セピア色のメモリー
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拓「……ッ!」
硬いざらついた壁に無抵抗でぶつけられ、拓斗は声にならない悲鳴を上げる。
真「おい、拓斗──!」
拓「あんたに話すことなんて、何もない」
その言葉は小さく、近くにいた真娑斗でさえ、聞き取れたかは定かではなかった。
しかし、その憎悪の目はおぞましく、怒りで破裂しそうだった真娑斗でさえ怯ませる力を持っていた。
それでも真娑斗は、引き下がるわけにはいかなかった。
一貴族の当主として、そして秋江の夫として、拓斗の親として。
真娑斗はもう一度殴るために、拓斗の腕をつかみ、こちらに引き寄せた。
抵抗する気のない拓斗の体は壁と離れ、ぐらりと揺れた。
そのとき真娑斗は、ある一点に釘づけになった。
真「拓斗、お前、それは──」
拓斗が体を預けていた壁に、うっすらと赤いものがついていた。
真娑斗ははっとして、拓斗の着ていた着物を開き、上半身をあらわにした。
そこには、手当をしてはあったものの、包帯の布越しに血が染み、決して軽くないものを思わせる傷がいくつもあった。
そして、背中には包帯が意味を成さないほどに赤く染まったもの──。
真娑斗は、驚きの顔で、拓斗を見た。
真「誰にやられた!ま、さか……」
拓「あの人は、俺のことよりも、貴族とやらの名誉が大切だってさ」
真娑斗を煽るような調子で拓斗が言った。
真娑斗はしばらく呆然としていたが、やがて全てを察し、張っていた糸が切れるように座り込んだ。
拓斗はそれを嘲笑うように見ている。
拓「──ねぇ、あんたはどうなのかな。どうせあんたも名誉の方が大事でしょ?とっとと俺を殺せば?どうなんだよ──」
突然温かさに包まれ、拓斗ははっとして、静かに口をつぐんだ。
真「そんな悲しいこと、言うなよ」
真娑斗は拓斗の背中を、傷に触れないように気をつけながら、優しく撫でた。
拓「──質問に、答えて、ほしい」
真娑斗の声を耳元で聞きながら、拓斗は消え入りそうな声で言った。
その声に、先程ほどの毒気はなかった。
真「俺は──俺が一番大事なのは、お前だよ、拓斗」
その返事に、拓斗の体はびくりと揺れた。
拓「嘘だ……!」
真「嘘じゃない。お前がいなければ、俺なんかに当主なんて務まらなかった。お前がいるから、俺はこの家をどうにかして護りたいんだ。──拓斗、聞け」
拓「……」
真娑斗は拓斗の肩をつかみ、しっかりとその目を見た。
真「今回のことは、お前だけじゃなくて、秋江にも、俺にも、責任はある。だが、これを公表してしまえば、こちらがどう言っても、お前だけが責められることになるだろう。俺はこんなところで、お前の将来を潰したくない。よって、今回のことは、単なる「事故」として処理する」
拓「そんな……!」
真娑斗の発言に、二人のやりとりを見ていた使用人たちからも、どよめきの声が上がった。
それを見て、真娑斗は一喝する。
真「この家の当主は俺だ!俺の判断に従え!」
途端に辺りが静まる。
厳しい目でそれを見届けてから、真娑斗は静かに拓斗に向き直る。
拓斗は呆然とした表情で、真娑斗を見ていた。
真娑斗は悲しそうに、微笑んだ。
真「いずれお前は、この家を背負う立場の人間になる。それまで俺は何も言わない。だから、お前が思うように生きろ。お前が名誉だ何だをクソだと思うなら、それで構わない。──だが、お前が我妻の当主になったとき。そのときに、もう一度考えてみてくれ。貴族とは何か。お前がすべきは何か。それでも考えが変わらないなら、お前の手で、この伝統を変えちまえばいい」
拓「──俺は、この家を、捨てるかも、しれないよ?」
真「そのときはそのときだ。拓斗、俺は、お前をこの家に縛り付けたいわけじゃない。少なくとも俺が当主でいる限りは、お前は何も考えなくていい。自由に、生きろ」
何か言いたそうにしている拓斗をよそに、真娑斗はすっと立ち、部屋を出て行った。
一人になり、拓斗は頭を垂れる。
小さな嗚咽だけが残った。
硬いざらついた壁に無抵抗でぶつけられ、拓斗は声にならない悲鳴を上げる。
真「おい、拓斗──!」
拓「あんたに話すことなんて、何もない」
その言葉は小さく、近くにいた真娑斗でさえ、聞き取れたかは定かではなかった。
しかし、その憎悪の目はおぞましく、怒りで破裂しそうだった真娑斗でさえ怯ませる力を持っていた。
それでも真娑斗は、引き下がるわけにはいかなかった。
一貴族の当主として、そして秋江の夫として、拓斗の親として。
真娑斗はもう一度殴るために、拓斗の腕をつかみ、こちらに引き寄せた。
抵抗する気のない拓斗の体は壁と離れ、ぐらりと揺れた。
そのとき真娑斗は、ある一点に釘づけになった。
真「拓斗、お前、それは──」
拓斗が体を預けていた壁に、うっすらと赤いものがついていた。
真娑斗ははっとして、拓斗の着ていた着物を開き、上半身をあらわにした。
そこには、手当をしてはあったものの、包帯の布越しに血が染み、決して軽くないものを思わせる傷がいくつもあった。
そして、背中には包帯が意味を成さないほどに赤く染まったもの──。
真娑斗は、驚きの顔で、拓斗を見た。
真「誰にやられた!ま、さか……」
拓「あの人は、俺のことよりも、貴族とやらの名誉が大切だってさ」
真娑斗を煽るような調子で拓斗が言った。
真娑斗はしばらく呆然としていたが、やがて全てを察し、張っていた糸が切れるように座り込んだ。
拓斗はそれを嘲笑うように見ている。
拓「──ねぇ、あんたはどうなのかな。どうせあんたも名誉の方が大事でしょ?とっとと俺を殺せば?どうなんだよ──」
突然温かさに包まれ、拓斗ははっとして、静かに口をつぐんだ。
真「そんな悲しいこと、言うなよ」
真娑斗は拓斗の背中を、傷に触れないように気をつけながら、優しく撫でた。
拓「──質問に、答えて、ほしい」
真娑斗の声を耳元で聞きながら、拓斗は消え入りそうな声で言った。
その声に、先程ほどの毒気はなかった。
真「俺は──俺が一番大事なのは、お前だよ、拓斗」
その返事に、拓斗の体はびくりと揺れた。
拓「嘘だ……!」
真「嘘じゃない。お前がいなければ、俺なんかに当主なんて務まらなかった。お前がいるから、俺はこの家をどうにかして護りたいんだ。──拓斗、聞け」
拓「……」
真娑斗は拓斗の肩をつかみ、しっかりとその目を見た。
真「今回のことは、お前だけじゃなくて、秋江にも、俺にも、責任はある。だが、これを公表してしまえば、こちらがどう言っても、お前だけが責められることになるだろう。俺はこんなところで、お前の将来を潰したくない。よって、今回のことは、単なる「事故」として処理する」
拓「そんな……!」
真娑斗の発言に、二人のやりとりを見ていた使用人たちからも、どよめきの声が上がった。
それを見て、真娑斗は一喝する。
真「この家の当主は俺だ!俺の判断に従え!」
途端に辺りが静まる。
厳しい目でそれを見届けてから、真娑斗は静かに拓斗に向き直る。
拓斗は呆然とした表情で、真娑斗を見ていた。
真娑斗は悲しそうに、微笑んだ。
真「いずれお前は、この家を背負う立場の人間になる。それまで俺は何も言わない。だから、お前が思うように生きろ。お前が名誉だ何だをクソだと思うなら、それで構わない。──だが、お前が我妻の当主になったとき。そのときに、もう一度考えてみてくれ。貴族とは何か。お前がすべきは何か。それでも考えが変わらないなら、お前の手で、この伝統を変えちまえばいい」
拓「──俺は、この家を、捨てるかも、しれないよ?」
真「そのときはそのときだ。拓斗、俺は、お前をこの家に縛り付けたいわけじゃない。少なくとも俺が当主でいる限りは、お前は何も考えなくていい。自由に、生きろ」
何か言いたそうにしている拓斗をよそに、真娑斗はすっと立ち、部屋を出て行った。
一人になり、拓斗は頭を垂れる。
小さな嗚咽だけが残った。