斬魄刀異聞過去編
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隊舎に戻った銀嶺を、蒼純は1人迎える。
二人も心身ともに疲れきっているはずなのにそれを表に出すことはしない。
朝日が青ざめた二人の顔を照らすばかりだ。
聡い蒼純は、父のその表情からすべてを悟った風だった。
「みなさんご無事ですか?」
銀嶺はひとつ頷く。
「唯一入院している浮竹もそれ程重症ではない」
「そうですか」
蒼純はいつになく鋭い視線で父を見上げた。
「朽木家の罪を、私は背負って生きてまいります。
必ずや、この罪を償えるよう。
もし封印が解かれるような好機あれば、命に代えてでも、響河を……殺す」
(……こんな顔もできたのか)
銀嶺は静かに息子を見つめる。
こんな顔を見るのは初めてだったし、こんな顔など決してできないと思っていた。
副隊長の器がないかと思った日もあったが、この顔を見る限りそうでもないかもしれない。
「当然」
息子に背を向け、銀嶺は重い口を開く。
これから伝えなければならない事実は予想できた事態だが、彼にその予想を一度も話したことがなかったことだ。
そしてそれは恐らく、彼にとって憤ることに違いない。
「卯ノ花咲に響河に協力した容疑が掛けられている」
背中越しに息を飲むのが聞こえた。
「そんな、彼女は!」
「……お前ならば分かるだろう。
彼女が選ばれる理由も」
口を噤む蒼純は疲れた頭を酷使して彼女を助ける方法を考えているに違いない。
だがそれは困難を極める。
こんなことになるならば、自分の隊に彼女がほしいと手を上げなければよかったと、人知れずーー人知れず彼は胸を痛めるのだった。
縁側で白哉を抱いてぼうっとする。
自分がこの世に呼びとめた子。
自分が名づけた子。
自分が母を殺した子。
腕の中のぬくもりが愛おしく、自分の指を掴む小さな手が愛おしく、ただただ悔いる。
幼子は蒼純と明翠によって育てられることになった。
不思議と咲にも懐いているようで、まだ何も分からないだろうに、抱かれると無邪気に微笑むから不思議だ。
ぼんやりとしている間に腕の中で白哉も眠ってしまったようだった。
朽木家を訪れ、明翠と話していると、昔はよく月雫が来た。
蒼純を探して、やってきたのだ。
今思えば、彼女は自分の様子を見に来ていてくれたのかもしれないと思う。
いつも決まって聞いていたから。
ーまた怪我をしたのか?
弱いなー
塾に帰れば、山本や獄寺がいて、時には日野も稽古をつけに来てくれた。
ーまた強くなったじゃねぇか。ー
そう言って笑われたり。
ーなってねぇ!
何度言ったらわかるんだ!!ー
と怒鳴られたり。
塾は浮竹の攻撃で跡形もなく燃えてしまったと聞いて、一度も帰っていない。
職場に行けば、いつも響河がいた。
稽古をつけてくれたし、食事にもいった。
何十体も虚を共に倒した。
何十人も反乱因子を倒した。
彼の役に立ちたかった。
護挺の剣であり、朽木の剣である、彼の役に。
その彼は、自分を呪ってこの世から消された。
「あう、あーー」
腕の中で声がして、慌ててうつむくと、白哉の頬にぱたぱたと雫が落ちて、咲は慌てて目をこする。
眠ったと思った幼子は、いつのまにか目を覚ましたらしい。
「申し訳ございません……ぼっちゃま」
そう言って謝る咲の頬を、小さな手が撫でる。
まるで涙をぬぐうように。
心配そうな真っ黒の瞳が、咲を見上げる。
「優しいお方だ……」
ぎゅっとその体を抱きしめる。
白哉はきゃっきゃと笑った。
温かくてやわらかくて懐かしい、陽だまりの匂いがした。
「貴方はきっと、強くなられる。
誰よりも、強く、優しい死神にお成りになる。
……私はいつか、そんな貴方に仕えたいです。
この罪が、許されるならば」
静かな足音が止まるのを聞いて、咲はもう一度目元をぬぐって顔を上げた。
振り返る先には、暗い表情の明翠が立っていた。
白哉をそっと揺りかごに戻し、咲は立ち上がった。
そして響河を失って以来いつものように、深く頭を下げる。
謝罪の言葉をいくら紡ごうと、自分のために過ぎない。
己の罪を、彼女に赦されたいがための言葉だ。
「頭を上げて」
きっと明翠もそれを理解している。
だからここにこうして呼び寄せるのだろう。
そして明翠には、咲が自分と似た立場だと思っていた。
響河を止められなかった、彼の心に残らなかった2人として。
そして今なお彼を慕う、2人として。
白哉はゆりかごの中で目を瞬かせている。
風が明翠の着物の裾を柔らかく揺らした。
「傷はもういいのですか」
「はい」
ゆっくりと頭を上げて答えると、明翠は咲の隣までやってきて腰掛けた。
「私、ダメね。
昔からそうなの。
頑張っても、頑張っても、なかなかうまくいかなくて。
体の弱いお兄様のお荷物になってばかり。
ここだこの話、響河様は何でもできて、素敵で、優しかった。
……私の自慢の旦那様だったの」
明翠の瞳から涙がこぼれおちる。
静かにそれは、握りしめられた手の上に落ちた。
「私、何もできなかった……。
苦しんでいる響河様に、何も……。
心に残ることができなかった」
唇をかみしめる姿は必死に声を上げるのを我慢しているのだろう。
咲はひとつ思いたって、すくりと立ち上がると、明翠を抱き上げる。
「……えっ」
「しっかりつかまってください。
瞬歩で移動しますから」
涙の雫を朽木家の縁側に残し、2人の姿は消え!取り残された白哉は現れた銀白風花紗に、笑った。
2人があっという間にやってきたのは封印された響河の棺の前だ。
「静かな場所です。
人も来ません。
響河様は今はここで静かに眠られています。
……明日にはこの棺も、人目に触れない場所に隠されてしまうそうですが」
咲が耳元でそっとささやいた。
明翠ははっと目を見開いて、それから、声をあげて泣いた。
隊長は窓の外をじっと見ていた。
何も言わないところを見ると、相当機嫌が悪いらしい。
「すまない」
蒼純が静かに謝ると、咲は小さく首を振った。
朽木家もよくて官位剥奪、悪ければお家取りつぶしかと思われたが、元柳斎をはじめとする有力者の嘆願書によって、謹慎で済んだと聞く。
いくら卯ノ花家の養子とはいえ、更木生まれの咲とは格が違うのだ。
「卯ノ花が響河に加担していないことは、私達は皆知っている。
この裁判は……」
思わず口を噤む蒼純。
「お前を見せしめにするためのものだ」
言葉を引き継いで、銀嶺が言い、蒼純は微かに俯く。
咲はその言葉に動じることなく、片膝をついたまま銀嶺の背を見ていた。
「この精霊挺のために。
もう二度と、響河のようなものを出さぬために。
そのような者に協力する者を、出さぬために」
冷たく聞こえるほど、淡々と銀嶺は述べる。
「……よかった」
咲の小さな声に、蒼純は顔を上げた。
「……私は、精霊挺のために勤めを与えられるのですね」
少女はただ、まっすぐ銀嶺の背を、その向こうの空の青を見つめていた。
彼女が少しでも憤りを覚えてくれたら、と蒼純は思う。
そうであれば、こんなに真っ直ぐと前を見つめてさえいなければ、自分が慰めてあげられたのに、と。
慰めることで、己の中のやりきれなさに目をつぶれたのにと。
(だめだ、私はこの残酷な合理性を許せそうにない)
蒼純は、白くなるほどに手を握り締めていた。
「やっぱりここにいたんだ」
響河の棺が別の場所へと隠されてから、封印の戦跡を訪れるのは咲ただ一人だった。
大罪人の棺の場所は定められた通り、誰一人知ることは許されない。
今では移され、総隊長のみがその場所を知る。
だからここは今ではただの草原に過ぎない。
だがそれでも、咲にとっては特別な場所だった。
「もう最期になるかもしれないから」
静かな声は妙に響いた。
明日、咲の罰が決まる。
四十六室に弁明する余地はなく、その決定は絶対だ。
咲が処刑を真っ先に思うのは当然だ。
「馬鹿言うな」
もうひとつの声が言う。
「言っただろう。
共に生きようと」
肩を掴んだ手を、そっとはずす。
「……うん。
でも……もう、いいんだ」
力ない言葉に、二人は息を飲む。
浮竹は手を握りしめた。
「馬鹿いえ!!!」
ごつんと殴られ、咲は地面に倒れた。
「浮竹!」
その体を抱き起こす京楽。
「許さんぞ、俺は。
そんなこと許さない!!」
怒りに燃える鳶色の瞳と対象的に、咲の黒い瞳は暗く沈んでいる。
「私はあまりに罪を犯した。
……人を殺め過ぎたよ」
「お前のせいじゃないだろう。
お前は命令に従ったんだ。
従って、命をかけて戦って、そして最後まで、最後までやり遂げた。
ようやく平和が訪れる。
お前が戦ったからだ!」
「浮竹……」
耐えられない親友の怒りに、京楽は名前を呼ぶも、その声は届かない。
腕の中のもう一人の親友は小さく震えていた。
「でも何も変えられなかった。
何もできなかったんだ。
私は刀を取ったよ、戦った。
そしてどれだけの人を殺めたと思う?
どれ程の怨みを……
私は、私は……いっそ死んでしまったほうがーー」
「馬鹿野郎!」
「そんなわけない!」
浮竹と京楽の大きな声に、咲は身を縮ませた。
その様子に気まずくなったのか、浮竹もしゃがんで咲の両肩に手を乗せた。
「頼むからそんなことは言わないでくれ。
例え正義を振り翳した罪を犯したとしても、そう思え、思わなければならない。
それが俺達が生き残る道で、この護廷の為、生き残った大切な人の為なんだ!」
必死にすがりつく鳶色の瞳を、咲はじっと見つめる。
「そうだよ。
……それに」
耳元で声がして、京楽を見上げる。
「今回は命は取られないよ。
今護挺は猛烈な人手不足だ。
ここで君を殺すほどの余裕はない。
それはさすがに四十六室だって分かっているさ。
君は生かされるだろう。」
咲は目を見開く。
でも、浮竹は苦しげに唇をかみしめた。
それは京楽もおなじ。
(見せしめに刑に処される。
そのための裁判なんだ。
きっと、死ぬよりも辛い、刑を)
それに気づいていても、言えるはずなどなかった。
彼女が見せしめにされることこそ、精霊挺のためなのだ。
火のないところに煙は立たぬ。
疑われるようなことをすれば、罰されると、そう強硬な姿勢を示すために。
(それに従いたくない)
(でも、それも必要なのだとは分かる)
(咲が適任だという、上の判断も)
(でもそれに従うなんて事はしたくない)
(でもそれに反対する術をも持たない、弱すぎるんだ、俺たちは)
「……そっか」
泣きそうな苦笑に、二人は唇をかむ。
これ程までに純粋な彼女を弄ぶ運命を、許せそうになかった。
二人も心身ともに疲れきっているはずなのにそれを表に出すことはしない。
朝日が青ざめた二人の顔を照らすばかりだ。
聡い蒼純は、父のその表情からすべてを悟った風だった。
「みなさんご無事ですか?」
銀嶺はひとつ頷く。
「唯一入院している浮竹もそれ程重症ではない」
「そうですか」
蒼純はいつになく鋭い視線で父を見上げた。
「朽木家の罪を、私は背負って生きてまいります。
必ずや、この罪を償えるよう。
もし封印が解かれるような好機あれば、命に代えてでも、響河を……殺す」
(……こんな顔もできたのか)
銀嶺は静かに息子を見つめる。
こんな顔を見るのは初めてだったし、こんな顔など決してできないと思っていた。
副隊長の器がないかと思った日もあったが、この顔を見る限りそうでもないかもしれない。
「当然」
息子に背を向け、銀嶺は重い口を開く。
これから伝えなければならない事実は予想できた事態だが、彼にその予想を一度も話したことがなかったことだ。
そしてそれは恐らく、彼にとって憤ることに違いない。
「卯ノ花咲に響河に協力した容疑が掛けられている」
背中越しに息を飲むのが聞こえた。
「そんな、彼女は!」
「……お前ならば分かるだろう。
彼女が選ばれる理由も」
口を噤む蒼純は疲れた頭を酷使して彼女を助ける方法を考えているに違いない。
だがそれは困難を極める。
こんなことになるならば、自分の隊に彼女がほしいと手を上げなければよかったと、人知れずーー人知れず彼は胸を痛めるのだった。
縁側で白哉を抱いてぼうっとする。
自分がこの世に呼びとめた子。
自分が名づけた子。
自分が母を殺した子。
腕の中のぬくもりが愛おしく、自分の指を掴む小さな手が愛おしく、ただただ悔いる。
幼子は蒼純と明翠によって育てられることになった。
不思議と咲にも懐いているようで、まだ何も分からないだろうに、抱かれると無邪気に微笑むから不思議だ。
ぼんやりとしている間に腕の中で白哉も眠ってしまったようだった。
朽木家を訪れ、明翠と話していると、昔はよく月雫が来た。
蒼純を探して、やってきたのだ。
今思えば、彼女は自分の様子を見に来ていてくれたのかもしれないと思う。
いつも決まって聞いていたから。
ーまた怪我をしたのか?
弱いなー
塾に帰れば、山本や獄寺がいて、時には日野も稽古をつけに来てくれた。
ーまた強くなったじゃねぇか。ー
そう言って笑われたり。
ーなってねぇ!
何度言ったらわかるんだ!!ー
と怒鳴られたり。
塾は浮竹の攻撃で跡形もなく燃えてしまったと聞いて、一度も帰っていない。
職場に行けば、いつも響河がいた。
稽古をつけてくれたし、食事にもいった。
何十体も虚を共に倒した。
何十人も反乱因子を倒した。
彼の役に立ちたかった。
護挺の剣であり、朽木の剣である、彼の役に。
その彼は、自分を呪ってこの世から消された。
「あう、あーー」
腕の中で声がして、慌ててうつむくと、白哉の頬にぱたぱたと雫が落ちて、咲は慌てて目をこする。
眠ったと思った幼子は、いつのまにか目を覚ましたらしい。
「申し訳ございません……ぼっちゃま」
そう言って謝る咲の頬を、小さな手が撫でる。
まるで涙をぬぐうように。
心配そうな真っ黒の瞳が、咲を見上げる。
「優しいお方だ……」
ぎゅっとその体を抱きしめる。
白哉はきゃっきゃと笑った。
温かくてやわらかくて懐かしい、陽だまりの匂いがした。
「貴方はきっと、強くなられる。
誰よりも、強く、優しい死神にお成りになる。
……私はいつか、そんな貴方に仕えたいです。
この罪が、許されるならば」
静かな足音が止まるのを聞いて、咲はもう一度目元をぬぐって顔を上げた。
振り返る先には、暗い表情の明翠が立っていた。
白哉をそっと揺りかごに戻し、咲は立ち上がった。
そして響河を失って以来いつものように、深く頭を下げる。
謝罪の言葉をいくら紡ごうと、自分のために過ぎない。
己の罪を、彼女に赦されたいがための言葉だ。
「頭を上げて」
きっと明翠もそれを理解している。
だからここにこうして呼び寄せるのだろう。
そして明翠には、咲が自分と似た立場だと思っていた。
響河を止められなかった、彼の心に残らなかった2人として。
そして今なお彼を慕う、2人として。
白哉はゆりかごの中で目を瞬かせている。
風が明翠の着物の裾を柔らかく揺らした。
「傷はもういいのですか」
「はい」
ゆっくりと頭を上げて答えると、明翠は咲の隣までやってきて腰掛けた。
「私、ダメね。
昔からそうなの。
頑張っても、頑張っても、なかなかうまくいかなくて。
体の弱いお兄様のお荷物になってばかり。
ここだこの話、響河様は何でもできて、素敵で、優しかった。
……私の自慢の旦那様だったの」
明翠の瞳から涙がこぼれおちる。
静かにそれは、握りしめられた手の上に落ちた。
「私、何もできなかった……。
苦しんでいる響河様に、何も……。
心に残ることができなかった」
唇をかみしめる姿は必死に声を上げるのを我慢しているのだろう。
咲はひとつ思いたって、すくりと立ち上がると、明翠を抱き上げる。
「……えっ」
「しっかりつかまってください。
瞬歩で移動しますから」
涙の雫を朽木家の縁側に残し、2人の姿は消え!取り残された白哉は現れた銀白風花紗に、笑った。
2人があっという間にやってきたのは封印された響河の棺の前だ。
「静かな場所です。
人も来ません。
響河様は今はここで静かに眠られています。
……明日にはこの棺も、人目に触れない場所に隠されてしまうそうですが」
咲が耳元でそっとささやいた。
明翠ははっと目を見開いて、それから、声をあげて泣いた。
隊長は窓の外をじっと見ていた。
何も言わないところを見ると、相当機嫌が悪いらしい。
「すまない」
蒼純が静かに謝ると、咲は小さく首を振った。
朽木家もよくて官位剥奪、悪ければお家取りつぶしかと思われたが、元柳斎をはじめとする有力者の嘆願書によって、謹慎で済んだと聞く。
いくら卯ノ花家の養子とはいえ、更木生まれの咲とは格が違うのだ。
「卯ノ花が響河に加担していないことは、私達は皆知っている。
この裁判は……」
思わず口を噤む蒼純。
「お前を見せしめにするためのものだ」
言葉を引き継いで、銀嶺が言い、蒼純は微かに俯く。
咲はその言葉に動じることなく、片膝をついたまま銀嶺の背を見ていた。
「この精霊挺のために。
もう二度と、響河のようなものを出さぬために。
そのような者に協力する者を、出さぬために」
冷たく聞こえるほど、淡々と銀嶺は述べる。
「……よかった」
咲の小さな声に、蒼純は顔を上げた。
「……私は、精霊挺のために勤めを与えられるのですね」
少女はただ、まっすぐ銀嶺の背を、その向こうの空の青を見つめていた。
彼女が少しでも憤りを覚えてくれたら、と蒼純は思う。
そうであれば、こんなに真っ直ぐと前を見つめてさえいなければ、自分が慰めてあげられたのに、と。
慰めることで、己の中のやりきれなさに目をつぶれたのにと。
(だめだ、私はこの残酷な合理性を許せそうにない)
蒼純は、白くなるほどに手を握り締めていた。
「やっぱりここにいたんだ」
響河の棺が別の場所へと隠されてから、封印の戦跡を訪れるのは咲ただ一人だった。
大罪人の棺の場所は定められた通り、誰一人知ることは許されない。
今では移され、総隊長のみがその場所を知る。
だからここは今ではただの草原に過ぎない。
だがそれでも、咲にとっては特別な場所だった。
「もう最期になるかもしれないから」
静かな声は妙に響いた。
明日、咲の罰が決まる。
四十六室に弁明する余地はなく、その決定は絶対だ。
咲が処刑を真っ先に思うのは当然だ。
「馬鹿言うな」
もうひとつの声が言う。
「言っただろう。
共に生きようと」
肩を掴んだ手を、そっとはずす。
「……うん。
でも……もう、いいんだ」
力ない言葉に、二人は息を飲む。
浮竹は手を握りしめた。
「馬鹿いえ!!!」
ごつんと殴られ、咲は地面に倒れた。
「浮竹!」
その体を抱き起こす京楽。
「許さんぞ、俺は。
そんなこと許さない!!」
怒りに燃える鳶色の瞳と対象的に、咲の黒い瞳は暗く沈んでいる。
「私はあまりに罪を犯した。
……人を殺め過ぎたよ」
「お前のせいじゃないだろう。
お前は命令に従ったんだ。
従って、命をかけて戦って、そして最後まで、最後までやり遂げた。
ようやく平和が訪れる。
お前が戦ったからだ!」
「浮竹……」
耐えられない親友の怒りに、京楽は名前を呼ぶも、その声は届かない。
腕の中のもう一人の親友は小さく震えていた。
「でも何も変えられなかった。
何もできなかったんだ。
私は刀を取ったよ、戦った。
そしてどれだけの人を殺めたと思う?
どれ程の怨みを……
私は、私は……いっそ死んでしまったほうがーー」
「馬鹿野郎!」
「そんなわけない!」
浮竹と京楽の大きな声に、咲は身を縮ませた。
その様子に気まずくなったのか、浮竹もしゃがんで咲の両肩に手を乗せた。
「頼むからそんなことは言わないでくれ。
例え正義を振り翳した罪を犯したとしても、そう思え、思わなければならない。
それが俺達が生き残る道で、この護廷の為、生き残った大切な人の為なんだ!」
必死にすがりつく鳶色の瞳を、咲はじっと見つめる。
「そうだよ。
……それに」
耳元で声がして、京楽を見上げる。
「今回は命は取られないよ。
今護挺は猛烈な人手不足だ。
ここで君を殺すほどの余裕はない。
それはさすがに四十六室だって分かっているさ。
君は生かされるだろう。」
咲は目を見開く。
でも、浮竹は苦しげに唇をかみしめた。
それは京楽もおなじ。
(見せしめに刑に処される。
そのための裁判なんだ。
きっと、死ぬよりも辛い、刑を)
それに気づいていても、言えるはずなどなかった。
彼女が見せしめにされることこそ、精霊挺のためなのだ。
火のないところに煙は立たぬ。
疑われるようなことをすれば、罰されると、そう強硬な姿勢を示すために。
(それに従いたくない)
(でも、それも必要なのだとは分かる)
(咲が適任だという、上の判断も)
(でもそれに従うなんて事はしたくない)
(でもそれに反対する術をも持たない、弱すぎるんだ、俺たちは)
「……そっか」
泣きそうな苦笑に、二人は唇をかむ。
これ程までに純粋な彼女を弄ぶ運命を、許せそうになかった。
