斬魄刀異聞過去編
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卯ノ花家当主烈の前で平伏し、事の顛末を震える声で伝えた咲に、烈は困ったように笑った。
「私が貴女を勘当するなど、本当に思ったのですか?」
弱り切ったような声色に驚いて顔を上げる。
困ったような、哀しそうな笑顔。
でも、自分のことを心から信じているその姿。
「で、でも……私は、明日裁判にかけられます」
「ええ」
「罪人など、卯ノ花家にはっ」
「誰が罪人ですか」
ふわりと肩に手が置かれた。
温かい。
この手で、彼女はどれほどの人を救ってきたのだろうと思う。
咲の目から涙が溢れた。
「上の意図も全て解っています。
それが必要な犠牲だとしても、それでも、よくも私の子を犠牲にしてくれたものだと……」
銀嶺と蒼純が連れ立って烈に頭を下げにきたのは彼女の来る少し前のことだった。
四大貴族と誉高い彼らが揃って、元は荒くれ者の烈に頭を下げるなど、時代は変わったものだ。
だが咲をよく知り、そしてその潜在能力を信じる烈にとって、これが彼女をひどく苦しめはするが、耐えぬく力を持つとは疑いもしなかった。
ふと、遠い昔によく悔し涙を流している自分をあやしてくれた優しい手を思い出した。
(すっかり立場が逆転したものだーーあの頃とは何もかもが)
「烈様はっ」
ぐすりと鼻を啜って、咲に真っ黒な瞳で見上げられ、烈は穏やかに微笑む。
十三人の隊長の一人として、護挺を支える烈。
数年前には言葉も知らず、獣のように生きていた自分に、この人は何故、どこまでも味方なのだと言ってくれるのか。
嬉しいけれど、胸が締め付けられるほど咲は不安を覚えた。
「烈様は、どうして……私などに優しくしてくださるのですか」
瞳は柔らかく弧を描き、烈はにじり寄る。
「そうですね」
温かな手が頭を撫でた。
「私も昔、縁もゆかりもないはずの人に、とても良くしていただきました。
だからはじめは、その方への恩返しのつもりでした」
懐から取り出した手巾で優しく涙を拭ってくれる。
いくら拭っても、涙は止まらない。
「でも不思議ですね、いつの間にか貴女が大切な娘になっていた。
大切な、自慢の娘になっていた。
更木の小さな獣が、正しい道を強く歩んでいける死神になっていた」
そっと頬を両手で包む。
「貴女ならば乗り越えられると、私は信じます」
優しく守るだけが全てではないと、長い人生の中で烈は知っていた。
そして目の前の彼女なら、必ず乗り越えられるとーー信じ込んでいた。
目の前が涙でかすむ中、咲は何度も何度も頷いた。
後日、卯ノ花家から嘆願書が提出されたと風の噂で聞いた。
しかし四十六室の決定は絶対。
咲ごとき存在に、一隊長の嘆願書が受け入れられるはずがないことは、分かりきっていた。
たとえそれが聞き入れられることがなくとも、その事実だけでもう、咲は十分だった。
「今後150年にわたる席官の剥奪、およびその間の赤従首輪の着用。
晒し刑1週間とその間の絶食」
書状を読む蒼純の声は震えていた。
薄暗い室内には判決を手にした蒼純と銀嶺の二人しかいない。
罪に問われたのは、朽木響河に加担した疑いが強いこと。
月雫殺害。
山本武始め複数の隊士の殺害。
疑わしきものも罰するという、強硬な姿勢を示すいい機会になった。
極刑もあり得ると思われたが、人材不足の今、流石にそれは己の首を絞めると踏みとどまったのだろう。
席官剥奪に関しては、響河に課せられたのと同じ刑に処したのと同時に、咲の実力を見込んで事前に杭を打ったといったところだ。
咲を良く思わない貴族を味方につけることもできる。
赤従首輪は本来、罪人を牢からだし、その力を使わせる必要があるときに用いられる道具だ。
これをつけること自体が恥ずべき行為である。
それを150年付け続けるというのは、蒼純には死よりも重い刑に思えた。
「……あの子は」
蒼純がカタカタと震える。
書状をクシャリと握り締めた。
「罪人ではないッ!」
彼が語気を荒げるなど、めったにあることではない。
この響河の件で彼は相当怒りを募らせたのだろう。
理性的で分別もあり、貴族として、そして上に立つ者としての自覚と力を持つ彼には珍しいことだ。
かく言う銀嶺とて、表に出していないだけでかなり思う節はあり、目を細める。
「彼女は死を覚悟してなお、響河を止めようとした!
どんなにむごい目にあわされようと、必死に反乱を食い止めようとした!
月雫を命がけで護ろうとし、白哉をこの世に連れ戻した!
それの、それのどこに罪があるというのかッ!!!!
いくら見せしめとはいえほどがある!!」
「口を慎め蒼純。
お前は今や朽木家次期当主。
この程度で心を乱すでない」
「この程度?
あの子の人生は朽木家のせいで変わってしまった。
朽木のために忠誠を誓った子が。
響河の下で働くことを決めたのは私だ。
あの子はそれに従い、苦しみながら、傷つきながら、響河を諫めようとした!
なのに、あの子はあれほど必死に戦ったのに、このような報いを……
私はこうして何一つ変わらぬのに、あの子は!」
「平定を目前にしての反乱に、四十六室も恐れを抱いたのであろう」
「でもまだ入隊して十年もたたない子だ!
まだ幼く、まだ弱く、まだ、まだまだあの子は、」
「それでも、それが決定だ」
蒼純は机に伏して頭を抱えた。
「耐えよ。
それが朽木家次期当主の姿か」
突き放すような言葉に、蒼純は立ちあがり、銀嶺に詰め寄る。
「当主か否かは関係ありません!
あの子は無実なのですよ!
むしろどれ程精霊挺のために尽くしたか!
このままではあの子が、あの子の心が壊れるのも時間の問題だ。
このままでは彼女こそいつの日か本当の謀反人に」
「愚か者!」
珍しく語気を荒げた銀嶺に、蒼純は我に返る。
「お前が心を乱し、罪悪感を感じ、悲しみ怒る素振りを、あ奴の未来を疑う姿を当の本人が見たらどう思う。
忠誠心の深い奴じゃ、己を責めよう。
自分の力が至らぬせいで、副隊長であり、朽木家の次期当主であるお前の威厳を奪い、悲しみの底に突き落としたと思いこむだろう。
響河を諫めきれなかった、そして殺せなかった己を責め、更に苦しむであろう!
150年もの間じゃ!!」
蒼純は目を見開く。
「お前は毅然とした態度を貫け。
それこそが私達に課された責であり刑と思え。
公に刑に処されなかったからこそ、己が理解し、己を責めねばならない。
朽木家の罪は消えぬ。
当主としての務めを、これから果たしてゆくのだ。
何をすべきか、違うことは許されん。
……何より、あやつの心を信じよ。
護廷の為に役目を与えられたのだと言い切った彼女の、強き心をーー信じよ」
部屋に沈黙が舞い降りる。
俯く蒼純と、彼をじっと見つめる父。
「……明日から晒し刑が始まる」
銀嶺の淡々とした声。
蒼純の拳は白く、震えていた。
「その刑が終わったら、私は誓いましょう。
もう二度とあの子を都合よく苦しめたりしない。
あの子を……護る」
睨みつけてくる強い瞳の息子に、銀嶺は背中を向けた。
何も言わない背中が肯定だと言うことを、息子は充分に知っていた。
「私が貴女を勘当するなど、本当に思ったのですか?」
弱り切ったような声色に驚いて顔を上げる。
困ったような、哀しそうな笑顔。
でも、自分のことを心から信じているその姿。
「で、でも……私は、明日裁判にかけられます」
「ええ」
「罪人など、卯ノ花家にはっ」
「誰が罪人ですか」
ふわりと肩に手が置かれた。
温かい。
この手で、彼女はどれほどの人を救ってきたのだろうと思う。
咲の目から涙が溢れた。
「上の意図も全て解っています。
それが必要な犠牲だとしても、それでも、よくも私の子を犠牲にしてくれたものだと……」
銀嶺と蒼純が連れ立って烈に頭を下げにきたのは彼女の来る少し前のことだった。
四大貴族と誉高い彼らが揃って、元は荒くれ者の烈に頭を下げるなど、時代は変わったものだ。
だが咲をよく知り、そしてその潜在能力を信じる烈にとって、これが彼女をひどく苦しめはするが、耐えぬく力を持つとは疑いもしなかった。
ふと、遠い昔によく悔し涙を流している自分をあやしてくれた優しい手を思い出した。
(すっかり立場が逆転したものだーーあの頃とは何もかもが)
「烈様はっ」
ぐすりと鼻を啜って、咲に真っ黒な瞳で見上げられ、烈は穏やかに微笑む。
十三人の隊長の一人として、護挺を支える烈。
数年前には言葉も知らず、獣のように生きていた自分に、この人は何故、どこまでも味方なのだと言ってくれるのか。
嬉しいけれど、胸が締め付けられるほど咲は不安を覚えた。
「烈様は、どうして……私などに優しくしてくださるのですか」
瞳は柔らかく弧を描き、烈はにじり寄る。
「そうですね」
温かな手が頭を撫でた。
「私も昔、縁もゆかりもないはずの人に、とても良くしていただきました。
だからはじめは、その方への恩返しのつもりでした」
懐から取り出した手巾で優しく涙を拭ってくれる。
いくら拭っても、涙は止まらない。
「でも不思議ですね、いつの間にか貴女が大切な娘になっていた。
大切な、自慢の娘になっていた。
更木の小さな獣が、正しい道を強く歩んでいける死神になっていた」
そっと頬を両手で包む。
「貴女ならば乗り越えられると、私は信じます」
優しく守るだけが全てではないと、長い人生の中で烈は知っていた。
そして目の前の彼女なら、必ず乗り越えられるとーー信じ込んでいた。
目の前が涙でかすむ中、咲は何度も何度も頷いた。
後日、卯ノ花家から嘆願書が提出されたと風の噂で聞いた。
しかし四十六室の決定は絶対。
咲ごとき存在に、一隊長の嘆願書が受け入れられるはずがないことは、分かりきっていた。
たとえそれが聞き入れられることがなくとも、その事実だけでもう、咲は十分だった。
「今後150年にわたる席官の剥奪、およびその間の赤従首輪の着用。
晒し刑1週間とその間の絶食」
書状を読む蒼純の声は震えていた。
薄暗い室内には判決を手にした蒼純と銀嶺の二人しかいない。
罪に問われたのは、朽木響河に加担した疑いが強いこと。
月雫殺害。
山本武始め複数の隊士の殺害。
疑わしきものも罰するという、強硬な姿勢を示すいい機会になった。
極刑もあり得ると思われたが、人材不足の今、流石にそれは己の首を絞めると踏みとどまったのだろう。
席官剥奪に関しては、響河に課せられたのと同じ刑に処したのと同時に、咲の実力を見込んで事前に杭を打ったといったところだ。
咲を良く思わない貴族を味方につけることもできる。
赤従首輪は本来、罪人を牢からだし、その力を使わせる必要があるときに用いられる道具だ。
これをつけること自体が恥ずべき行為である。
それを150年付け続けるというのは、蒼純には死よりも重い刑に思えた。
「……あの子は」
蒼純がカタカタと震える。
書状をクシャリと握り締めた。
「罪人ではないッ!」
彼が語気を荒げるなど、めったにあることではない。
この響河の件で彼は相当怒りを募らせたのだろう。
理性的で分別もあり、貴族として、そして上に立つ者としての自覚と力を持つ彼には珍しいことだ。
かく言う銀嶺とて、表に出していないだけでかなり思う節はあり、目を細める。
「彼女は死を覚悟してなお、響河を止めようとした!
どんなにむごい目にあわされようと、必死に反乱を食い止めようとした!
月雫を命がけで護ろうとし、白哉をこの世に連れ戻した!
それの、それのどこに罪があるというのかッ!!!!
いくら見せしめとはいえほどがある!!」
「口を慎め蒼純。
お前は今や朽木家次期当主。
この程度で心を乱すでない」
「この程度?
あの子の人生は朽木家のせいで変わってしまった。
朽木のために忠誠を誓った子が。
響河の下で働くことを決めたのは私だ。
あの子はそれに従い、苦しみながら、傷つきながら、響河を諫めようとした!
なのに、あの子はあれほど必死に戦ったのに、このような報いを……
私はこうして何一つ変わらぬのに、あの子は!」
「平定を目前にしての反乱に、四十六室も恐れを抱いたのであろう」
「でもまだ入隊して十年もたたない子だ!
まだ幼く、まだ弱く、まだ、まだまだあの子は、」
「それでも、それが決定だ」
蒼純は机に伏して頭を抱えた。
「耐えよ。
それが朽木家次期当主の姿か」
突き放すような言葉に、蒼純は立ちあがり、銀嶺に詰め寄る。
「当主か否かは関係ありません!
あの子は無実なのですよ!
むしろどれ程精霊挺のために尽くしたか!
このままではあの子が、あの子の心が壊れるのも時間の問題だ。
このままでは彼女こそいつの日か本当の謀反人に」
「愚か者!」
珍しく語気を荒げた銀嶺に、蒼純は我に返る。
「お前が心を乱し、罪悪感を感じ、悲しみ怒る素振りを、あ奴の未来を疑う姿を当の本人が見たらどう思う。
忠誠心の深い奴じゃ、己を責めよう。
自分の力が至らぬせいで、副隊長であり、朽木家の次期当主であるお前の威厳を奪い、悲しみの底に突き落としたと思いこむだろう。
響河を諫めきれなかった、そして殺せなかった己を責め、更に苦しむであろう!
150年もの間じゃ!!」
蒼純は目を見開く。
「お前は毅然とした態度を貫け。
それこそが私達に課された責であり刑と思え。
公に刑に処されなかったからこそ、己が理解し、己を責めねばならない。
朽木家の罪は消えぬ。
当主としての務めを、これから果たしてゆくのだ。
何をすべきか、違うことは許されん。
……何より、あやつの心を信じよ。
護廷の為に役目を与えられたのだと言い切った彼女の、強き心をーー信じよ」
部屋に沈黙が舞い降りる。
俯く蒼純と、彼をじっと見つめる父。
「……明日から晒し刑が始まる」
銀嶺の淡々とした声。
蒼純の拳は白く、震えていた。
「その刑が終わったら、私は誓いましょう。
もう二度とあの子を都合よく苦しめたりしない。
あの子を……護る」
睨みつけてくる強い瞳の息子に、銀嶺は背中を向けた。
何も言わない背中が肯定だと言うことを、息子は充分に知っていた。