虚圏調査隊編
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「……私は反対です」
土方は鋭い目で浮竹を見た。
「理由は」
浮竹の瞳はいつも通り真っ直ぐだ。
公平に人を見ようとするときの瞳そのものだ。
だからこそ土方はその瞳をじっと見据えた。
「彼女はまだ刑期中です。
尸魂界や現世での遠征が限度。
それ以上の、我々の手の届かぬ所に行かせるのは、四十六室の決定に背くことにもなるのではないでしょうか」
「だが今単独で動いていて、あの二人についていけるだけの実力がある三席以下の者を考えると彼女が最適。
それは分かるでしょ?
四十六室に聞いても通るんじゃないかな。
刑には処したものの、手を焼いているだろうし」
沖田が腕を組んで冷たく言った。
「ですがやはり彼女はここにいるからこそ戒めとなるのです。
もともと彼女の刑は見せしめ。
その彼女がこの精霊挺から離れ、隊士の目に触れなくなっては何の意味がありましょう」
浮竹の口からは澱みなく言葉が出てくる。
親しき友の、もしかしたら友以上の感情を寄せた相手が、残酷な任務へ候補に上がったというのに、これ程までに冷静に対応できるものだろうか。
一つの動揺さえ見せず、淡々と、他の誰かが選定されたのと同じようにーーまるでこの時を予期していたようだった。
(頭の切れるこいつのことだ。
あいつらが帰還することを聞いた時点でここまで考えていたに違いねぇ。
ーーどう説得するか)
土方は顎をさすりながら、沖田と浮竹のやり取りを眺める。
「そりゃそうだけどさ、今存在は知られていても結局目には触れてないじゃないか」
「ですか彼女はまだ経験も浅く、充分な働きはできないでしょう」
「任務の成功率知ってるでしょ。
そんじゃそこらの席官よりもよっぽど高い。
その上更木育ちだ。
尸魂界で一番虚界に近い環境で生き延びてきたんだよ」
「とはいえあれでもまだ若い娘。
怖気づいてまともに働けるか疑問です」
議論は平行線に見えたので、口を挟む。
「いつもあれだけ評価しているのにひでぇ言いようだ。
怖気づいているのはてめぇだろ、浮竹」
土方の鋭い視線に、食らいつくような目を向ける。
彼の瞳にようやく感情が現れた、と思った。
「怖気づいていると思われても結構です。
私は霊術院時代から彼女を見てきた。
その考察を述べているまでです」
「でも、あれだけの実力がありながらも、他の隊士が彼女を受け入れられないから、個人任務にとどまっているでしょ?
いくら実力があっても、個人でできる内容は限られている」
「だからと言って虚界に行けば、今彼女がこなしている任務は全て他の隊士の仕事になる。
彼女が個人でこなせる任務範囲は広く、他の隊士では複数名の人員が必要となります。
成功率も帰還率も下がることは明白です」
「彼女が入隊する前の状態に戻るだけの話しだ。
それに大した量でもない。
帰還率が下がると言っても、年10人くらい死亡者が出る程度でしょ。
どうせ彼女がいてもそう言う中で死ぬような隊士は別で死ぬんだ。
それならいっその事、目下手を焼いている彼女を虚界へ追いやって、成果が帰ってくるのを手を拱いて待つ方が」
立ち上がった浮竹の拳が机を叩き、沖田は口を噤んだ。
部屋に沈黙が舞い降りる。
その場にいる3人には、髪で隠れた浮竹の表情は見えなかった。
「まぁ二人とも落ち着け。
総司、お前は明け透けに言いすぎだ。
浮竹、お前も私情をはさみすぎている。
自分を正当化しようとするのはやめろ。
お前は間違いなく、私情をはさんでいる」
黙っていた近藤が静かに述べた。
「ただ、お前の気持ちはわからんでもない。
それはお前の意見として言うんだ。
こねくり回した理屈をつけて、正論に見せかけるようなことは辞めろ。
いいな」
握り締めた拳を、浮竹は身体の横につけた。
そして深く頭を下げる。
土方も沖田も近藤も、彼の表情を見ることはできなかった。
「……申し訳ありません。
頭を冷やしてまいります」
それだけ言うとくるりと背を向けて部屋から出て行った。
「あーあ、やんなっちゃう」
沖田は椅子から立ち上がって窓の外を見ながら伸びをした。
浮竹が出てくるのではないかと待っているように、土方には見えた。
「てめぇも変わったよな」
かわいい部下をのんびりと眺める土方を振り返り、沖田はげっと顔をひそめた。
「何その目。
気持ち悪い」
「黙れ。
にしても、近藤さんは甘ぇんだよ」
土方は隣を見る。
見られた方は照れたように笑った。
「甘いも何もないさ。
友を……それもあれは自覚はないかもしらんが彼女に気があるだろう。
そんな相手を死に追いやる決断を迫られているんだ。
抗って当然だろう」
「それが甘いつってんだ。
覚悟決めてねぇあいつが悪い」
「浮竹も自分が行くのであれば、まだ覚悟もしやすいだろう。
だが、なぁ……
歳、俺にも酷な選択を迫っている自覚はあるさ。
だがあいつはここを超えにゃならん」
その先に続く言葉を、他の二人も分かっている。
この短期間で実力を伸ばす浮竹は、これから先背負っていかねばならないものがあるのだ。
「……人よりも残酷に、だが誰よりも情に厚く。
あいつはその素質があるさ」
近藤が沖田の向こうの蒼い空を眺めてぽつりと言った。
「あんたが言うならそうだろうよ」
土方は静かに答えた。
「まだいたのか」
ぶっきらぼうな声に京楽は顔を上げる。
振り返ると木之元が入り口の扉にもたれるようにして立っていた。
「もう少し片付けてしまいたかったので」
そう言って笑って見せる。
執務室にはもう誰の姿もない。
ここのところずっと大きな反乱も、緊急呼び出しもない。
昔のように夜間でも常に執務室に明かりがついて警戒体制を敷くようなこともなくなった。
「何が欲しい」
笑うことのない木之元に、京楽は首をかしげる。
「四席にまで上り詰めた。
異例の早さだ。
その努力は称賛に値する」
鬼道に長けていた月城は、鬼道衆に引き抜かれた。
その空いた四席に京楽が入ったのだ。
「止めてくださいよ。
ボクはそう言われるようなタイプではない」
月城はそんな誘いは蹴るだろうと誰もが思っていた。
彼は十番隊には欠かせない人だったし、彼自身が玖楼隊長や大道寺副隊長、そして幼馴染の木之元桃也と違う場所での仕事を受けるはずがないと思っていたからだ。
だが彼は引き抜きを二つ返事で受けた。
「何かを手に入れたい、奪いたい。
何かを守りたい、奪われたくない。
……人が力を手にしたいと思うきっかけは、その二つくらいなんじゃないか」
「木之元三席は後者ですか」
「さぁな」
木之元は軽く目を閉じた。
「月城四席は、どちらだったんですか」
木之元はそれには答えなかった。
その代わりにくすりと笑ったので、京楽は目を瞬かせた。
「てめぇらしくねぇのが、てめぇらしさだな」
なんと返すべきか言葉が見つからず、京楽はじっとしていた。
「お前は強い。
成さねばならない事のためであれば、鬼にでも悪霊にでもなれるだろう。
全く違う自分にも、躊躇わずになれる。
それがお前の強さだ」
褒めているわけではないことは分かった。
だがけなしているわけでもないことも、また分かった。
「飄々と、お前の斬魂刀のように、遊ぶように間合いをとって、気づかぬうちに斬り殺す。
……だが」
木之元は目をあけ、じっと京楽を見据えた。
「時間は巻き戻せない。
また、早送りすることもできない。
自分に対してまで己を偽るほどは、焦るなよ」
嫌な予感がしたのだ。
彼がそんなことを言う等。
そしてその予感が確信に変わるのは早く、翌日のことだった。