原作過去編ー伊勢家
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バタバタバタバタ
足音を立てて一番隊の隊首室の部屋に駆け込んだ二人に、総隊長は杖を床に打ち付けた。
「ぺい!
隊長ともあろうものがもう少し落ち着かんか!」
しかし総隊長と二人の間でゆっくりと振り返った姿に、二人は瞠目し、総隊長の言葉を無視する形となる。
痩せた様子、真っ白の肌、鋭い視線は、昔見た李梅や雅忘人と同じだった。
真新しい死覇装は黒く、その肌と正反対である。
長く延びた髪は腰ほどもあり、使い古された紙紐で止められ、そこには風車の簪が刺さっていた。
雀部が思わず溜息をついた。
「咲!!!」
先に叫んだのは京楽だった。
駆け寄る彼を追うように、浮竹も駆ける。
二人を認識した瞳は鋭さを崩し、真ん丸に見開かれた。
「京楽!
浮竹!」
顔は昔より大人びていて、朝の空気を思わせる透明感があった。
初めて彼女に会ったときの感覚を、二人は思い出す。
回りに馴染めず傷だらけになっていた、浮世離れした存在。
またしばらく離れている間に、彼女は昔よりも遠くに行ってしまったような気さえした。
(それでも、やはり咲であることは変わらない)
京楽は咲を抱き締めた。
細い手がそっと背中に添えられ、心が震える。
浮竹も駆け寄り、京楽の肩を組みながら咲の頭を思いっきりかき混ぜる。
最後に会ったときよりも低く感じるそれに、自分の背がそれだけ伸びたこと、それほどの時間が過ぎたことを痛感する。
「夢みたいだ!」
「本当だな!
あと50年はかかると思っていたからな!」
咲は嬉しそうに笑った。
陶器のようだった頬に血の気が戻る。
「まったく。
小童どもめ」
総隊長は呆れたように、でもどこか楽しげに呟いた。
「嘆願書を出してくださったと言うのは本当ですか」
隊首会後、廊下でかけられた声に、銀嶺は振り返った。
「然様。
孫の命を救われたのだ」
表情を変えることはない彼は、浮竹と京楽にとって、何をとっても大先輩に当たる。
孫の命を救った者が重い刑罰に処されている今、礼を兼ねて嘆願書を出すことは何ら違和感はない。
「願ってもないことです。
本当に」
京楽が浮竹の後で呟く。
だが彼らの表情に影があり、銀嶺は目を細める。
「浮竹隊長!」
遠くから慌ててかけてくる部下の声に振り返るときには、浮竹はいつも通りの明るい隊長の顔を見せた。
「我々もあわせて出させていただきます。
失礼します」
口早にそう告げ、浮竹は去っていった。
昔よりも大きく逞しくなった背中に、1つ頷く。
「ボクもこれで」
静かにそう言う京楽にも1つ頷くと、背中を向けて隊舎へ歩き出す。
彼女がいない50年ほどの間にも、様々ことがあった。
死に別れた者も何名もいるし、隊長格の顔ぶれもずいぶん変わった。
変わっていない方が少ないくらいである。
50年前にはまだ幼さを残していた者達が立派に成長して隊を率いている。
四楓院夜一が良い例だ。
他にも咲が遠征に行ってから入隊したものが隊長になっているような、優秀な者もいる。
来月には浦原喜助が十二番隊長になる予定だ。
それだけの時間が経ったということでもある。
(それでもまだ刑期中に変わりはない)
虚界に残った二人は、白哉に気づいた咲に帰るように言ったのだと言う。
任務に関係のないことは多くは語らないが、どうやら話をする様子からは、向こうでは楽しく過ごしていたらしい。
あの気難しい二人ともいつの間にか、信頼関係ができていたとのこと。
二人の話をする咲はどこか寂しげだった。
(また罪人としてのこの世に引き戻されたか)
確かに虚界よりは安全だろうが、苦しいだろう。
再会を喜んでいる者達も、50年前の苦しみを思い出し、やはり心を痛めている。
(……不憫な)
老人は知っていた。
(我々が嘆願書を出したとて……)
緩く首を振る。
そして供に嘆願書を出す二人も、その結果に気づいていながらも、「もしも」に懸けているのだろう。
(だがその一抹の可能性に懸けているのは私も同じ……)
50年が経とうとまだ罪を背負うには細く小さな背中に、思いを馳せた。
「咲!」
飛び付かれてその人だと確信する。
一目見ただけでは成長しすぎていて本当にその人か疑いたくなってしまったのだ。
「夜一様!
これはご立派になられて」
「お前は小さくなったな」
肩を叩くのは、昔は屈まねば視線を合わせられなかった少女だ。
今では当然屈む必要もなく、1人の強き女性へと成長している。
隊長羽織着るほどに。
「そうかもしれませんね」
くすりと笑った。
現世のお伽噺の浦島太郎のようだろうと蒼純に言われたが、まさにその通りである。
「こりゃたまげた。
本当だったんッスね」
見上げる先には精悍な顔立ちの青年がいる。
風にふわりと揺れる優しい金髪は、今も変わらない。
「まぁ、こちらもご立派になられて。
浦原様ですね」
「本当に小さい」
頭の上に手を乗せられ、咲は笑った。
昔は自分が逆の立場で、頭を撫でれば二人とも嬉しそうに笑ったのに。
「こんなに小さかったかのう」
「少し伸びたくらいですよ」
「縮んだようにしか見えん。
それに痩せたな。
食っとるか?」
人懐っこく見つめる瞳に、懐かしさを覚える。
彼女の本質的なところは変わらない。
自分のことを奇異の目で見ることのない、まっすぐな瞳だ。
「勝手にいなくなりおって!」
「勝手にて、報告する義務は無いでショ」
「おおありじゃ!」
「申し訳ありません。
帰れる保証のない任務でしたので」
「本当ならあと50年向こうにいるべきだったのだろう?
信じられん任務じゃな。
廃止してやる」
「それも大事な仕事ッスよ」
どちらも成長したからの発言であり、頼もしいばかりだ。
咲は思い出したように懐を探る。
「いただいた時計、動くのですが、蓋が壊れてしまって……」
取り出したそれは、蓋が確かに大きく陥没していて、うまく噛み合わない。
「これは派手にやりましたね。
そう簡単にこんな風に曲がらない素材なのですが……」
「虚からの攻撃を受けまして……」
「お前の胸に攻撃が届いたということか!?」
「はい」
「そりゃたまげた!
ずいぶんと強い」
「ええ。
倒せずじまいでした」
どこか懐かしげに微笑みながら話す咲に、二人は顔を見合わせる。
「思いの外楽しいところのようよのう」
「更木育ちの私には、そうかもしれません」
「いつか行ってみたいッスね」
「案外上手くやっていけるかもしれませんね」
「朽木邸へはまだか?」
「はい」
「早く顔を見せてこい。
明翠殿もお待ちじゃ。
白哉坊もでかしたものよのう」
「夜一サン、声大きいッスよ」
白哉のときもそうだったが、寂しく思う。
己は皆と別の時を、歩んでいたのだ。
それは致し方のないことで、己の居場所がないのは昔からだった。
(それでもこうして受け入れてくれる人がいる)
ごちゃごちゃの心に蓋をして、咲は約束の場所に向かおうと、二人に深く頭を下げる。
今や二人とも上官だ。
あんなに小さい子供だったはずなのに、若くして人の上に立つだけの力をつけた。
無席の咲が親しげに話すことなど、通常ではあり得ない存在なのだ。
肩にさらりと銀色風花紗が流れた。