虚圏調査隊編
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烈から夕食に帰ってくるよう連絡があった。
こんなことは滅多にあるものではなく、また二人での食事はずいぶんと久し振りである。
時間に少し遅れて烈が部屋に入り、上座に座した。
「お待たせして申し訳ありません」
「い、いえ!
とんでもありません!」
首をぶんぶんと横に振る様子に、烈は微笑む。
「話はうかがっています」
あれだけ挨拶に行くようにと勧められたのに結局咲からは言い出せず、こうして烈に呼ばれる形になったことに肩身が狭かった。
「は、はい……」
視線を上げることもできず、咲は小さくうなずいた。
「あなたの口から聞けたら、良かったですのに」
その言葉に驚いて顔をあげる。
「隠し事など水くさいですよ」
柔らかな笑顔に顔を赤くして再びうつむいた。
「……虚圏に赴くのですね」
咲は静かに頷いた。
「はい。
栄誉と思って、邁進いたします」
真っ直ぐな瞳が、烈を見上げる。
烈はそれをゆったりと受け止める。
多くの不遇と罪と悲しみの、その全てを飲み込んで、彼女は前へ進もうとしている。
その健気な姿は、まだ少女の域を出ない小さなもので、背負うにはあまりに重い運命のように見える。
だが烈には、彼女ならばやり遂げられるという確信があったーー
(本当に、貴女は変わらない。
遠い、遠い昔……貴女が私を拾った日から何も)
「貴女は……本当に自慢の娘です。
誰よりも死神としての覚悟ができているよう」
「いえ、私など、まだまだ」
首に巻かれた銀白風花紗が揺れる。
烈は目を細めた。
「貴女なら向こうでも大丈夫だとは思いますが、くれぐれも気をつけて」
真剣な顔をして、咲は頷いた。
「虚界では、私も治療してあげられません。
薬を用意しましたから、せめてそれをお持ちなさい」
思いがけない言葉に咲は目を見開く。
「烈様……」
「砂避けのマントも用意しました」
心配してあれこれと用意してくれる様子は、浮竹が話していた母親のようだとふと思い、咲は頬を赤らめる。
「……ありがとう、ございます」
恥ずかしげな礼の言葉に、烈は優しく目を細めた。
「立派に務めを果たしなさい。
そして、必ず生きて帰ること」
隊長らしい凛とした様子から溢れる家族の温かさに、咲はきゅっと拳を握った。
「はい」
「待ってください!」
声変わりしたてのまだどこか幼さを残す声で呼び止められ、立ち止まった。
振り返れば喜助が駆け寄ってくる。
「どうされたのですか?」
慌てた様子に驚いてしまう。
「もう行くんですか?」
見上げてくる瞳に、入隊もしていないこの子はずいぶん詳しいのだと驚く。
「いいえ、まだですが、日程はお知らせしないことになっています」
虚圏への入り口を開くと言うことは、動もすれば反乱を企てることにもつながる。
響河の反乱以降、護廷は何事にも慎重にならざるを得なかった。
「よかった」
喜助はほっとしたように笑った。
それだけで場が暖まる気がして、彼は沢山の人に好かれるだろうな、とぼんやりと思った。
夜一もそうだが、高い潜在能力を持つ二人は100年の間にどれ程成長するだろう。
咲の手を拾い、喜助は温かい何かを持たせた。
驚いて手を広げると、金色の懐中時計があった。
彼の体温で温かくなっていたのだろう。
「霊圧を動力にする時計です。
向こうへ行くと一日中夜で、時間の感覚もなくなってしまうと聞きました。
だから……」
うつむく少年の温もりが冷めてしまわないように握りしめる。
「もしかして、喜助さまが作ってくださったのですか?」
少年は首をふる。
「手伝いはしました。
時計自体は雀部様がくださって、涅様が主に改造を。
何か実験後どうとかおっしゃってましたけど、悪いようにはされないと思います」
毛嫌いされがちな涅なのに、この少年はずいぶんと信頼しているらしい。
それに雀部などは総隊長から響河と共に反乱軍への特別部隊に任命された時に姿を見かけた程度である。
この懐中時計は見るからに質の良い物で、貴重なものに違いなかった。
何故わざわざ雀部が、という疑問はあるが、もう答えを得るだけの時間はなかった。
全ては100年後、だ。
「立派な物を……ありがとう。
大切にします」
辛そうな顔をした少年に、咲はそっと笑いかける。
「そんな顔をなさらないでください。
これは任務です。
必要な情報を得るための、実地調査。
栄誉なことなのですよ」
少年は首を振った。
「ではなぜ誰も手を上げないのですか。
なぜ貴女だけが、調査隊に加わるのですか。
こんなの……酷すぎる」
聡い少年は、咲が選ばれた理由も知っているのだろう。
そしてまだ若く、純真で真っ直ぐで正義感の強い彼には到底納得のいかぬ話だったのだろう。
「喜助様。
ある方が私に言いました。
自分達は駒にすぎない。
命令に従うのみ。
己の力を最大限に発揮し、お役に立つために努めるのみだ。
それが今、私達にできること」
それが今は大反逆人とされる人の言葉だとは、彼も思いもしないだろう。
かの人を思うことは許されないと分かっていながらも、辛く苦しい記憶であろうとも、今もなお咲の胸のうちには、いつも響河がいるのだ。
「大切な人を、大切なものを守るために出来ることは、今の私にはこれしかありません」
そっと斬魄刀に手を置く。
「二度と大切なものを失わずにいられるように、今の私のできる限りを尽くしたいのです。
私は必ず任務を全うし、帰って来ます。
ですからどうぞ喜助さまも立派な死神に」
美しい瞳が、真っ直ぐに咲を見つめた。
鋭いほど強い決意を秘めた、まだ幼さを残す瞳。
いつか彼は大きな事を為すような気がした。
瞳に星が写り込む美しさをじっと見つめたまま、咲はひとつ頷いた。
彼がひとつ頷き返すのを確認すると、咲は立ち去った。
見せなければならないと思ったのだ。
決意した背中を。
彼もいつか、決意して同じように歩けるように、と。