学院編Ⅰ
名前変換
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「きーみ。
その教科書、ボクのなんだけど?」
突然背後からかけられた声に、小動物の如くびくっと身体を震わせ、その教科書を胸に抱いて振返る。
濃い茶色い癖毛の一人の青年の顔が目に飛び込み、目を見開く。
「も……も……も……」
対峙しただけで、彼の実力は自分よりも上だと感じるのは、野生の感とやらか。
あれほどひどく自分を罵り殴るクラスメイト達には感じたことのない、緊張が走る。
「も?」
「申し訳ございませんっ!!」
なんとか言いきって、とにかく深く頭を下げた。
第1剣道場の掃除中、壁際に忘れられた教科書を見つけた。
道場にはすでに自分以外の姿はない。
そもそも自分の学年の教科書でもない。
どうすればいいのかわからず、とりあえず掃除が終わるまで放置しておいたが、持ち主は現れなかった。
誰のものかと表紙、背表紙、裏表紙を見たがどこにも名前がない。
パラリ
開いてみたーー それが運のつきだった。
2年生の内容は今自主勉強中。
そんな咲には3年生の内容は少し難しい。
その、”少し”の部分が悔しくて、理解しようと必死になってしまう。
元来無類の負けず嫌いなのだ。
ついつい読みふけってしまい、外はもうすっかり暗い。
「そんなに頭さげるな。
もとはと言えば忘れたこいつが悪いんだからな」
不意にかけられるもう一つの声に、再び肩を震わせる。
声のする方を向けば、白髪に鳶色の瞳の青年が目に映る。
どちらの青年も清潔感があり、小奇麗な雰囲気が上品で、貴族の中でも由緒正しき家柄であることはすぐにわかる。
「い……いえ……!!」
思わず身をすくませて、教科書を抱きしめる。
抱きしめてしまってから目の前の青年のものだったことを思い出し、慌ててを差し出した。
「本当に申し訳」
「ストップ!」
その僅かに大きな声に、また肩を震わせる。
青年は少し震える手から教科書を抜きとった。
「気にしないでよ。
本当に、忘れたボクが悪いんだからさ」
その言葉に、ようやく青年とまともに見つめあった。
こげ茶色の瞳は思慮深くに見える。
教科書の持ち主はヘラリと笑った。
きっと頭がずいぶん切れるのだろうと思う。
それに、霊圧も強い。
体格から見ても自分が到底かないそうにないと思うと、余計に恐ろしく思った。
「お前、名前も書かないからなぁ」
その横にいる短い白髪の男子生徒が茶々を入れる。
こちらの青年は利発そうな目をしている。
人好きの良い笑みを浮かべる彼は、きっと人望もあるのだろう。
彼の方が細身に見えるが、それでも強い霊圧からその腕の想像はたやすい。
「君、1年生だよね?」
教科書の持ち主が尋ねる。
「はい、1年1組、空太刀咲と申します。」
「この教科書、そんなに面白かった?」
「はい」
2人は驚いたように顔を見合わせる。
「これさ、3年生用の鬼道の教科書なんだ。
普通、1学期の中間テストが終わった時季の1年生が読んでわかる内容じゃない」
「よくできるんだなぁ」
そんな風に褒められるのは初めてで、どう反応すればいいのか分からない。
おどおどとする姿に2人は首をかしげる。
「寮まで送るよ。
もう暗い」
白髪の生徒がそう言い、咲は目を見開く。
「なに、君を襲おうなんて考えてないから、そんなにびっくりしなくていいよ。
ボク、京楽春水。
こっちは浮竹十四郎」
学校に入る前に覚えた、貴族の名前の中にその二つがあったことにすぐに気付く。
「いいえ、それには及びません」
さっと頭を下げる。
ー いいですか、貴族の方とは付き合いに十分注意しなさい ー
教育係の言葉を思い出す。
(なるべく関わらないようにしないと……)
「なーに言ってんの。
かわいい女の子に一人夜道なんて歩かせられないよ」
その言葉に、また驚く。
(そうか……この方々はご存じないんだ)
「おい京楽、怖がらせてどうするんだ……。
気にするな、ほら行こう」
優しく微笑む浮竹。
でも。
(そんなことしていただいたら同じ学級の方がどう思われるか)
「いいえ。
本当にお気持ちだけで十分です。
それでは失礼いたします」
頭を下げて、2人の制止も聞かずに駆けだす。
(なんとしてでも、霊術院を卒業して)
浮かぶのは、憧れる美しい一人の女性。
休み時間に級友に殴られて痛む脇腹をさすりながら、寮へと急ぐ。
(護挺に入る。絶対に)
それ以外のことは考えない。
考えるべきじゃない。
咲は白くなるほど手を握りしめた。
自分を初めて人にしてくれた人が、認めてくれた才。
なんとしてでも、憧れのあの人の期待にこたえねばならない。
