斬魄刀異聞過去編
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駆け付けた家来たちによって室内は俄かにあわただしくなる。
「急いで月雫様を!」
「しっかりなさってください!」
「どけ!」
年老いた産婆が男に背負われて駆けつけた。
月雫の姿を見た産婆は、目を細める。
「……子の鼓動が止まっておる」
周りの者皆が息をのんだ。
「母体も危機じゃ。
すぐに清潔な布と湯を。
わしの実家に連絡して人をよこせ!
他に外傷の手当てができる医者も呼べ!
ここで御子を取り上げる」
「こ、ここで!?」
多くの家臣の死体が多く転がり、負傷者がうめく、血の匂いが噎せ返る部屋だ。
「でも、鼓動が……」
家臣が戸惑ったように言う。
「魂はまだここにある!」
産婆の目に部屋の中央で呆然と立ち尽くす血まみれの咲が止まった。
「そこのお前!」
咲は緩慢な動作で振り返る。
「お前だ!」
ようやくそれで咲に意識が戻ってきたようだった。
焦点が自分に合うのを見定めて産婆はひとつ頷くと叫ぶ。
「子に名をつけろ!
惨状を見るに、お主、この子の恩人じゃろうて」
産婆の鋭い眼光に、咲は肯定も否定もできず固まる。
「名づけよ!
そしてその名を呼び、魂をこの場に引きとどめるのじゃ!
急げッ!!」
その気迫に押され、咲はぱくぱくと口を動かす。
この血なまぐさい部屋で、死臭さえ漂い始める部屋で、慌ただしく負傷者が運び出され、月雫の治療のために罵声とまで思える指示が飛び交う中でーー朽木家を継いでいく子の、まだ顔も見ぬ子の名をつけよと。
咲は赤子など、ほんの遠目にしか見たことがない。
弱くか弱いもので、更木にいた頃などその姿さえ見たことがない。
小動物の赤子といえばか弱く投足も遅く、生きるのがやっと。
下手すればすぐに捕食者に殺される。
そんなか弱い存在の、抜けかけた魂を、呼び止めるなどーー
離れた場所で治療される月雫を、医者越しに見る。
蒼白の頬に、美しいブロンズの髪が血で張り付いている。
苦しげに、か細く繰り返される呼吸。
こんな、全てを無かったことにしたいーー
彼女の名、"月雫"は、月の雫、つまり真珠を現す言葉で、今は閉じられている瞼の下の瞳は黒真珠のようだと讃えられた。
それはこんな苦しげに閉じられるべきではない、霞大路家の息女として、たおやかに煌めき、虚を鋭く見つめているはずだったのに。
限界に来た咲の意識は、精神世界と現実の間をふわふわと行き来し始めた。
精神世界の星の瞬きと血生臭い現実。
山上がふっと哀しげに笑う。
その笑顔が、月雫に重なり、くらくらした。
山上は空の上を指差した。
その先には、ついこの前までは見かけなかった美しい白い星が、微かに瞬き始めていた。
この血生臭い部屋を、すべて消してしまいたい。
全てを塗り替えるような美しいあの星のようなーー
産婆はじっと咲を見据えていた。
その時が来るのを待つように、月雫の腹に手を当てて、じっと待っていた。
(白い輝き……そう、黒真珠から生まれた眩い白き子の力で)
「白、哉……」
咲はぽつりと呟いた。
小さく腹の鼓動が一瞬だけ蘇ったのが、咲の目に見えた。
「何度も呼ぶのじゃ!」
産婆が強く言う。
「白哉……白哉、白哉」
「善き名じゃ、白哉。
元気なご子息にあらせられる」
産婆は死にそうな子に暗示をかけるかのようにぶつぶつといった。
「白哉!
白哉!!」
咲が呼ぶ度、鼓動は再び蘇る。
まだ安定しないそれは、ひどくかよわい。
それでも必死に生きようとしている。
少しずつ、リズムを取り戻しつつある。
部屋に誰かが駆けこみ、名を叫んだ。
「月雫ッ!!!!」
蒼純だった。
その声に月雫が微かに目を開ける。
しかし咲は彼に目を止める余裕はなく、また蒼純も彼女の存在を認める余裕はない。
「生きろ、白哉ッ!!!」
咲の声に鼓動が戻る。
そして遂に蒼純が咲の存在を認め、目を見開く。
その蒼純を押しのけ、卯ノ花が部屋に駆け込み、すぐに月雫の治療に加勢する。
「もう少しじゃ!」
「白哉、頑張れ白哉!!!
負けるな!!生きろッ!!!」
咲が泣きながら訴える。
破った障子の向こうから美しい満月が、人垣から離れた咲を照らし、その影の先に、月雫を照らす。
月雫のうめき声がした。
蒼純がただただ、妻を呼んでいる。
永遠にも感じられるときが、火のついたような泣き声で終わりを迎えた。
「元気なご子息の誕生じゃ!」
産婆の声に一同が惨状にもかかわらず歓喜の声を上げる。
取り上げた子を、産婆は月雫の胸元に持って行った。
「お主の子じゃ。
命をかけて護り、産んだ子じゃ」
月雫は美しい黒真珠の瞳から涙を流し、そして、小さく名を呼んだ。
もう抱きしめる腕も、力もない彼女に唯一できるのは、
「私の、びゃ、く、や……」
その名を呼ぶことだけだった。
白哉と名付けられた赤子は、呼ばれると一層激しく泣いた。
嬉しそうに月雫は微笑む。
そしてその瞳が一瞬だけ蒼純を映し、そして、色を失った。
「月、雫……」
蒼純が震える。
「月雫、もどって、こい。
一緒に、一緒に生きるんだ……」
必死に頬をさするも、虚ろな瞳はもう、彼を映してはいなかった。
「月雫、月雫!!!」
どさりと何かが倒れた音がして、蒼純は振り返った。
血ぬれた咲が、力尽きたように倒れ伏し、烈が月雫から離れて彼女に駆け寄る。
蒼純は震える。
愛妻が死んだことを、四番隊を率いる烈までもが認めたのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
白哉の泣き声と、蒼純の絶叫が、響きわたった。
「急いで月雫様を!」
「しっかりなさってください!」
「どけ!」
年老いた産婆が男に背負われて駆けつけた。
月雫の姿を見た産婆は、目を細める。
「……子の鼓動が止まっておる」
周りの者皆が息をのんだ。
「母体も危機じゃ。
すぐに清潔な布と湯を。
わしの実家に連絡して人をよこせ!
他に外傷の手当てができる医者も呼べ!
ここで御子を取り上げる」
「こ、ここで!?」
多くの家臣の死体が多く転がり、負傷者がうめく、血の匂いが噎せ返る部屋だ。
「でも、鼓動が……」
家臣が戸惑ったように言う。
「魂はまだここにある!」
産婆の目に部屋の中央で呆然と立ち尽くす血まみれの咲が止まった。
「そこのお前!」
咲は緩慢な動作で振り返る。
「お前だ!」
ようやくそれで咲に意識が戻ってきたようだった。
焦点が自分に合うのを見定めて産婆はひとつ頷くと叫ぶ。
「子に名をつけろ!
惨状を見るに、お主、この子の恩人じゃろうて」
産婆の鋭い眼光に、咲は肯定も否定もできず固まる。
「名づけよ!
そしてその名を呼び、魂をこの場に引きとどめるのじゃ!
急げッ!!」
その気迫に押され、咲はぱくぱくと口を動かす。
この血なまぐさい部屋で、死臭さえ漂い始める部屋で、慌ただしく負傷者が運び出され、月雫の治療のために罵声とまで思える指示が飛び交う中でーー朽木家を継いでいく子の、まだ顔も見ぬ子の名をつけよと。
咲は赤子など、ほんの遠目にしか見たことがない。
弱くか弱いもので、更木にいた頃などその姿さえ見たことがない。
小動物の赤子といえばか弱く投足も遅く、生きるのがやっと。
下手すればすぐに捕食者に殺される。
そんなか弱い存在の、抜けかけた魂を、呼び止めるなどーー
離れた場所で治療される月雫を、医者越しに見る。
蒼白の頬に、美しいブロンズの髪が血で張り付いている。
苦しげに、か細く繰り返される呼吸。
こんな、全てを無かったことにしたいーー
彼女の名、"月雫"は、月の雫、つまり真珠を現す言葉で、今は閉じられている瞼の下の瞳は黒真珠のようだと讃えられた。
それはこんな苦しげに閉じられるべきではない、霞大路家の息女として、たおやかに煌めき、虚を鋭く見つめているはずだったのに。
限界に来た咲の意識は、精神世界と現実の間をふわふわと行き来し始めた。
精神世界の星の瞬きと血生臭い現実。
山上がふっと哀しげに笑う。
その笑顔が、月雫に重なり、くらくらした。
山上は空の上を指差した。
その先には、ついこの前までは見かけなかった美しい白い星が、微かに瞬き始めていた。
この血生臭い部屋を、すべて消してしまいたい。
全てを塗り替えるような美しいあの星のようなーー
産婆はじっと咲を見据えていた。
その時が来るのを待つように、月雫の腹に手を当てて、じっと待っていた。
(白い輝き……そう、黒真珠から生まれた眩い白き子の力で)
「白、哉……」
咲はぽつりと呟いた。
小さく腹の鼓動が一瞬だけ蘇ったのが、咲の目に見えた。
「何度も呼ぶのじゃ!」
産婆が強く言う。
「白哉……白哉、白哉」
「善き名じゃ、白哉。
元気なご子息にあらせられる」
産婆は死にそうな子に暗示をかけるかのようにぶつぶつといった。
「白哉!
白哉!!」
咲が呼ぶ度、鼓動は再び蘇る。
まだ安定しないそれは、ひどくかよわい。
それでも必死に生きようとしている。
少しずつ、リズムを取り戻しつつある。
部屋に誰かが駆けこみ、名を叫んだ。
「月雫ッ!!!!」
蒼純だった。
その声に月雫が微かに目を開ける。
しかし咲は彼に目を止める余裕はなく、また蒼純も彼女の存在を認める余裕はない。
「生きろ、白哉ッ!!!」
咲の声に鼓動が戻る。
そして遂に蒼純が咲の存在を認め、目を見開く。
その蒼純を押しのけ、卯ノ花が部屋に駆け込み、すぐに月雫の治療に加勢する。
「もう少しじゃ!」
「白哉、頑張れ白哉!!!
負けるな!!生きろッ!!!」
咲が泣きながら訴える。
破った障子の向こうから美しい満月が、人垣から離れた咲を照らし、その影の先に、月雫を照らす。
月雫のうめき声がした。
蒼純がただただ、妻を呼んでいる。
永遠にも感じられるときが、火のついたような泣き声で終わりを迎えた。
「元気なご子息の誕生じゃ!」
産婆の声に一同が惨状にもかかわらず歓喜の声を上げる。
取り上げた子を、産婆は月雫の胸元に持って行った。
「お主の子じゃ。
命をかけて護り、産んだ子じゃ」
月雫は美しい黒真珠の瞳から涙を流し、そして、小さく名を呼んだ。
もう抱きしめる腕も、力もない彼女に唯一できるのは、
「私の、びゃ、く、や……」
その名を呼ぶことだけだった。
白哉と名付けられた赤子は、呼ばれると一層激しく泣いた。
嬉しそうに月雫は微笑む。
そしてその瞳が一瞬だけ蒼純を映し、そして、色を失った。
「月、雫……」
蒼純が震える。
「月雫、もどって、こい。
一緒に、一緒に生きるんだ……」
必死に頬をさするも、虚ろな瞳はもう、彼を映してはいなかった。
「月雫、月雫!!!」
どさりと何かが倒れた音がして、蒼純は振り返った。
血ぬれた咲が、力尽きたように倒れ伏し、烈が月雫から離れて彼女に駆け寄る。
蒼純は震える。
愛妻が死んだことを、四番隊を率いる烈までもが認めたのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
白哉の泣き声と、蒼純の絶叫が、響きわたった。