「奥方様、夕げの準備が整いましたが、どうかなさいましたか？」
惨劇が白昼のもとに晒されたのは、それからしばらく経った後だった。
「奥方様──？」
何度呼びかけても返事のないことを不審に思い、使用人が襖に手をかけた。
「開けますよ、奥方さ──」
言葉を失う使用人の目に、血まみれの部屋と、魂が抜けたように呆然としている拓斗の姿が映った。

首を掻っ切られ大量の血液と共に横たわる秋江。
程度はさまざまであれ、たくさんの傷を負い、朦朧としている拓斗。
我妻家において、青天の霹靂だった。
しかし、当主である真娑斗の耳に入ってから、事態の収集は早かった。


「何と……！」
真娑斗と共に外に出ていた文月は、あまりの報告に、ただ目を見開くことしかできなかった。
真「文月、すぐに屋敷に帰るぞ」
緊迫した真娑斗の声色に、文月はすぐに頷いた。
馬を走らせながら、文月は考えていた。
拓斗様と奥方様の間で何かトラブルがあり、このよう結果になってしまったのなら、それは自分のせいなのではないか、と。
不安定な状態と知りつつ、二人が衝突するような出来事のきっかけを作ったのは、紛れもない自分だろう。
文月のこめかみを、冷たい汗が滑り落ちた。
拓斗様──


屋敷に着いた二人がまず目にしたものは、真っ白な布で覆われた、秋江の亡骸だった。
真娑斗は息をのむと、それに静かに歩み寄った。
寄り添うように、腰を下ろす。
そして、労わるようにゆっくり、ゆっくりと、顔にかけられた布を捲った。
強く奥歯を噛みしめる。
真「一体、どうして、こんな」
震える手で布を戻すと、力強く立ち上がった。
真「おい、拓斗はどこだ」
威圧的な声に、使用人の一人が震えながらも指をさす。
その先に目を向けると、真娑斗は重い足音を鳴らしながら、閉じられた部屋の前に行った。
「ひっ……」
障子の前で見張っていたらしい使用人が、小さく悲鳴を上げて道を開けた。
真娑斗はそんなことには目もくれずに、障子を勢いよく開けた。
拓「……」
こちらを向いているものの視線を宙に泳がせている、拓斗の姿が目に入り、真娑斗は何も考える暇もなく、力いっぱいに拓斗を殴りつけた。
拓斗は力なく、畳に倒れた。
真「拓斗！お前は、自分のしたことが、分かっているのか！」
威厳のある声で、真娑斗は激しく怒鳴りつける。
そんな状況で拓斗は、殴られ、血の出ている口角を、気だるげに手の甲で拭う。
真「何か言ってみろ！拓斗」
真娑斗は拓斗の襟元を掴み、脅すように力を入れて持ち上げる。
拓斗はぐったりとして、抵抗しようとしない。
そんな態度に憤怒する真娑斗は、そのまま拓斗を投げつけた。