斬魄刀異聞過去編
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ぼんやりと地面を見ていた。
自分の血が滴って、黒くなって、固まっている。
響河に家族を殺されたであろう人達に痛めつけられた時に流れた血だ。
それでも、負けるなと言ってくれた烈を思い、じっと時が過ぎるのを待つ。
待つことがこんなに辛いなんて、知らなかった。
更木で虚と殺しあっていた方が、まだましだったかもしれない。
「咲……?」
小さな声が聞こえた。
驚いて顔を上げると、向こうからかけてくる小さな姿。
今日は山吹色に蝶の柄が入った着物だ。
髪も綺麗に結いあげられ、どこかに出かけていたのだろうことが見て取れる。
その向こうには四楓院隊長と、その後ろに喜助が見えた。
一緒に出かけていたのだろう。
間が悪い、と思ったのは四楓院もだった。
「お主どうしたのじゃ?」
首をかしげる。
咲の状況に違和感をぬぐえないのだろう。
首に赤従首輪、そして鎖をつけ、手足も拘束され、春とはいえ気温の下がり始めた夕空の門前の蓆の上に座らされている。
身につけているのは木綿の単衣の薄汚れた罪人着物。
それも故意に痛めつけられたのが分かる。
蓆の上に散らばった石は、きっと彼女に投げつけられたものだろう。
頬もこけ傷だらけの彼女は、どこからどう見ても異様で、親しいものならば即刻辞めろと言いたくなる。
「悪いことをしてしまって、お仕置きされているのにございます」
咲はなるべく言葉を選んで言った。
「これは罪人につける代物じゃ。
そなた、それほど悪いことをしたのか?」
無邪気に首の赤を触る。
「ええ」
「嘘じゃ。
お前はそんなことをできる玉ではないわ」
強く言い放つ幼子に、咲は瞠目する。
真っ直ぐ見上げてくる瞳はどこまでも純真で、澄んでいた。
「夜一、やめなさい」
「父上これはどういうことじゃ?
咲がそんなことをするわけがあるまい」
「お前はまだ知らなくていいことだよ」
「子ども扱いするな!
咲がこのような目にあわされているというのに!」
夜一にも状況は薄々わかっているらしい。
聡い子だと思う。
「なんとかできんのか?」
「夜一、これはね」
「私は、罪を犯しました。
もう二度と、誰もこのような馬鹿な真似をせぬよう、ここに晒されているのでございます」
喜助が目を見開いた。
聡い子で、いろんなところから情報を得ていた分、咲の言葉の意味もきちんと理解したのだろう。
「夜一様も、いたずらばかりして喜助様を困らせてはなりませんよ」
痛々しい笑みに、夜一は咲に抱きついた。
「いけません、お召し物が」
「馬鹿者っ!」
夜一は泣いていた。
咲は助けを求めるように四楓院を見上げた。
彼は一つうなずいて、夜一を抱き上げる。
「……すまん」
耳元で小さく囁かれた隊長の言葉に咲は緩く首を振る。
泣く夜一は父の腕のなかで、顔をうずめて、最後まで咲を見ることはなかった。
喜助はその二人の後をつきながら時折心配そうに振り返っていた。
夜一の涙でぬれた肩が冷たい風にさらされて、痛いほどに冷たくなった。
ここにこうして晒され始めてから4度目の夜。
朦朧とした意識の端で気配を感じ、目を開けた時にはぬくもりの中にいた。
ぬくもりは小さく震えていて、さらさらとした毛がくすぐったかった。
「う、きた、け」
「ああ」
しぼり出された声。
最後に会ってから1週間もたっていないはずなのに、ひどく懐かしく感じる。
「だめだ、浮竹まで冷えてしまう」
「心配ない」
彼は咲と違って身体が弱い。
「どうして、ここへ?」
罪人と親しくしているところがもし見つかれば、彼も罰されてしまうに違いないのだ。
心配する咲をよそに、彼は思い出したように腰につけていた竹筒を渡した。
温かく、柔らかい香りがする。
「卯ノ花隊長特性の滋養剤だ」
たまらなくなって竹筒に口をつける。
ほんのりと甘く、とろりとした液体が喉を過ぎる。
冷え切った体に熱が入りこんでいく。
少量なのに不思議と空腹が満たされていく。
霊圧が枯れていた身体に、少しずつ霊圧が行き渡っていくのが分かる。
大きな手が頬を滑る。
促されるがままに顔を上げると、心配そうな、哀しげな瞳が咲を見ていた。
「京楽が見張ってくれている。
なかなか警備の目が厳しくて、遅くなって悪かった」
向こうの角でちらりと灯りが揺れた。
「辛いだろうが耐えてくれ」
絞り出すような囁きに微かに頷くと、ぬくもりが離れた。
音をたてないように駆けていく背中に伸ばしかけた手を引き寄せ抱きしめると、まだ身体がほのかに暖かいような気がした。
滋養剤の量は少なかったが、それでも空腹が満たされ、霊圧も最低限回復した。
辛いことに変わりは無いけれど、友も、烈も、己を待っている。
そう思うだけで、降り始めた雨も、やり過ごせそうな気がした。