虚圏調査隊編
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「報告は以上です。」
「御苦労。
予想以上にいい結果だった。
無理はしていないかい。」
「はい、ご心配には及びません。」
「頼もしいことだ。」
蒼純はいつも通り咲をねぎらい、微笑んだ。
こうして自分を心配してくれるこの上司とも、あと数日と考えるとどこか寂しいが、そうも言っていられないと銀白風花紗に口元を埋めた。
「もう挨拶には行ったかい。」
唐突な問いかけに、咲は要領を得ない。
「挨拶・・・とは。」
「卯ノ花隊長や・・・そうだね、京楽四席や浮竹四席のような親しい人に。
もう100年会えないんだ。
ちゃんと挨拶をしておかないといけないよ。」
「・・・卯ノ花隊長はお忙しいので・・・。」
こんな不器用なところはいつまで経っても変わらない思う。
視線を落とす咲に蒼純は小さく首を振った。
「この前の長期任務の時も気にしておられた。
今回のことも総隊長から隊長格へは報告があるだろうけれど、きちんと君の口からも伝えた方がいいと私は思うよ。
・・・それから、できたら、明翠や白哉にも挨拶に行ってやってほしい。
白哉は泣くかもしれないが、それも必要なことだ。」
「・・・はい。」
口元を銀白風花紗に埋めるとは、隊長とよく似た癖を身につけたものだ、と蒼純は微笑む。
どこか不器用で、その姿が愛おしい。
「行きなさい。」
「はい。」
細く小さな背中が去っていく。
入隊してから少し歳を重ねたとはいえ、まだ少女の域を出ない子。
そんな彼女は己の子どもをも救い、その子どもはすくすくと成長している。
感謝してもしきれないほどなのだ。
(そうであるにもかかわらず、虚圏へ送り出すなど。)
必要なことだと分かっている。
それが咲のためになるであろうことも、分かっている。
(それでも。)
蒼純は机の上に置いた己の拳を握りしめる。
咲には決して見せない、苦悩の表情がそこにはあった。
(なぜ、ここにおいて、友とともに笑わせておいてやることができないのかッ!!!)
自分の薄情さが息苦しいほどだった。
(彼女は、もしかしたら・・・孤独に死ぬかもしれないと言うのに・・・月雫のように、死んで・・・)
そこではっと我に返る。
(月雫は死んだ、咲がーー)
蒼純は握り締めた拳を解き、その手をじっと見つめていた。
ガタン
強い力で胸倉を掴まれ壁に抑えつけられ、浮竹は目の前の京楽を睨む。
静かな夜だ。
月光が開けた襖の間から差し込み、二人の顔に深い影を作る。
どちらの顔も鋭く、真剣だった。
「なぜだ。」
怒りを隠しきれない声に、浮竹は胸倉をつかむ手に、己の手を添えた。
「お前からその言葉が出るとは思わなかったな。」
冷たい程の落ち着いた口調に、京楽は目を見開く。
「ふざけるな!
まさか君も同意していたとは信じがたい。」
息を殺すような、唸るような声で、京楽は迫る。
「それが仕事だ。」
明朗な声で、浮竹は言い放った。
だが表情は両者とも同じ、苦しみに満ちている。
「彼女を殺す気か?」
「馬鹿言うな。」
「だがそう言うことだろう!」
がくがくと揺さぶる京楽の腕を、浮竹は白くなるほど握り締める。
「やめろ。
死ぬとは決まっていない。
落ち着いて考えろ。」
鳶色の瞳が鋭く睨み、それが京楽には我慢ならなかった。
急に大人ぶって、大切な友達の運命を簡単に変えているような気がした。
「これが落ち着けるかッ!!!」
浮竹の頬に京楽の拳が入る。
よろめきながらも静かな浮竹に対し、京楽の呼吸は荒い。
口の中が切れて流れた血をぬぐってから、浮竹は再びゆっくりと睨みつける。
「ここにいても彼女は・・・咲は辛いだけだ。」
鳶色の瞳の鋭さに、京楽は一瞬ひるむ。
「だからと言って虚圏に送り込むなど馬鹿げている!」
「彼女に必要なのは環境を変えることだ。
ここにとどまって首を絞められ続けることではない。
俺達の力では守れないことはもう分かっているだろう!!」
言い放たれた言葉は事実で、覆えしようのないことだ。
優秀と言われた二人が手を尽くしたが、原状を何一つ変えることはできない。
それが現実であり、今の二人の実力だった。
「・・・10年でここまで来た。」
震える手を握り締め、京楽は呟く。
「隊長になって嘆願書を出す。
150年も刑期はいらないはずだ。
ゼロにはならないだろうが減らすことはできるはずだ。」
「無理だ。
四十六室の決定は変わらん。」
「なんでそんなに簡単に言うんだ!
やってみなきゃ分からないだろう!」
同じ目標を掲げているはずだった友の冷たい言葉に、再び襟首を掴む。
その手を友は、きつく握った。
「俺もそう思っていたさ。
だが、見ていればわかるだろ。
どれだけ嘆願書が出ようと、四十六室は意見を変えるつもりはない。
それが裁くということだ。」
沈黙が二人の間に流れる。
「今の俺達にできることは、彼女が自分の力で生き残る道を作るよう、背中を押すことだけなんだ。
再び俺達と、明るいところを歩けるようにするために。
彼女が、本当に・・・殺されてしまわないために。」
握りしめられた手、口の端から流れる血、必死な瞳。
(浮竹・・・。)
彼もまた、自分にとってかけがえのない友だ。
そして彼にとって、咲も。
京楽は手を解き、殴った友人の頬に触れる。
熱を持っているから腫れてくるだろう。
手加減せずに殴ってしまったから、当然だ。
だが殴られた友人は僅かな怒りさえ覚えてはいない。
「酒でも飲むか。」
彼にしては珍しい提案だった。
寂しげに細められた瞳に、京楽はひとつ、頷いた。
「合格したぞ、咲!」
空から声とともに少女が降ってきた。
「夜一様。」
それも一度や二度ではないため、もうすっかり慣れっこで驚くこともない。
「ほれみろ!」
目の前にずいっと出されたのは霊術院への入学試験の合格通知だ。
当然ながら主席である。
「おめでとうございます。
流石に御座いますね。」
「おうっ!
喜助も合格じゃ。」
咲は夜一の後ろにいる少年に笑顔を見せた。
「まぁ、喜助様も。」
照れたように笑うところが可愛らしいものだ、と咲は笑みを深める。
「おめでとうございます。」
「喜助は次席じゃ。
試験でわしに白打で負けたからな!」
「夜一サン!
それは言わない約束だったじゃないッスかぁ。」
情けない言葉に咲はくすりと笑う。
情けないのは言葉ばかりで、二人の白打の実力は夜一の父である二番隊隊長の折り紙つきなのだから、なんの心配もいらない。
「お父上もさぞかしお喜びでしょう。」
「ああ。
あの親馬鹿だ、今夜は宴会でも開くつもりじゃろうて。
面倒じゃ面倒じゃ!」
そうは言いつつも嬉しそうだ。
初めて出会ったころはよく纏わりついてきた夜一も、もう立派な次期当主であり、死神の卵。
美しい女性へと成長しつつある。
「すーぐにあの親馬鹿の地位などもぎ取ってやるわ!」
かっかっか、と笑う夜一に咲も微笑む。
喜助はその笑顔をじっと見た。
「楽しみにしていますよ。
でも無理はしないでくださいね。
では私は・・・これで。」
立ち去ろうとする咲に、喜助がふっと声をかけた。
「・・・貴女も。」
それ以上は言葉にならない。
夜一はまだ知らないが喜助は知っている。
たまたま顔をだした時、十二番隊の研究室で涅がぼやいていたのだ。
-あの実験体が虚圏に遠征に出されるダと?
・・・いいじゃないか、新しい研究材料にしてやろう。-
そのサディスティックに歪められた目元がどこか寂しげに見えたのは、自分が寂しいと思ってしまったからだろうか、とぼんやりと思ったものだ。
思いもよらぬ言葉をかけられた咲は一瞬驚いた顔をした後、寂しそうに微笑んだ。
それが数年前に門前に晒されていた時の顔と重なる。
「ありがとうございます、喜助様。」
咲はくるりと背中を向けて歩いていってしまった。
「・・・どうしたのじゃ。」
キョトンとした夜一。
きっと四楓院隊長は彼女に知らせる気は無いのだろう。
咲もまた伝えないと言うのならば、喜助が伝えるべきことではない。
「あの方は無理をされるから、ちょっと気になっただけッス。」
だからそう言って反対方向に歩きだす。
「変な奴じゃの。
まぁいい。
入隊したら咲とたっぷり鍛錬できるからな!
あと数年の辛抱じゃ!」
後ろに聞くご機嫌な夜一の言葉に、胸を締め付けられながら。