕方ないか・・・)
賢そうな少女の瞳に笑いかける。
「では私は一覧の下の方から探しましょう。」
視線を感じて振り返り、遠目に目が合い、向こうが覚えている様子だったので咲は深く頭を下げた。
相手は穏やかに微笑み、近づいてくる。
「父上!」
隣の少女が小さく彼を呼ぶ。
咲は驚いて少女を見る。
「ということは・・・」
「七緒、手伝ってもらったのかい?」
少女の頭を、撫でる優しいしぐさに、ふと友達を思い出した。
やはり兄弟というのは根本的なところが良く似ているらしい。
「はい。」
少し恥ずかしげに少女は微笑んだ。
「京楽様の娘様とは存じ上げず、失礼致しました。」
「いやなに、世話になった。
それより、よく無事に帰ったな。
妻も話を聞いて安心していた。」
京楽あたりから虚圏調査隊からの帰還の話が伝わっていたのかもしれない。
穏やかに微笑む彼は、少し顔色が優れないようにみえる。
それにしても奥方と面識はないはずだと、首を傾げる。
「聞いてないのか。
粋なことを。」
にやにやと笑う姿に京楽には都合の悪いことをいってしまったかと心配する。
「いやなに、妻は伊勢家の出でね。
君の持っていった簪に祈祷をしたと聞いた。」
お守りとは聞いていたが、ずいぶんと付加価値のあるものをもらったものだと驚く。
何度となくひやりとしたこともあったが、無事だった理由のひとつだろう。
「そうだったんですね。
どうぞよろしくお伝えください。」
「ああ。
妻が会いたがっていたから、今度一度うちに来るといい。」
咲に対して冷たく当たる人が多い中、不思議とこの人も態度が変わることはなかった。
京楽から聞いていたとしても、上流貴族として罪人と関わるのは眉を顰られる事であるのに。
「ありがとうございます。」
そう言えば、朗らかな笑みを浮かべてくれた。
「身体はもういいのか?」
「はい、もうすっかり。」
「それは良かった。」
そして積み上げられた本を見る。
「本はすべて探し終えた、か。」
「はい。」
彼の探し物たったらしい。
「礼を言いなさい。
卯ノ花烈様の娘さんだ。
春水の友達だぞ。」
少女は驚いたように目を瞬かせてから頭を下げた。
「ありがとうございました。」
才気があり、礼儀正しく、可愛らしい少女。
さくらに対しても思ったものだが、やはりできることなら、自分達の世界には来てほしくない、脆い花のような存在だ。
「いいえ。
春水様や、お母様にもよろしくお伝えください。」
「はい!」
でもこの子は、こっちの世界に来てしまうような、そんな気がした。
「曳舟隊長がですか。」
「ああ。
何でも向こうにいた頃のことを聞きたいらしいよ。」
蒼純は僅かに渋い顔をしていた。
「わかりました、うかがいます。」
早速向かおうとすると、後ろから呼び止められた。
「曳舟隊長はお優しく、聡明な方だ。
だが、お前が言いたくないことは言わなくていいし、したくないことは断っていい。」
心配そうな表情を浮かべ、上司は静かに述べた。
「お気遣いありがとうございます。」
咲は淡く微笑んだ。
この人はやはり優しいと思う。
きっと眠っている義弟のように、他人を殺して生き残るようなことはしないと、そう思う。
(だからこそ隊長には向かないと言われるのだろうが・・・。)
能力はあっても、気質が向かないのだ。
けれど咲は、そんな上司が好きだった。
死神として多くを失った咲にとって、彼の傍は日だまりのような場所なのだ。
「あと、副隊長は口があまり良くない気の短い子だが、いい子なんだ。
あれこれ言うかも知れないが、気にしないでやってくれ。」
困り顔の彼に咲は笑って見せる。
「わかりました。
では失礼します。」
頭を下げてから部屋を出る。
昔から、早く帰って彼を安心させる報告をせねばと任務に向かった。
彼の労りが、何よりの報酬だった。
50年の長きに渡り離れていた分、やはり彼も歳を重ねていたけれど、彼の労りの言葉も、咲に向ける眼差しも変わらない。
咲は変わらないと信じ切っていたし、蒼純は変わるべきではないと自分に課していた。