「来いよ。」
男が斬魄刀を肩にかける。
刃がキラリと光り、亜莉亜は目を細めた。
空気が変わる。
相手との距離は十分にあるはずなのに、何故か足がすくんで動けない。
今までなら、挑発されればすぐに相手の領域に飛び込んでいたのに。
額から一筋、冷たい汗が滑り落ちる。
「何だ、怖気づいてんのか？早く来いよ。」
戸惑う亜莉亜を男は嘲笑する。
『……ッ！』
それを受けて、亜莉亜は意を決して地を蹴る。
甲高い衝撃音と対照的に、亜莉亜の斬魄刀は簡単に受け流されてしまう。
「へぇ。」
そう呟いた男の姿が消える。
──瞬歩だ。それなら！
私だって、今までのんびりと生きてきたわけではない。
だから、男の行動が、経験から予想できる。
次で勝負をつけられるかもしれない。
亜莉亜は瞬歩で男が移動したであろう場所の背後に向かう。
すぐにでも攻撃できるよう、闇鬼を振り上げながら──
しかし、亜莉亜の予想通りにはならなかった。
「へぇ、あんたって、本当に根っからのバカなんだな。」
亜莉亜のすぐ鼻の先に、男の人差し指があった。
男は刀を持つ手を下ろし、亜莉亜をからかうように指を差していた。
『どうして』
「何だ、ご不満そうだな。教えてやろうか？何であんたの思い通りにならなかったのか。」
亜莉亜は悔しそうに目を伏せて、斬魄刀を静かに下ろした。
「顔に書いてあんだよ。次は背後を狙おうかなぁーって。」
男はそう言うと、亜莉亜に向けた人差し指をくるくると回し、亜莉亜の顔を見ながら、盛大に吹き出した。
「確かに、あんたは弱くはねぇよ。けど、阿呆っ面で馬鹿力振り回してたってな──。」
片手で斬魄刀を鞘に直し、男はそれをちらりと見た。
途端に刀の姿がぼやけ、だんだんとそれが空気に溶けて消えていく。
「そろそろ俺に指導してほしくなったろ。」
『……。』
亜莉亜は口を開こうとしない。
そんな様子を見て、男は指差していた手を裏返し、手のひらを上に向け、そして亜莉亜に差し出した。
「強くなりたいんだろ？なら、俺を頼った方が確実だぜ。」
強くなりたい。
その言葉に、亜莉亜は敏感に反応する。
顔を上げたその目に、もう迷いは無かった。
『よろしく、お願いします。』
しっかりと男の手を握る。
「おうよ。」
温かく男が笑い、亜莉亜の表情からも強張りが解ける。
「強化については安心しろ。けど──どうなっても知らねえからな。」
『私は、強くなれさえすれば、他の物はいらない。』
亜莉亜が平然と言えば、男は少し驚いた顔をして、それから少し寂しそうに目をそらした。
その表情に、亜莉亜は気付いていなかった。