虚圏調査隊編
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「遠征が決まりました」
その顔に表情が無いことから、遠征の帰還率の低さが見て取れた。
だから明翠はその行き先や内容については尋ねない。
「いつ、帰ってくるのですか?」
「決まっておりません。
調査隊のようなものですから」
あえて言う必要もないだろうと、咲は年数に関しては答えない。
まさか100年とは、誰も思いはしないものだ。
「……そう」
それでも明翠は気落ちしたように視線を落とした。
罪を背負うようになって、咲は危険な任務や遠征が増えた。
戦うことのない明翠には想像もつかない任務も多く、気をもむことも多い。
「咲!」
本と筆を抱えた白哉が咲を見つけて駆けてくる。
「今日は泊っていってくれるか!?」
小さな手が、きゅっと咲の手を握った。
剣だこも筆だこもある、小さいけれど努力家の手だ。
咲と明翠は優しく微笑む。
「ええ。
お約束でしたから」
「やったぁ!!」
白哉はきゅっと咲に抱きついた。
子どもらしいぬくもりと柔らかさに、咲もそっとその背中に手を回す。
嬉しそうに白哉が笑う。
そして思い出したように抱きついたまま明翠の方に顔を向けた。
「明姉様、私は咲を妻にしたいぞ!」
度肝を抜かれたのは咲だけで、明翠は鈴が鳴るような声で笑った。
幼子にはよくあることなのだろうか。
唐突な話にも明翠は驚く様子はない。
「白哉さんは本当に咲さんが大好きね」
ずいぶん明るくなったと思う。
響河が封印されてすぐのころは本当にふさぎこんでばかりだった。
その彼女の笑顔を増やしたのは、己の夫のせいで命を落とした義姉の残した子、白哉の存在だった。
「明姉さま、何がおかしい?」
拗ねた顔に、明翠はにこやかな顔で言った。
「まだ咲さんに剣拳走鬼どれも勝てませんのに。
夫になるのでしたら、奥方を護れませんと」
むぅっと膨らんだ頬が愛らしい。
咲には彼女の言葉が痛く、視線をそらす。
明ちゃん翠が心に残れなかったと嘆く、今は亡きものとして扱われる響河。
目の前で妻月雫を失った蒼純。
どちらのようにもなってほしくないという、強い願いを背負いながら、白哉はすくすくと成長していた。
「では、私が咲に勝ったらよいか?」
黒い瞳にくるりと見上げられ、咲は思わず笑った。
無邪気な彼はいつも咲に笑顔をくれる。
「もしその時まで、その御心がお変わりないのでしたら」
もちもちとした白い頬を咲は愛おしそうに撫でた。
「もちろんだ!」
優しい約束だ、と思う。
小さな子供らしい、心を包んでくれる、愛情。
いつまでもあり続けたい、優しい関係だったーーでもそれは、叶わぬこと。
「坊っちゃま、私はしばらくお仕事でお目にかかれなくなります」
「遠くへ行くのか?」
「ええ」
白哉は目をいっぱいに見開いた。
「ですからその間に、強くお成りください。
帰ってきたら、私がびっくりして腰を抜かしてしまうほどに」
「……わかった!」
白哉は目にいっぱい涙を浮かべて、それでもきりりと顔を引き締めた。
「強くなる!
強くなって、咲を超える!」
「その心意気にございます」
膝をつき、小さな身体を抱きしめる。
温かく、柔らかく、どこか日だまりのような香りがする。
「お前も……
お前も強くなれ。
敵に負けるなんて許さないからな!」
咲は驚いて目を見開く。
「絶対、絶対に勝って、帰ってくるんだ。
立派に務めを果たして帰ってくるんだ!
それが死神なんだからな!
おじい様と父上の……それから私の期待に応えるんだぞ!」
彼がずっと言われている言葉なのかもしれない、と思う。
そしてまた、今はまだ難しくて意味もわからず咲に言っているのかもしれない、とも。
でも、少年がその期待に応えようと必死に頑張っている事を、咲は知っていた。
そしてその期待に、彼はきっと応えるだろう。
(なのに、私がそれに応えなくてどうする)
「はい……白哉さま」
肩が濡れてきているのに気付かぬふりをして、泣き虫な幼子の頭を優しくなでた。
いつもは気恥ずかしくて呼ばない自分が名づけた名を、優しく呼んで。
「泣いて、なんか、ないから、な!」
「ええ。
お強い子にございますから泣いてなどおられません」
咲の表情は自然と明るくなっていた。
「私も少し離れたところで、立派に務めを果たし、強くなって帰ってまいります。
皆様の期待に応え、帰ってきたときには、貴方に仕えられるように」
「うん!!!」
すがりつく子が愛おしい。
この子のためにも、任務を遂行せねばならないと思う。
(必ず……生きて)