セピア色のメモリー
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男は風兎(カザト)と名乗った。
それが名字なのか名前なのかはともかく、どこから来たのか、ここで何をしているのか、一切教えようとしなかった。
師匠と弟子の関係に、呼び名以外の情報はいらねえだろ。そう男は言った。
亜莉亜もそれで納得していた。
しかし風兎は強かった。
並外れて強いのだ。
死神であったなら、席官どころではなく、苦もなく隊長格まで上り詰めるだろう。
しかし風兎は死覇装を来ておらず、虚園を出る気配もなかった。
このような人物が、このような辺境の地で、いったい何を?
尋ねたところでこの人は答えないだろう。
そう考え直して口をつぐむ。
ヒュッ……
闇鬼が風を切り、切っ先が地面に触れる。
亜莉亜は息をつき、顔を上げた。
『風兎さん、終わりました。』
岩陰から風兎が顔を出す。
相変わらず無造作にまとめられた黒髪が、あちこち跳ねている。
風「何だ、その不満そうな顔はよ……」
風兎が顔をしかめる。
『今まで何年も、何度も、素振りはやってきました。このような修行で、強くなれるのですか。』
風「ったく、生意気な野郎だな。俺の言うことが信用できないってか?」
『しかし──』
風「心配すんな。師匠の役目ってのは弟子を立派に鍛えることだろう?悪いようにはしねぇよ。」
そう言って、風兎は亜莉亜の顔を覗き込んだ。
風「あと、俺のことは師匠って呼べ!!分かったか?」
亜莉亜は風兎に気づかれないように小さなため息をついた。
『分かりました、師匠』
その言葉に、風兎は心なしか顔を弛ませた。
風「じゃあ早速、弟子であるお前に、有り難い指導をしてやろう!」
風兎と亜莉亜、二つの影が対峙する。
風「素振りをしながら、何を考えていたか俺に言え。」
亜莉亜ははっとする。
何度も何度も行ってきたことではあるが、素振りとは本当に退屈なものだ。
何を考えていたかと問われても、答えることができない。
今までずっと、ただぼうっとして、何も考えず素振りを行っていた。
きっとそれが良くないと責められるのだろう、そう頭の中によぎった。
『……何も考えていませんでした。』
しかし、風兎の反応は亜莉亜の予想を裏切るものだった。
風「よし、それでいいんだ。素振りなんか退屈なものをやって、難しい考え事なんてしねぇだろ?常にそんときの顔で戦え。」
『えっ……?』
風「単刀直入に言うが、あんたは戦いの中で、表情を動かしすぎだ。感情豊かなのは良いことだが、そんなに顔に出されてちゃ、次にどんな攻撃がくるか簡単に読めちまう。そんなんじゃ、いくら強くても意味がない。」
『でも!』
戦闘となれば、多少なりとも感情は揺れる。
敵に打撃を与えることができれば気分は高揚し、こちらが不利なら焦りは生じる。
風「ほらまた。いけないな──」
風兎の声に、亜莉亜は意識を自身に戻す。
風「感情がだだ漏れじゃないか」
『……。』
亜莉亜は俯く。
風「今のは、俺の師匠の言葉だ。」
懐かしげに目を細め、風兎は口を開く。
風「俺の師匠は、それはもう強く、そして立派な人だった。刀を握らせれば、その辺に勝てるヤツなんかいねぇ。稽古なんて、もう厳しいのなんの」
風兎は、岩に腰かけて、続ける。
風「でもな、稽古が終わればとたんに優しい当主様よ。俺が丁度修業しているときに、師匠には娘が生まれたんだ。奥方も綺麗な人だったんだが、またその娘もちっこくて愛らしくてよ。」
そこまで言うと、風兎は口を閉ざし、亜莉亜に目を向けた。
亜莉亜は不思議そうに風兎を見ている。
風「悪ぃ、話が逸れちまったな」
亜莉亜はいいえと首をふる。
風「もう師匠はこの世にはいないんだ。けど、最期まで、本当に凄い人だった。その師匠の有り難え言葉なんだ。俺も感情の出やすいやつだったから、いつもそう言われてきた。今でもそうだ。感情が溢れそうになったときは、その言葉を思い出す。──お前も、胸に刻んどけ。」
『……分かりました。』
風兎は満足そうに微笑むと、ゆるりと立ち上がった。
風「さあ、強くなりてぇんだろ?休んでないで打ち合いするぞ。」
『はい!』
亜莉亜は闇鬼を構え、真っすぐに風兎に向き合う。
何もない虚圏に、刀がぶつかり弾ける音が響く。
どこまでも、遠く、儚く、空しく。
それが名字なのか名前なのかはともかく、どこから来たのか、ここで何をしているのか、一切教えようとしなかった。
師匠と弟子の関係に、呼び名以外の情報はいらねえだろ。そう男は言った。
亜莉亜もそれで納得していた。
しかし風兎は強かった。
並外れて強いのだ。
死神であったなら、席官どころではなく、苦もなく隊長格まで上り詰めるだろう。
しかし風兎は死覇装を来ておらず、虚園を出る気配もなかった。
このような人物が、このような辺境の地で、いったい何を?
尋ねたところでこの人は答えないだろう。
そう考え直して口をつぐむ。
ヒュッ……
闇鬼が風を切り、切っ先が地面に触れる。
亜莉亜は息をつき、顔を上げた。
『風兎さん、終わりました。』
岩陰から風兎が顔を出す。
相変わらず無造作にまとめられた黒髪が、あちこち跳ねている。
風「何だ、その不満そうな顔はよ……」
風兎が顔をしかめる。
『今まで何年も、何度も、素振りはやってきました。このような修行で、強くなれるのですか。』
風「ったく、生意気な野郎だな。俺の言うことが信用できないってか?」
『しかし──』
風「心配すんな。師匠の役目ってのは弟子を立派に鍛えることだろう?悪いようにはしねぇよ。」
そう言って、風兎は亜莉亜の顔を覗き込んだ。
風「あと、俺のことは師匠って呼べ!!分かったか?」
亜莉亜は風兎に気づかれないように小さなため息をついた。
『分かりました、師匠』
その言葉に、風兎は心なしか顔を弛ませた。
風「じゃあ早速、弟子であるお前に、有り難い指導をしてやろう!」
風兎と亜莉亜、二つの影が対峙する。
風「素振りをしながら、何を考えていたか俺に言え。」
亜莉亜ははっとする。
何度も何度も行ってきたことではあるが、素振りとは本当に退屈なものだ。
何を考えていたかと問われても、答えることができない。
今までずっと、ただぼうっとして、何も考えず素振りを行っていた。
きっとそれが良くないと責められるのだろう、そう頭の中によぎった。
『……何も考えていませんでした。』
しかし、風兎の反応は亜莉亜の予想を裏切るものだった。
風「よし、それでいいんだ。素振りなんか退屈なものをやって、難しい考え事なんてしねぇだろ?常にそんときの顔で戦え。」
『えっ……?』
風「単刀直入に言うが、あんたは戦いの中で、表情を動かしすぎだ。感情豊かなのは良いことだが、そんなに顔に出されてちゃ、次にどんな攻撃がくるか簡単に読めちまう。そんなんじゃ、いくら強くても意味がない。」
『でも!』
戦闘となれば、多少なりとも感情は揺れる。
敵に打撃を与えることができれば気分は高揚し、こちらが不利なら焦りは生じる。
風「ほらまた。いけないな──」
風兎の声に、亜莉亜は意識を自身に戻す。
風「感情がだだ漏れじゃないか」
『……。』
亜莉亜は俯く。
風「今のは、俺の師匠の言葉だ。」
懐かしげに目を細め、風兎は口を開く。
風「俺の師匠は、それはもう強く、そして立派な人だった。刀を握らせれば、その辺に勝てるヤツなんかいねぇ。稽古なんて、もう厳しいのなんの」
風兎は、岩に腰かけて、続ける。
風「でもな、稽古が終わればとたんに優しい当主様よ。俺が丁度修業しているときに、師匠には娘が生まれたんだ。奥方も綺麗な人だったんだが、またその娘もちっこくて愛らしくてよ。」
そこまで言うと、風兎は口を閉ざし、亜莉亜に目を向けた。
亜莉亜は不思議そうに風兎を見ている。
風「悪ぃ、話が逸れちまったな」
亜莉亜はいいえと首をふる。
風「もう師匠はこの世にはいないんだ。けど、最期まで、本当に凄い人だった。その師匠の有り難え言葉なんだ。俺も感情の出やすいやつだったから、いつもそう言われてきた。今でもそうだ。感情が溢れそうになったときは、その言葉を思い出す。──お前も、胸に刻んどけ。」
『……分かりました。』
風兎は満足そうに微笑むと、ゆるりと立ち上がった。
風「さあ、強くなりてぇんだろ?休んでないで打ち合いするぞ。」
『はい!』
亜莉亜は闇鬼を構え、真っすぐに風兎に向き合う。
何もない虚圏に、刀がぶつかり弾ける音が響く。
どこまでも、遠く、儚く、空しく。