握った斬魄刀から光が発せられ、それが細長く散った。
一瞬のうちに光は消え、亜莉亜の手の中に残ったものは──真っ白な柄がスラリと伸びた、美しい装飾の”槍”だった。
「何……！？」
偽物から動揺の声が上がる。
亜莉亜は一瞥し、ほんのり口角を上げると、槍の柄でトンと地面を打った。
それは喧騒を塗り替えるような、よく響く不思議な音だった。
『あぁ──なるほど』
ほろりと漏れた声に、偽物がびくりと肩を震わせる。
『こういうのは初めてだから、うまく扱えるか分からないが、悪くないな』
感触を確かめるように柄をなぞれば、刃先まで純白な槍が月明かりを受け、ひやりと煌めく。
亜莉亜は警戒している様子の偽物に視線を移した。
『お前のしたことは到底許せるものではない。──しかし、私という存在がある故にお前が生まれてしまい、罪を犯した』
「よく分かってるじゃないか！私はお前！お前が少なからず思っていることを、私が実行しているだけのこと！」
『──』
偽物が空色の髪を振り乱しながら、亜莉亜を睨みつける。
「良い子ぶってるみたいだがな、お前の本性なんだよ、これが！」
『──だとしたら、尚更のこと。私が責任を持って、お前を裁き、殺す』
亜莉亜は霊圧制御装置でもある指輪に触れると、するりと抜き取った。
ぶわりと膨れ上がる霊圧に、荒れ狂う風。
しかしそれは、恐ろしいものではなく、どこか清々しい、清明なものだった。
いつの間にかほどかれた変装のための黒髪は、風に乗って広がり、根本から本来の色に塗り替えられてゆく。
全くの鏡写しのような、二人が向き合った。
一人の手には黒刀。
一人の手には白槍。
亜莉亜が槍を構えると、苛立った様子の偽物が飛びかかった。
「ごちゃごちゃ五月蝿いんだよ！お前を殺して、全ての死神も、魂魄も、殺す！いらない！私も認めない全ては、いらない──！！」
卍解状態の闇鬼を携えた偽物の動きは、亜莉亜の目にも完璧には映らない。
──だが、勝つ。あいつを野放しにはできない。
鋭い視線が、冷静に獲物を追う。
キィンッ──
刃と刃が激しくぶつかり合う度、小さな火花が舞った。
耳障りな音は、何度も何度も、夜の静寂を駆けた。
外の死神たちは、それを見ながら祈ることしかできない。
亜莉亜は余裕の表情で白刑を軽々と振り回すと、偽物の攻撃をかわし、間髪入れずに攻める。
「〜〜ッ！」
喉元を掠めた槍先に、偽物が顔を歪め、僅かに後退させられた。
亜莉亜は次の攻撃を仕掛けるべく、体勢を整えるが、ふと見知った霊圧が近付いてきたことに気付いて、動きを止めた。
『お前の主が到着したようだな』
「何…！？」
亜莉亜が指先を向けると、二人を囲む断罪の一部が消失し、何かが飛び込んできた。
ドサッ！
鈍い音と共に投げ捨てられた、薄汚れた白衣の男が呻いている。
「はぁ、連れて…きたの、です…っ！」
ピンクの頭が亜莉亜の前に立つ。
そして息を整えると顔を上げ、にこりと微笑んだ。
『ご苦労だったな、瑚絽音。あと、七緒も。ありがとう』
七「見つけるのに少し手間取りました。申し訳ございません……」
瑚「重かったのです……」
『助かった。あとは下がっていてくれ』
亜莉亜は二人に微笑みかけると、そう促し、断空を元のとおりに閉じた。
「なんッ、で……ここに……！！」
偽物が信じられないといった様子で、転がる男に動揺している。
『これがお前たちの言う、教主様、だな？』
「だから何だ！人質にでもする──」
『いや、そんな価値はないだろう』
亜莉亜は腰を落とし、男の白衣の襟を掴むと、無理やり顔を上げさせた。
男「お…オリジナル、か…？私をどうすると言うんだ！」
『大層なものを作っていたようだが、当の本人は、ほんの小物だな』
がっかりだと亜莉亜は声を落とす。
『もう大体のことは予想がついている。お前なんかに喋らせなくても』
その言葉に、解放してもらえるのかと男の表情が明るくなる。
『その上で聞いておいてやろう。──お前の雇い主は、誰 だ ？』
じわりと重くなった空気に、男がヒッと息を飲む。
そしてブルブルと首を振って必死に答えた。
男「い、言えない！」