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「ほんで、どうしはるんです?」
あたしは筆を動かしながら言った。
「何の話だ」
何の話かよく分かっているらしく、甚だ不機嫌そうな口調で返してくる。
ほんま、分かりやすい。
「縁談の話に決まってるやないですか」
「それならさっき言っただろう、【何が悲しくて商人の娘を嫁に貰わなきゃならねぇんだ】ってよ」
「ええやないですか商人!江戸時代が終わったら、それこそ商人の時代到来ですよ?
早いとこ鞍替えして地盤固めといたほうがええんとちゃいますぅ?」
「その【江戸時代】とやらは、まだまだ終わらねぇんじゃねぇのか、お前ぇの話だと」
「そうですけど、あたしがこっちに来たことで、何かが変わったかもしれへんでしょ?」
チラリと背後を盗み見ると、土方さんは行李の上で書状の下書きをしている。
(ふふん、立場逆転してるやん)
そもそも、その行李はあたしが手習いに使っていたものなのに。
「とにかく、徳川慶喜に代わったら、さっさと武士なんかやめて、とっとと田舎帰らはった方が賢明ですよ。
お家、大っきい農家さんなんでしょ?」
土方さんは、もくもくと筆を動かしている。
「大っきい農家さんとか最高やないですか。あたしがお嫁に行きたいくらいです」
不意に土方さんが顔を上げた。
「俺の女房になりてぇのか」
「は?」
「お前ぇ、今そう言ったじゃねぇか」
「言うてませんけど」
「そーかそーか、そりゃ気付かなくて悪かったな」
また手元に目を落とす。