斬魄刀異聞過去編
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目を覚ましたのは四番隊の隊舎だった。
最近はここで目が覚めることが増えたと思う。
眩しい朝日が差し込んでいた。
護挺に入ったころの朝と、何も変わらない。
(全てが夢であればいいのに)
そうであるはずがないことは分かっている。
響河の刀が首へと一直線に振り下ろされた時、死ぬと思った。
彼の勢いを殺せる自信は無かったのだ。
だが、呆気なく止まった。
むしろ、刀が止められたと言っても過言ではない。
(……響河殿は、私を殺さなかった)
その理由は分からない。
昨夜の事件自体は、咲をおびき寄せるための罠のようなものだった。
なのに月雫は死んだ。
幼い幼い子を――白哉を置いて。
(副隊長はどう思われているだろう……
考えるまでもない)
咲は頭を垂れた。
前に明翠が言っていた。
蒼純の結婚式は素晴らしいものだったと。
昔から見てきた二人が、ようやく家族になるのが嬉しいと。
あんな二人は見たことがないと。
(そんな奥方を殺した私を、副隊長は許すまい。
例え、どんな理由があったとしても)
そして思った。
(明翠さまはどれほど心を痛めておられるだろう)
咲の外傷はほとんどなかったため、すぐに退院できた。
少ない荷物を整え、斬魂刀を腰にさし、四番隊舎を出る。
自分は守るべき人間のはずだったのに、いつの間にか加害者になってきている。
仲間を守ろうと、上司の役に立とうと思っているだけだったのに、結果として彼らを傷つけているのだ。
咲は足早に道を歩く。
人通りは少ないが、見かける隊士達も同じだった。
暗い顔をして、俯いて、足早に歩いていく。
その中に無い仲間の顔を思い出すのも嫌だったし、暗い顔をしている友にかける言葉も持っていないのだ。
「大丈夫か」
かけられた声に顔をあげる。
狛村が近づいてきた。
見上げるような大男は、鉄笠の隙間からどこか労わるような視線を向け、大きな手を細い肩に乗せた。
じんわりと温もりと重みが肩に伝わる。
この人は、自分の事を心配してくれていたのだと、ひしひしと感じた。
「いえ……力不足で申し訳ありません」
噛み締めるような返事に、相手は首を振った。
「このような時代には、皆、己の無力に苛まれる。
平和が訪れない限り己に満足できることもない。
儂も鍛錬が足りず、未だお前のように心を閉ざして戦う術を身につけられぬ。
ーーお前1人に重荷を背負わしてすまぬ」
唸るような声に、咲も言葉なく頭を振る。
悔やんでも悔やんでも悔やみきれないし、同じく深い後悔を抱える相手のその姿は酷く痛々しい。
狛村の言う通り、皆が同じなのだ。
「隊長と副隊長は……」
「お二人とも隊首室に籠りきりだ」
2人は命をもかけた戦いに出ようとしているのだろう。
護廷にどんな犠牲を払おうと、これ以上響河を野放しにはできない。
噛み締める唇が、鉄の味がした。
おそらくその犠牲には、自分が選ばれるに違いない。
その犠牲をしても、彼を倒すことは難しい。
そして、その犠牲は自分だけではないだろう。
「己を責めるな。
副隊長もそれを望んではいない」
低い声が静かに耳を打つ。
涙が溢れる。
彼の言葉はおそらく事実だ。
心優しい蒼純ならば、咲が自分を責める姿を見たくはないだろう。
だがそれと副隊長としての、朽木家時期当主としての判断は別だということも、また事実である。
彼は咲を労ると同時に、犠牲になれと言うだろう。
ーーそして響河は、その強さに欠けた。
「顔を上げろ。
前を向け。
朽木六番隊の隊士だろう。
誇りを持て。
己の正義を貫け。
それこそが弔いになる」
この人も、大切な人を失くしたのだろう、と思う。
この戦で大切な人を失くさぬ人などいないのだから。
それでも彼は、前を向き、己を鼓舞する。
咲は顔をごしごしとふくと、目の前の上司を見上げた。
「……はいっ!」
鉄笠の隙間から見える瞳が、僅かに哀しげに歪んだように見えた。
彼も全てを理解しているのだろう。
それを理解し命ぜられる人こそ、副隊長以上に進める人材で、そして多くを護る為にきっと、大切なものを失うのだ。
曇天の夜空は暗く、縁側に立つ老人は恨めしげに空を眺めた。
近づいてくる気配に、彼の心境を思えば猶のこと。
古くからの友人であり、同志である彼は、どれほどまでにここに来るのを迷ったことだろう、と。
「総隊長」
「元柳斎でかまわん」
「では、元柳斎」
「なんじゃ銀嶺」
「……あれはもう駄目だ」
その一言がひどく重く、元柳斎は俯く。
銀嶺は言葉を続ける。
「策ならばひとつ。
奴の意識を戦いに引きつけておき、そのうちに封印してしまえばよい。
遠隔系であるやつの斬魂刀に立ち向かうには、心を閉ざしたまま奴と刀を交えるほかない。
だがその状態で奴の攻撃を防ぐには、莫大な霊圧と強靭な精神が必要である。
儂とお前でその役を務める。
封印には霊圧の高い者が3人は必要じゃ。
響河の多少の攻撃にも倒れぬ者がよいが、副隊長格以上を連れて行ってもしものことがあっては取り返しがつかぬ」
銀嶺は薄く笑った。
「実力はあれど、例え死のうと他の隊士が動揺しない程度の地位の者、か」
「左様」
「お前が考えている3人は、分かっている」
「そうじゃろうて。
適任じゃろうからな」
山本はどこか遠くを見るような目をした。
「手塩にかけて育てたろうに」
「この日に遣わんでいつ遣うと言うのか」
銀嶺はひとつ頷く。
「私達は碌な死に方をせぬだろうな」
「当然」
二人は並んで夜空を見上げる。
雲は厚く月の存在など、見えそうにもなかった。
「何言ってんだ歳さん!」
「もう少し静かにできねぇのか」
「馬鹿言うな!
あんた何言ってんのか分かってんのか!」
「俺の判断でどうこうできるもんじゃねぇ」
「だからって」
「佐之さん、無駄さ。
鬼の副隊長だからね」
隊首室の前で足を止めていた浮竹。
呼び出されてきたものの、ひどく入りにくい。
自分の事を話しているだろう予想がつくから、余計に。
丁度その時、扉が開き、反射的に顔を上げた。
「何ぼーっとしてんのさ。
入っておいでよ」
沖田が悪態をつく。
しかし彼の瞳がどことなく薄暗いのを浮竹は感じていた。
中には引き続き隊首会に参加している近藤はいない。
副隊長の土方に三席の沖田、四席の原田がいる。
「浮竹。
てめぇに上から直々に命令だ」
今にも原田に掴みかかられそうな土方が封書を手渡した。
迷うことなく開き、内容を理解するとそれを懐にしまう。
「御拝命至極光栄。
精一杯務めさせていただきます」
深く頭を下げる。
「……いいのかそれで」
原田が静かに問う。
「失礼ながら真っ当な人選かと」
頭を下げたまま、そう答える。
「そうか」
その頭に大きな手が乗った。
伏せたままで、互いに表情を見ることはない。
「死ぬな。
絶対にな」
扉が閉まり、原田が出て行ってから、浮竹は頭を上げた。
「行け」
土方が扉を顎でしゃくる。
計画の実行まで、左程時間は無い。
「はい。
ありがとうございます」
浮竹はもう一度深く頭を下げると隊首室から静かに走り出た。
その後ろ姿を沖田はじっと見送る。
ぱたん、と扉が閉まった。
「何も言ってあげないわけ」
「何を」
「絶対殺して来いとかさ、生きていたことを後悔させて来いとかさ……なんかあるでしょ」
物騒な物言いをする部下に、土方は閉じられた扉に目を向けた。
「あいつは全部分かってるさ。
言わないことが、あいつへの信頼であることも、全部な」
だから、“ありがとうございました“ではなく“ありがとうございます“だったのだろうと、土方は理解していた。
「俺はこういうやり方は好きじゃない」
きっぱりという木之元に、京楽はあはは、と渇いた笑い声を上げる。
主のいない十番隊隊首室。
隊長はまだ隊首会中なのだ。
いるのは大道寺副隊長に木之元、そして京楽の3人。
「らしいですね」
「らしいもなにもないだろ、こんな話。
お前なら死んでも部下の動揺が少ないから選ばれたんだぞ」
「はっきり言いすぎ」
「でも副隊長」
「いいですよ、それでも。
家的にもボクは次男坊ですし」
「おい、そういう言い方は」
「だから好きに生きる」
京楽は穏やかに微笑んだ。
「友達が戦うんです。
少しでもいい、助けたい」
どこか悟ったようなその顔に、平手打ちが飛んだ。
あまりの衝撃に京楽はよろめく。
「何甘いこと言ってんの!
少しでもいいだぁ?
ふざけるのもいい加減になさい!!
しっかり働いて生きて帰ってくること!!!」
つり上がった眉の大道寺。
「はいはいはい、絶対そうします!」
京楽はこくこくと何度も首を縦に振る。
大道寺はようやく納得したようで、彼に背中を向けた。
「早くいきなさい」
計画の実行まで時間はそう無い。
京楽は自分を見下ろしている木之元をもう一度見て、困ったように笑って見せた。
「いってまいります」
それからいつも通りヘラリと笑い、隊首室を出た。
「なんでこんな命令まで私がしなきゃいけないの。
隊長がすべきでしょ」
思わずため息を漏らす副隊長に木之元は首をすくめる。
「恐いですか」
「ふざけないで。
きっとこれで片が着く。
万々歳じゃない」
強がる背中を見ながら、木之元はこの人は副隊長は向かないと思った。
優しすぎるこの人に、その仕事は向かないと。
「副隊長も歳ですかね。
そろそろ引退した方がいいんじゃないですか」
「女性に向かってなんてことを!
早く仕事に戻りなさい!」
振り返って眉を上げるのを見て、木之元は隊首室を飛び出す。
壁の時計を見ると、計画の実行まで、もう2時間を切っていた。
