セピア色のメモリー
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あれから何日が経ったのだろう。
俺は、縁側に腰かけ、太陽と月が入れ替わるのをただひたすら眺めているだけ。
何も考えていない。何もしていない。
ただ、座って、時間が経つのを傍観している。
王属特務の隊舎に行くことは母様に禁じられてしまった。
その理由はいつものあれだ。
亜莉亜が嫌いだからだ。
彼女が消えた今、俺をなるべく彼女という存在から切り離そうとして、この牢屋のような家に閉じ込めているのだ。
「拓斗様……」
か細い声で呼ばれた。
声の主なんて見ずとも分かる。
拓「文月、何?」
呼びかければ、着物が擦れる音がかすかに聞こえた。
文「拓斗様、あまりお気に病まれぬよう」
心配そうな声。
母様はこんな風に俺を心配することなんてない。
心配するとすれば、貴族の名と誇りのことだけだ。
文「恐れながら、奥様とよくお話しをすべきでは──」
拓「そんなの無駄に決まってる!」
強い言い方をしてしまい、はっとして息をつく。
拓「ごめん……」
幾らか萎んでしまったかのように小さく細い背を見て、文月は語りかける。
文「拓斗様、あなたは今年でお幾つになられますか。拓斗様が初めに亜莉亜様を奥様にお見せしたのは、お幾つのときでしたか。それから比べれば、随分ご立派に成長されたものと存じております。しかし、拓斗様と奥様の関係といえば、見ているこちらの方が辛くなるようにぎくしゃくされております。このような関係を、いつまで続けるおつもりでしょうか。」
拓斗からの返事はない。
文「奥様だって、もうお分かりのはずです。拓斗様は、もうただの幼い子供ではないと。そう分かりながらも、手塩にかけて育てた子供がご自分の元を離れることが、認められないのです。私は、拓斗様が奥方と正面からお話しなさることで、奥様も拓斗様のご成長を認め、ご自分の手から旅立つことを、認めてくださるのではないかと考えております。」
文月は、噛みしめるように静かに語った。
しばらくの静寂。
拓斗は、灰色の景色を眺めたまま、目を伏せた。
文「拓……」
拓斗様と呼びかけようとした文月の目に、拓斗の憔悴しきった目が映る。
拓「君は本当に、そう思うの?」
文月は、しっかりと頷いた。
拓「母様は、俺の話をちゃんと、聞いてくれるだろうか」
文「勿論でございます。奥様も、拓斗様が立派に成長なさっていることを実感してくださるはずでございます。」
拓斗は、少し考えるそぶりをして、重たい息を吐き出すと、言った。
「母様と話をする」と。
拓斗の部屋を出てからしばらく。
廊下から見える空はもう暗い。
文月は、我妻家の現当主である真娑斗に呼び出されていた。
いつもは飄々としている真娑斗が、珍しく真面目な顔をしている。
真「文月、わざわざ悪いな。」
文月はいいえと首を振る。
真「実は、ある接待に同行してほしいんだ。」
文「接待、でしょうか。」
文月は驚く。
今まで、そのような場に真娑斗と共に出席したことなど一度もないのだ。
そもそも、接待など、何をしたらよいのかさっぱりである。
文「旦那様。お言葉ですが、私のような者が、そのような──」
真「お前だからこそ頼むんだ、文月。」
真娑斗は文月の目をしっかりと覗き込んで言った。
真「あまり表立って言える話じゃないんだが、重要な話だ。だがそれ故に危険があるとふんでいる。信用ができて武術にも長けた者を連れていきたいと思ってな。」
部屋に明かりを灯す蝋燭が揺れ、二人の影がわずかにゆらぐ。
真「いいだろ?たまには拓斗だけじゃなくて、俺の面倒も見てくれよ。」
冗談めかして真娑斗は笑う。
つられて文月もほほ笑むが、ふと真面目な顔に戻る。
文「しかし、私がお屋敷を離れるならば、拓斗様の方はいかがなさいましょう。ご存知かもしれませんが、拓斗様は今、非常に不安定な状態で。」
真「分かっている。代わりの者は用意しておこう。これで安心か?」
しっかりと頷いた真娑斗を見て、文月は肩の力を抜いた。
文「この文月、旦那様のお力になれるよう精一杯お勤めいたしましょう。」
真娑斗との話を終えた文月は、再び暗い廊下を進む。
手に持つ小さな明かりが、ふと消えた。
俺は、縁側に腰かけ、太陽と月が入れ替わるのをただひたすら眺めているだけ。
何も考えていない。何もしていない。
ただ、座って、時間が経つのを傍観している。
王属特務の隊舎に行くことは母様に禁じられてしまった。
その理由はいつものあれだ。
亜莉亜が嫌いだからだ。
彼女が消えた今、俺をなるべく彼女という存在から切り離そうとして、この牢屋のような家に閉じ込めているのだ。
「拓斗様……」
か細い声で呼ばれた。
声の主なんて見ずとも分かる。
拓「文月、何?」
呼びかければ、着物が擦れる音がかすかに聞こえた。
文「拓斗様、あまりお気に病まれぬよう」
心配そうな声。
母様はこんな風に俺を心配することなんてない。
心配するとすれば、貴族の名と誇りのことだけだ。
文「恐れながら、奥様とよくお話しをすべきでは──」
拓「そんなの無駄に決まってる!」
強い言い方をしてしまい、はっとして息をつく。
拓「ごめん……」
幾らか萎んでしまったかのように小さく細い背を見て、文月は語りかける。
文「拓斗様、あなたは今年でお幾つになられますか。拓斗様が初めに亜莉亜様を奥様にお見せしたのは、お幾つのときでしたか。それから比べれば、随分ご立派に成長されたものと存じております。しかし、拓斗様と奥様の関係といえば、見ているこちらの方が辛くなるようにぎくしゃくされております。このような関係を、いつまで続けるおつもりでしょうか。」
拓斗からの返事はない。
文「奥様だって、もうお分かりのはずです。拓斗様は、もうただの幼い子供ではないと。そう分かりながらも、手塩にかけて育てた子供がご自分の元を離れることが、認められないのです。私は、拓斗様が奥方と正面からお話しなさることで、奥様も拓斗様のご成長を認め、ご自分の手から旅立つことを、認めてくださるのではないかと考えております。」
文月は、噛みしめるように静かに語った。
しばらくの静寂。
拓斗は、灰色の景色を眺めたまま、目を伏せた。
文「拓……」
拓斗様と呼びかけようとした文月の目に、拓斗の憔悴しきった目が映る。
拓「君は本当に、そう思うの?」
文月は、しっかりと頷いた。
拓「母様は、俺の話をちゃんと、聞いてくれるだろうか」
文「勿論でございます。奥様も、拓斗様が立派に成長なさっていることを実感してくださるはずでございます。」
拓斗は、少し考えるそぶりをして、重たい息を吐き出すと、言った。
「母様と話をする」と。
拓斗の部屋を出てからしばらく。
廊下から見える空はもう暗い。
文月は、我妻家の現当主である真娑斗に呼び出されていた。
いつもは飄々としている真娑斗が、珍しく真面目な顔をしている。
真「文月、わざわざ悪いな。」
文月はいいえと首を振る。
真「実は、ある接待に同行してほしいんだ。」
文「接待、でしょうか。」
文月は驚く。
今まで、そのような場に真娑斗と共に出席したことなど一度もないのだ。
そもそも、接待など、何をしたらよいのかさっぱりである。
文「旦那様。お言葉ですが、私のような者が、そのような──」
真「お前だからこそ頼むんだ、文月。」
真娑斗は文月の目をしっかりと覗き込んで言った。
真「あまり表立って言える話じゃないんだが、重要な話だ。だがそれ故に危険があるとふんでいる。信用ができて武術にも長けた者を連れていきたいと思ってな。」
部屋に明かりを灯す蝋燭が揺れ、二人の影がわずかにゆらぐ。
真「いいだろ?たまには拓斗だけじゃなくて、俺の面倒も見てくれよ。」
冗談めかして真娑斗は笑う。
つられて文月もほほ笑むが、ふと真面目な顔に戻る。
文「しかし、私がお屋敷を離れるならば、拓斗様の方はいかがなさいましょう。ご存知かもしれませんが、拓斗様は今、非常に不安定な状態で。」
真「分かっている。代わりの者は用意しておこう。これで安心か?」
しっかりと頷いた真娑斗を見て、文月は肩の力を抜いた。
文「この文月、旦那様のお力になれるよう精一杯お勤めいたしましょう。」
真娑斗との話を終えた文月は、再び暗い廊下を進む。
手に持つ小さな明かりが、ふと消えた。