斬魄刀異聞過去編
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(どうしてこんなことになったんだろう)
昨夜の響河捕獲任務の失敗は、護挺を震撼させた。
響河の能力範囲が広くなっているという報告。
護挺屈指の剣豪山本武の死亡。
どちらも聞いたものを青ざめさせた。
そして浮竹にはひとつ、気がかりなことがあった。
沖田が自分に口早に告げた一言だ。
ー操られた山本を殺したのは、六番隊の卯ノ花だったそうだよー
昼休みに向かったのは、山本の遺体が安置されている部屋だった。
音をたてないように部屋を覗くと、彼と同期だったという沢田十五席と獄寺十席、そして同じく知り合いであろう泣き崩れる女性が2人がいた。
霊術院に入る前の学問所で、同期だった5人仲間のことは山本から聞いたことがある。
ーすっげー仲良いんだぜ、お前たちみたいになー
眩しい笑顔は今は胸を締め付けるばかりだ。
人はこんなにあっけなく消えてしまうのだと思うと、ただただ恐ろしい。
山本のような実力者でさえ、こんなにも簡単に命を落とすのだ。
その事実が、浮竹にそれ以上部屋へと踏み込ませてくれなかった。
空気の重さに耐えかね、浮竹はしばらく立ちつくした後、音もなくその場を去った。
室内は誰ひとり、浮竹の存在に気がつかなかった。
昼休みはまだ始まったばかりで、でも食事をする気分には到底なれなかった。
先に食事を済ませておくべきだったと思っても、後の祭りだ。
でもだからといって執務室に戻る気にもなれない。
隊士が激減し、業務が山積みだというのに、どうしても仕事に意識は戻らない。
山本と浮竹達は親しかった。
良く目をかけてもらったのだ。
稽古もつけてもらった。
少しずつ強くなって、怒られもしたけれど褒められもした。
獄寺がけなす分、山本が褒めてくれたようなものだ。
二人でセットのようだった先輩の片方を殺す、咲の気持ちはどんなものだったか。
浮竹には想像もできない。
ただ、想像できないほど苦しんでいるであろうことだけは分かっていた。
山本は強かった。
明るかった。
優しかった。
出世も早く、いつか隊長になるだろうと言われていた。
総隊長の甥と言われても納得する、そんな男だった。
操られていたとはいえ、彼を殺したのだ。
無席の、少女が。
(咲の身に、どれ程疑いの目が向けられることか)
己が殺さねばならなかったのに、それを疑われるなど。
ふと感じた霊圧に浮竹は顔を上げる。
そこには今、正に意中の人がいた。
「咲!」
「……浮、竹」
掠れた微かな声が己を呼ぶ。
顔色がひどく悪い。
慌てて駆け寄って肩を支える。
「どうしたんだ?」
支える手にぬるりとした感覚があり、見てみれば赤く濡れている。
「出血しているじゃないか!」
崩れ落ちそうな咲を慌てて抱きしめ、壁際に座らせるが、呼吸が荒く、身体もひどく震えている。
「咲……」
声のかけようもなく、肩を抱いて名を呼べば、微かに震えが収まってきたように思える。
「卯ノ花咲!」
驚いたような声に浮竹は顔を上げる。
駆けてくるのは山田だった。
「彼女を抑えろ!」
「山本九席に、せめてもう一目」
「愚かな!
死者に会って君の傷が治るわけでもあるまい。
精神的ダメージを受けるのが関の山だ」
頭を振る様子に山田は視線を厳しくする。
「その上卯ノ花隊長が手ずから煎じた薬と言うのに飲まないと言うのかい、この恩知らず」
「いや!」
卯ノ花の名前が出れば大抵のことは飲み込む咲であるが、ずいぶんと珍しいこともあるものだと浮竹も目を見張る。
「絶対安静が聞けない言うなら、ベッドに括り付けられても文句は言えないだろう」
「もういやだ、いやなんだ!」
山田が眉をひそめる。
浮竹が咲の肩をギュッと抱いて頼む。
「頼むよ、咲。
戻ろう」
「いや!」
山田が厳しい顔をして咲の目の上に手をかざす。
白伏をかけるのだろうと思った矢先、彼の手は一瞬光を帯び、そしてぱちんと弾けた。
舌打ちをして、山田は背負っていた救命袋の中を漁りながら言葉を続ける。
「どうしたんですか」
「こんな事は初めてだ。
全く腹が立つよ。
白伏は
彼女が動かないようしっかりと固定しなさい。
左首筋に鎮静剤を注射する」
口早に出された指示に浮竹は従う。
逃げようとする咲を後ろから抱きしめた。
「止めてっ!」
悲痛な叫びに歯を食いしばり、左手で身体を抑え込み、右手で首筋が山田の方を向くように頭を固定する。
咲の抵抗は弱弱しいもので、それがひどく痛々しい。
「すまん……許せ」
「う、き…た……」
山田が手早く首筋に注射を打つと、咲はさっきまでの事が嘘のようにすっと眠りについた。
その血の匂いのする身体を、浮竹は傷に響かぬよう軽く抱きしめる。
「病室まで運んでも良いですか」
そう噛み締めるように呟くと山田は黙って頷いた。
咲を抱きかかえると、また細くなったような気がした。
しっとりと浮竹の死覇装が咲の血で濡れてゆく。
全て承知の上だったが、心が悲鳴を上げる。
「……体調はどうなんですか」
ぽつりと尋ねると、山田は咲の青ざめた顔を見下ろした。
「普段の彼女ならば回復を待たずに任務に復帰しても、充分に与えられた仕事をこなせるレベルだろう。
今は精神的な面の傷が大きい。
その分、回復できれば復帰は早いだろうが我々にも」
「清之介!」
かけられた声に振り返ると、蒼純が駆け寄ってくる。
そして浮竹の腕の中の咲を見て辛そうに顔を歪めた。
「……どうしてこんな」
「蒼純」
言いかけた蒼純の言葉を、清之介が遮った。
そしてちらりと浮竹を見やる。
それに蒼純も理解したのだろう。
「……卯ノ花が世話になったようだね」
彼は淡く笑顔さえ浮かべて浮竹を労う。
本当は、なんと言おうとしたのだろうと、浮竹は思う。
これほどまでに荒れた時代、部下の前で取り乱すことさえ、上官には許されないのだ。
付け入る隙を与えかねない。
特に六番隊は今、疑いの眼を向けられている以上隙を見せるわけにはいかない。
毅然とした態度を貫き、一刻も早く響河を処刑せねばならないのだ。
その方翼を担う蒼純は自身の感情を口にすることさえ、憚られるのだ。
「……咲は、悪くありません」
ぽつり、言葉が零れた。
「俺達にとって山本九席は憧れでした。
いつかああなりたいと思っていた。
なのに同じく憧れていた上司の手によって操られ、咲に刃を向けた。
たとえ操られていたとはいえ、どれ程辛かったでしょう。
どれほど恐かったでしょう。
どれほど……
どれほど、どれほど、どれほどッ!!!」
「浮竹十五席」
肩に手を置かれ、浮竹は顔を上げた。
くしゃりと笑う蒼純が痛々しくて、また俯いてしまう。
「……ありがとう」
落ちてくる言葉に、浮竹は唇をかんだ。
「彼には言ったのかい」
病室から去る白い頭を見ながら、蒼純は隣の同期に小声で尋ねた。
「それは自刃しようとしたことかい」
はっきりと言ってから、彼を傷つけたかと珍しく清乃介は気にした。
それは彼が数少ないーーむしろ唯一の友だからだろう。
微かに目を細めた蒼純に、取り繕う言葉も無駄だと知る。
「言っていない」
「そうか、ありがとう。
……彼女も知られたくないかもしれないからな」
「まだまだ不安定だ。
監視はつけているが」
「人手不足なのにすまないね」
清乃介は緩く首を振った。
彼女の戦い方は元々あまり好きではなかった。
自己犠牲と猪突猛進が相まったような、彼女の元上司と相性が最高に悪いそれは、無限に強くなる可能性と、ポキリと折れる危うさを孕んでいた。
そして今、見事に折れてしまったのだ。
もう現場に戻れる見込みはなく、処分しかないだろうと思う清乃介にとって、心を痛める蒼純の姿は哀れに思う。
友は今では鬼の仮面を被る時も増えたが、優しいすぎるのだ。
「あんな野獣の事なんか切り捨ててしまえればいいのに」
ぽつりと清乃介が溢すと、蒼純は驚いた顔をしてから、嬉しそうに目を細めた。
「私を心配してくれているんだね、清乃介は優しいな」
それは蒼純がそうさせているのだと言いかけて、清乃介は照れたようにふいっと目を逸らして黙った。
「私は折れないよ、私の背負うべき責任だからね」
微風のような囁きは、軽い音でありながらひどく重く清乃介の心に響いた。