虚圏調査隊編
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春が来た。
桜が舞う、入隊の季節だ。
気づけば3人が入隊して十数年の月日が過ぎていた。
ようやく精霊挺にも平安が訪れ、また新しい隊士が入ってきた。
反乱のなかで怪我を負い、前線に出れなくなった者も多い。
その中には書類担当や四番隊での救護隊として残る者も多かった。
だが3人の同期は、もう3人きりになっていた。
皆死に絶えたのだ。
本人たちの実力不足はもちろんだが、充分に教育される前に、前線に駆り出されたこともその原因に挙げられるだろう。
だが、当時は仕方がなかった。
絶望的なほど人員不足だった。
一人、隊舎の裏から入る。
首に巻かれた銀白風花紗にひらりと桜の花弁が舞い降りた。
咲は響河の一件以来、蒼純、銀嶺の命により、単独で虚の討伐に向かうようになった。
遠征も多く、今もその帰りだ。
赤従首輪の重みにも慣れた。
すくりと真っ直ぐ前を見つめ、今日もまた任務の報告に隊首室へと向かう。
「朽木家にあんな女いたんか……?」
金髪のおかっぱ頭、前歯が特徴的な今年の主席は首をかしげた。
「朽木家の方だけが銀白風花紗をつけるわけではないだろう、平子君」
浮竹は静かに言う。
「せやけど朽木家の代名詞みたいになっとるやん。
それに人って言われても違和感ないくらい、ものごっつ強い人やで。
うーん、でもそやな、浮竹はんも強いしなぁ」
確かに彼女は、平子が言う通り非常に強い。
人事を担当する十三番隊として何度もその任務内容を知っては肝を冷やした浮竹だが、報告書からその危険の中で咲はめきめきと実力をつけたことを知っては驚かされた。
それでも、任務に送り出すのに慣れることはない。
例え彼女が、上位席官顔負けの実力があるとしてもだ。
「浮竹はんくらいなんやろ?
こんな短い期間で四席になれたんて。
あ、あと十番隊の京楽はんもか」
「俺たちは時代がそうさせたんだ」
浮竹は困ったように微笑み、何かを思い出すように軽く目を閉じた。
「君も強くなるさ。
すぐに」
「ほんまに?」
「ああ。
俺はそう願うぞ」
彼女と出会うのはまるで桜の花弁を掴むように難しい。
一瞬の霊圧の残り香を追いかけ、視界の端で踊った銀白風花紗を追いかけ、彼女を探すけれど話すところまでは滅多に行かないのが常。
今日もまたそうだった。
(あの頃は確かに危険だったが、共にいられた)
「浮竹はん?」
不思議そうに問いかける平子に苦笑を浮かべて軽く頭を振り、浮竹は六番隊舎に背中を向けた。
久しぶりに窓辺に現れた人に、京楽と浮竹は目を見開く。
「咲!」
夜風にたなびく銀白風花紗に口元を隠しながら困ったように笑う友人に思わず駆け寄る。
「久しぶりだな、3ヶ月ぶりか?」
「あんまり来ないから忘れられたのかと思ったよ!」
背中を押して部屋の中ほどへ連れてきて座らせる。
「ごめん、遠征続きで来られなかったんだ」
咲との接点は、響河の封印からめっきり減ってしまった。
理由としては、彼女が表に顔を出さなくなったということや、元字塾の宿舎が再建されても、その寮に彼女が住まなかった事があげられる。
隊の宿舎にも身の置き場はなく、遠征が多いことから、流魂街の都合の良い場所に家を与えられたと聞いた。
上位席官となった2人も元字塾に一応自室はあるものの、実質与えられた席官用宅に帰ることが増えた。
危険な単独任務に身を置く咲と、上位席官として忙殺される浮竹や京楽の休みは合わせることは最早不可能。
何より、人目があるところでは声をかけてはならないという、席官として守らなければならない暗黙のルールが機会を奪っており、偶然物陰に隠れる咲見かけても声をかける事はできない。
そこで3人は下弦の月の夜に、京楽家の離れにある春水の部屋で会う約束をしたのだ。
虚が満月や新月の日に出やすいことを考慮して決めたのだが、そんな日でも結局咲は遠征に行くことも多く、2、3ヶ月に1度来られれば良い方。
来られなくなったからと言って連絡のしようもないので待ち惚ける日が多いわけで、まさか何かあったのではと思いながら夜通し飲むことも少なくない。
それでもこの約束がなければ、3月に1度も会えないと言うことになるから、そんな心配も全て酒で流し込むことにしていた。
「怪我は?」
「大丈夫、心配要らないよ」
「心配くらいさせてよ」
「馬鹿だなぁ」
ようやく浮かべられた浮かべられた苦笑に安堵する。
彼女は危険な任務が多い。
単独で行うには無理があるようなものもざらだ。
四十六室も、処刑はしなかったものの手を焼いている罪人であることに間違いはない。
何せ彼女は強いのだ。
「酒はやめておくよ、明日早いから」
「大丈夫かい?
ちょっと浮竹ぇ、何とかしてあげてよ」
京楽が肩を叩く。
それが冗談であることは分かっていた。
四十六室が彼女の殉職を狙っていることはその任務を見ていれば分かるが、蒼純が受けている以上、浮竹にできることなどない。
それが何よりも苦しい。
「そうだ、菓子を用意しておいたんだ」
棚を漁って取り出したのは両手いっぱいのお菓子だった。
2人の前に広げて見せる。
これはもう毎度お馴染みのことで2人とも驚かない。
「あ!
これ現世の春限定のチョコレートでしょ?」
「マシュマロもある!
なかなか手に入らないのに!」
「ほんとだ、良く見つけたねぇ」
「いつももらっちゃって、本当にいいの?」
見上げてくる明るい顔に笑顔で頷く。
誰にも言えないが、自然な笑顔が見られるこんな時が、何よりも幸せなのだ。
「弟さんや妹さんには?」
「あいつらには別で渡しているから気にするな」
出先でお菓子を見るたびこの笑顔を思いだし、ひとつまたひとつと買っているうちに量が増えてしまう。
お陰で周りからは大のお菓子好きだと思われてしまい、差し入れも多く、それがさらに量を増やしていた。
「あ!
これ、大前田製菓の新作でしょ?
気になってたんだよね」
京楽が干菓子の袋を取り上げる。
「そうなんだ、俺もまだ食べていなくてな」
大の実力者三人が集まって酒のつまみにお菓子とは可笑しな話だが、酒を飲めない事の多い咲を思うと二人は自然とそうなっていった。
酒好きの京楽でさえ、菓子にすっかり詳しくなったものだ。
「これきな粉の風味が美味しい!」
目をキラキラさせる咲の様子に、二人も微笑む。
「本当だ、流石大前田製菓だね」
「うん、うまい」
内乱は終わり、戦う相手はほとんど虚だけになった。
そうなればもっとこうして3人で笑いあえると信じていたのに、現実は甘くはなかった。
それでも、京楽と浮竹は一抹の望みをかけて必死に働いていた。
(隊長になって嘆願書を出せばもしかしたら)
(罪を軽くすることはできるかもしれない)
目の前の友の命の危険が少しでも減らせるのなら、それに勝るものなど何もなかった。