近藤 沖田 オトナになりたい
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「勲お兄ちゃーん、総悟ー!差し入れ持ってきたよー!」
名前は皆と混じって稽古をすることは無くなった。その代わり、時々こうやって差し入れを持って来るようになった。名前が差し入れを持ってくると皆稽古を一時中断し、やいのやいのと縁側に集まるのだ。
「おー、名前!いつもありがとな!」
「なんと今日はねー、おにぎり!」
「『今日は』じゃねぇだろ、『今日も』だろィ。」「うるさいなー。たくさん作るとなると、おにぎりが1番なの!あ、勲お兄ちゃんにはコレね!」名前はドン!と顔ほどの大きさのおにぎりを近藤に渡した。
「がっはっは!毎度の事ながらデッケェなあ!こんなデッケェにぎりが握れるなんて名前はすごいな!総悟もそう思うだろ?」
「エエ、ソウデスネィ。マッタク、コンドウサンガウラヤマシイヤ。」俺はこっちで充分、と沖田がおにぎりに手を伸ばした時、名前が声をかけた。
「あ、待って総悟。今日は総悟にもあるんだよー。」ハイ、と一つおにぎりを差し出す。
「・・・?なんでィ。普通のおにぎりじゃねーか。」
「なんと鮭が入ってます!他のはお塩だけ。」
「へェー。」自分に、自分だけに特別に作ってくれたのだと思うと自然と頬が緩んだ。(なんでィ、カワイイことするじゃねーか。)いただきやす、と一口。
「・・・!!!酸っぺェ!テメエ!梅干しじゃねーか!!」
沖田が騙されたことに気づいた時には、名前はすでに門のところまで避難していた。
「やーい!騙されたー!」
「梅干しは疲れた時に良いんだってー!稽古頑張ってねー!」
お盆は返しに来てねー!と言い残し、名前は走って帰って行った。
「ったく、何なんでィ。ムカつくヤツでさァ。」
「がっはっは!何言ってるんだ総悟。可愛いイタズラじゃないか。名前もキレイなお嬢さんになったが、いたずらっ子な部分は変わらないなあ。」
近藤は先程まで名前がいた門の方を愛おしそうに見つめた。・・・その瞳に、名前はどう映っているのだろうか。「こりゃあ稽古の続き頑張らないとな!」近藤は沖田の背中をバシバシと叩いて、稽古場に向かって行った。
(近藤さん、やめてくだせェよ。アンタ相手じゃ俺は…)
※
「名前、頭になんかついてるぜ。」
「なんかって何よ、どう見ても髪飾りでしょ。」
ある日の稽古終わり、沖田は名前の頭に髪飾りが付いていることに気が付いた。名前の少し色素の薄い艶やかな髪に良く似合う淡いピンク色をした髪飾りだ。
「そう、髪飾り。一体どうしたんで?」今までそんなもの付けたこと無かったのに、と沖田が疑問に思って聞くと、名前は頬をポッと紅く染め照れくさそうに答えた。「じ、実はね、勲お兄ちゃんにもらったの。なんかね、前、皆で街に行ったじゃない?その時、私に似合いそうだなって思ってコッソリ買ってくれてたんだって。」これって脈アリってやつじゃない!?と顔を両手で抑えながらジタバタする名前。
(近藤さん、アンタ、やっぱり…。)
沖田の目の前が真っ暗になる。頭を鈍器で殴られたかのような衝撃、息が、苦しい。ミツバも近藤も自分ではなく土方のことばかり、せめて名前だけは自分を想って欲しい、その一心だった。まだ、言うつもりではなかったことを言ってしまった。
「それは…餞別ってヤツですぜ。」
「・・・は?どういうこと?」名前は先程とは打って変わって、目を細めて自分を睨んでいる。
「そのままの意味でさァ、俺は…俺たちは…」
『江戸に行く。』そう言うやいなや名前は近藤の元へ走っていった。
「おい、待て!まだ、」
(・・・あーあ、行っちまった。まだ話があるってのに。)近藤には、名前には折を見て自分から話す、と言われていた。名前を置いて行くつもりだからだ。皆で話し合って決めたことだ。それに、名前まで連れて行ってしまうと、本当にミツバが一人になってしまう。
沖田は、袴からハチミツ色のとんぼ玉がついた簪を取り出した。
「渡しそびれちまったなァ、せっかく姉上から金借りたってのに…。あーあ…。こんなもん、もう要らねェや。」簪を持つ手に一粒雫がこぼれた。
(こんなもん…!!)簪を持つ手を大きく振りかぶり、止めた。投げ捨てることなど出来なかった。
「・・・姉上にあげよう。きっと姉上にもよく似合いまさァ。」
(名前は今ごろ近藤さんに直談判ですかねィ。ま、近藤さんが許すわきゃねーか。)
※
近藤は稽古場にいた。他にも何人か残って談笑している。
「勲お兄ちゃん!!」
「お、どうした名前。」
名前は周りの人には目もくれず近藤に近づく。
「・・・総悟から聞いた。」何を、とは言わなかったが、名前の剣幕から察した近藤は、「そうか。」と一言だけ言った。
「私も行く。」「駄目だ。」
いつもの優しい声ではない、その厳しい声や眼差しから、近藤は本当に自分を連れていくつもりはないのだと察したが、引き下がるわけにはいかなかった。
「・・・!!なんで!」
「危険だからだ。」
近藤も譲らない。危険が伴うと分かっている場所に名前を連れては行けないのだ。こればかりは、いくら名前の頼みでも聞く訳にはいかない。
「・・・何それ。そんなに危険なら皆も行かないでよ。私一人だけ置いていかないで。私だって、皆と、勲お兄ちゃんと一緒に行きたいよ!」
「・・・すまない、名前。お前を連れては行けない。」
「なんで?稽古に来なくなったから?」
「そうじゃない。」
「ならどうして?・・・私は、足手まといなの?」
「・・・そうだ。」名前は涙ながらに訴えたが、近藤も心を鬼にして答えた。本当は、足手まといなどとは思っていない。名前の身を危険に晒して傷付いて欲しくないのだ。幼い頃から自分を兄と慕ってくれる、目に入れても痛くない可愛い存在の名前に。
「俺はもちろん、ここに居るヤツらは全員、お前を守るためならいくらでも我が身を犠牲にするぞ。お前は、ここのヤツらが自分のために傷付くのに耐えられるのか?」
近藤の言葉が名前に重くのしかかり、名前の目から涙が零れる。それを見た近藤の胸もズキリと痛んだ。(すまんな、名前。俺のことは恨んでも構わない。お前がここで平穏に暮らせるなら、安いもんだ…!)
「・・・分かった。勲お兄ちゃんがそこまで言うなら。」
「・・・!分かってくれたか、ありがとな、名前。」
「うん。けど、私にもチャンスが欲しい。」
「チャンス…?」
「そう。足手まといじゃないって事を証明する。総悟と勝負させて。」私は本気よ、と言った名前に近藤は少し悩んだが、頷いた。名前が総悟に勝てるはずがない、これで諦めてくれるだろう、そう思ったからだ。
「ありがとう、勲お兄ちゃん。総悟呼んでくる。」「え。い、今から!?」近藤の驚いた声が稽古場に響いた。
※
(なんでィ、やっぱりデケェじゃねーか。)自分が貸した道着を着た名前を見て沖田はそう思った。名前が着物じゃ試合は出来ないと言うのでしぶしぶ貸したのだ。沖田の道着を着た名前の手はほとんど隠れており、足の裾も床にズっている。明らかにサイズが合っておらず、動きずらそうにしている。
「なーにが『10cmも変わらないから大丈夫』でィ。ブカブカじゃねーか。」
「・・・平気よ、これくらい。問題ないわ。」
「お前も意固地だねィ。負けた時の言い訳にすんじゃねーぞ。」
「総悟こそ、負けた時の言い訳考えときなさいよ。」
(・・・お前が俺に勝てるはずねーだろ。本当に付いて来たいなら、俺に勝負を挑むんじゃなく、近藤さんを泣き落とした方が確率が高いってもんでィ。ホント、なん考えてんだか分かんねえヤツでさァ。)自分に勝てるつもりでいる名前に半ば呆れる沖田。沖田と名前が試合をすると聞いて、道場に残っていた面々も試合を一目見ようとギャラリーに回っている。そんな中、近藤が試合を始めるため、口を開いた。
「ごほん。では、試合を始める。」
沖田と名前は間合いを取り、向かい合う。
「名前と総悟による一本勝負、審判は俺が行う。二人とも、問題ないな?」
「ええ。」「問題ありやせん。」
「よし。では、二人とも構え。」
同時に構える二人。
「・・・最初に言っとくが、手加減しねェぞ。」
「・・・総悟が私に手加減してくれた事があったっけ?」
「始め!」
近藤の合図と共に動いたのは沖田だった。
《バシィッ!》
「ぐっ…!!」
「・・・驚いた。止められるとは思わなかったぜィ。」
ギリギリで受ける名前。沖田が少し力を込めると簡単に押し込まれてしまう。
「ぐぅ…!!」
「いったい竹刀持つのなんていつぶりなんで?」
力一杯受ける名前に、沖田の挑発を返す余裕などは無い。たった一撃でこの様子では、勝敗は誰の目からみても明らかだ。
沖田が力を緩めてやると、名前は渾身の力で振り払った。沖田は一歩下がりつつ間合いを取り、竹刀を構える。
「これでも、家で素振りくらいしてるの!」
上がってしまった呼吸を整え、今度は名前から仕掛ける。
《バシッ! バシッ!》
沖田はそれを軽く受ける。
「ヘェ…そりゃ失礼、弱すぎて気づきやせんでした。」「・・・ムカつく。」
《バシッ!》
「にしても大振りすぎて太刀筋が丸見えでさァ。」「ご忠告どうも!」
サイズの合わない道着を着ているためか、名前はどうしても、僅かに振りが大きくなってしまう。・・・沖田にとってはその僅かな差など関係の無いことではあるのだが。
《バシッ!》
(ったく、そもそもなんで俺がこんなことしなくちゃならねーんでさァ…結果は分かりきってるだろ。)
沖田が名前の太刀を受けながら近藤の方を横目で見ると、苦い表情をしていた。力量に差がありすぎて試合を見ていられないようだ。
《バシッ!》
(俺だって、名前を危険な場所には連れて行きたくねェってのに。ああ、土方のヤローも同じ気持ちだったんですかねィ…なんてな。)
「総悟!何で打ってこないの!?さっきから受けてるだけじゃない!」
「・・・それもそうだねィ!!」
沖田が名名前の太刀を振り払うと、上手く受けれなかった名前は片方の手を離してしまった。その隙に沖田は素早く二手目を振るったが、名前はギリギリでそれを躱した。
「・・・っ!!」
(チッ、カスっただけか…これじゃ、一本とは言えねェな。)近藤を見ると、フルフルと首を横に振っている。
互いに再度構え見合ったところで、沖田は名前の道着が少しはだけていることに気が付いた。
(・・・!!しまった、さっきカスっちまったからか!・・・これがここにいるヤツらなら問題ねーが…)
さすがに名前相手に続けるのは可哀想だと思い、一時中断を申し出ようとしたところで、名前が思いっきり打ち込んだ。
《バシィッ!》
「・・・っ!」
「何油断してんの?」
《バシッ!バシッ!!》
容赦なく打ち込む名前に中断の意思は無いようだ。
「っ!!」
(クソッ!自分で気づいてねーのか!!それに、さっきから大振りのせいでチラチラチラチラと…!!)
《バシッ!!》
「・・・っ!!」
形勢逆転。圧倒的だった沖田が名前に押されている。近藤は名前の斜め後ろに立っているため状況に気付かず、試合を止めることは無い。試合を見ている門下生たちも同じ。
(名前!お前、自分の格好を分かってんのか!?クソッ!・・・さっきからホントに、見えそうなんでィ!!)
「クソッ!」
沖田は受けていた太刀を振り払い、間合いをとる。
(これ以上は続けられねェ!)
「・・・終いだ!」
名前は大きく振りかぶった沖田の胴に打ち込むべく、竹刀を横に構えながら、大きく前に踏み出した。その拍子、(あ、見え…)沖田の動きが止まった。
《バシィィツ!!》
「ッ痛!」
誰も予想していなかった結末に道場が静まり返る。口火を切ったのは名前だった。
「・・・勲お兄ちゃん!!」
「・・・ハッ!い、一本…!名前!!」
「ふぅ、ありがとうございました!」
「・・・。」
有り得ない、有り得ないはずだった結末に呆然とする沖田。
道場にも次第にざわめきが戻り始める。
「どういうことだ…?」
「まさか沖田さんが名前さんに負けるなんて…」
ザワザワ…
(は…?俺が、負けた…?)立ちすくんだままの沖田。近藤を見ると、頭を抱えている。
(ああ、そっか…。そういう試合だった…悪ィな、近藤さん。負けちまった。)
名前を見ると、先程まで大きくはだけていた道着をキチンと直しており、勝ち誇った顔で笑って、近藤の元へ走っていった。そこで、ようやく沖田は気付いた。
(はは、俺は…まんまとハメられたのか。俺の道着を借りたのも、やたら大振りだったのも、全部。近藤さん…これは、イタズラじゃねェや。・・・あーあ、こんなことなら遠慮せず見とけばよかったぜ。)やってらんねー、沖田は大の字に寝転んだ。
頭を抱える近藤に駆け寄る名前。
「勲お兄ちゃん、私も連れてってくれるよね?」
「名前…。はあー、分かった。そう約束したのは俺だからな!明日名前のご両親にご挨拶に行く。」
「!!ありがとう!」
「ただし、ご両親が反対したら、この話は無しだ。」
「えー!!」
「いーや、それだけは絶対に譲れん!」
「ちぇ、分かったよ。じゃあ着替えてから帰るねー。」「ああ、また明日な。」「うん!また明日!」
帰り道
ー「総悟、私卑怯だった?」
ー「・・・別に。」
ー「そっか。」
ー「いつの間にか、フリなんてしなくてもオトナに近づいてるのかもなァ。お前も、俺も。」
ー「そっか、そうだね。・・・小さい頃は一緒にお風呂入ってたもんねー。」
ー「ばっ・・・!!思い出させんな!!」
ー「ちょっと、照れないでよ!こっちまで恥ずかしくなるから!」
名前は皆と混じって稽古をすることは無くなった。その代わり、時々こうやって差し入れを持って来るようになった。名前が差し入れを持ってくると皆稽古を一時中断し、やいのやいのと縁側に集まるのだ。
「おー、名前!いつもありがとな!」
「なんと今日はねー、おにぎり!」
「『今日は』じゃねぇだろ、『今日も』だろィ。」「うるさいなー。たくさん作るとなると、おにぎりが1番なの!あ、勲お兄ちゃんにはコレね!」名前はドン!と顔ほどの大きさのおにぎりを近藤に渡した。
「がっはっは!毎度の事ながらデッケェなあ!こんなデッケェにぎりが握れるなんて名前はすごいな!総悟もそう思うだろ?」
「エエ、ソウデスネィ。マッタク、コンドウサンガウラヤマシイヤ。」俺はこっちで充分、と沖田がおにぎりに手を伸ばした時、名前が声をかけた。
「あ、待って総悟。今日は総悟にもあるんだよー。」ハイ、と一つおにぎりを差し出す。
「・・・?なんでィ。普通のおにぎりじゃねーか。」
「なんと鮭が入ってます!他のはお塩だけ。」
「へェー。」自分に、自分だけに特別に作ってくれたのだと思うと自然と頬が緩んだ。(なんでィ、カワイイことするじゃねーか。)いただきやす、と一口。
「・・・!!!酸っぺェ!テメエ!梅干しじゃねーか!!」
沖田が騙されたことに気づいた時には、名前はすでに門のところまで避難していた。
「やーい!騙されたー!」
「梅干しは疲れた時に良いんだってー!稽古頑張ってねー!」
お盆は返しに来てねー!と言い残し、名前は走って帰って行った。
「ったく、何なんでィ。ムカつくヤツでさァ。」
「がっはっは!何言ってるんだ総悟。可愛いイタズラじゃないか。名前もキレイなお嬢さんになったが、いたずらっ子な部分は変わらないなあ。」
近藤は先程まで名前がいた門の方を愛おしそうに見つめた。・・・その瞳に、名前はどう映っているのだろうか。「こりゃあ稽古の続き頑張らないとな!」近藤は沖田の背中をバシバシと叩いて、稽古場に向かって行った。
(近藤さん、やめてくだせェよ。アンタ相手じゃ俺は…)
※
「名前、頭になんかついてるぜ。」
「なんかって何よ、どう見ても髪飾りでしょ。」
ある日の稽古終わり、沖田は名前の頭に髪飾りが付いていることに気が付いた。名前の少し色素の薄い艶やかな髪に良く似合う淡いピンク色をした髪飾りだ。
「そう、髪飾り。一体どうしたんで?」今までそんなもの付けたこと無かったのに、と沖田が疑問に思って聞くと、名前は頬をポッと紅く染め照れくさそうに答えた。「じ、実はね、勲お兄ちゃんにもらったの。なんかね、前、皆で街に行ったじゃない?その時、私に似合いそうだなって思ってコッソリ買ってくれてたんだって。」これって脈アリってやつじゃない!?と顔を両手で抑えながらジタバタする名前。
(近藤さん、アンタ、やっぱり…。)
沖田の目の前が真っ暗になる。頭を鈍器で殴られたかのような衝撃、息が、苦しい。ミツバも近藤も自分ではなく土方のことばかり、せめて名前だけは自分を想って欲しい、その一心だった。まだ、言うつもりではなかったことを言ってしまった。
「それは…餞別ってヤツですぜ。」
「・・・は?どういうこと?」名前は先程とは打って変わって、目を細めて自分を睨んでいる。
「そのままの意味でさァ、俺は…俺たちは…」
『江戸に行く。』そう言うやいなや名前は近藤の元へ走っていった。
「おい、待て!まだ、」
(・・・あーあ、行っちまった。まだ話があるってのに。)近藤には、名前には折を見て自分から話す、と言われていた。名前を置いて行くつもりだからだ。皆で話し合って決めたことだ。それに、名前まで連れて行ってしまうと、本当にミツバが一人になってしまう。
沖田は、袴からハチミツ色のとんぼ玉がついた簪を取り出した。
「渡しそびれちまったなァ、せっかく姉上から金借りたってのに…。あーあ…。こんなもん、もう要らねェや。」簪を持つ手に一粒雫がこぼれた。
(こんなもん…!!)簪を持つ手を大きく振りかぶり、止めた。投げ捨てることなど出来なかった。
「・・・姉上にあげよう。きっと姉上にもよく似合いまさァ。」
(名前は今ごろ近藤さんに直談判ですかねィ。ま、近藤さんが許すわきゃねーか。)
※
近藤は稽古場にいた。他にも何人か残って談笑している。
「勲お兄ちゃん!!」
「お、どうした名前。」
名前は周りの人には目もくれず近藤に近づく。
「・・・総悟から聞いた。」何を、とは言わなかったが、名前の剣幕から察した近藤は、「そうか。」と一言だけ言った。
「私も行く。」「駄目だ。」
いつもの優しい声ではない、その厳しい声や眼差しから、近藤は本当に自分を連れていくつもりはないのだと察したが、引き下がるわけにはいかなかった。
「・・・!!なんで!」
「危険だからだ。」
近藤も譲らない。危険が伴うと分かっている場所に名前を連れては行けないのだ。こればかりは、いくら名前の頼みでも聞く訳にはいかない。
「・・・何それ。そんなに危険なら皆も行かないでよ。私一人だけ置いていかないで。私だって、皆と、勲お兄ちゃんと一緒に行きたいよ!」
「・・・すまない、名前。お前を連れては行けない。」
「なんで?稽古に来なくなったから?」
「そうじゃない。」
「ならどうして?・・・私は、足手まといなの?」
「・・・そうだ。」名前は涙ながらに訴えたが、近藤も心を鬼にして答えた。本当は、足手まといなどとは思っていない。名前の身を危険に晒して傷付いて欲しくないのだ。幼い頃から自分を兄と慕ってくれる、目に入れても痛くない可愛い存在の名前に。
「俺はもちろん、ここに居るヤツらは全員、お前を守るためならいくらでも我が身を犠牲にするぞ。お前は、ここのヤツらが自分のために傷付くのに耐えられるのか?」
近藤の言葉が名前に重くのしかかり、名前の目から涙が零れる。それを見た近藤の胸もズキリと痛んだ。(すまんな、名前。俺のことは恨んでも構わない。お前がここで平穏に暮らせるなら、安いもんだ…!)
「・・・分かった。勲お兄ちゃんがそこまで言うなら。」
「・・・!分かってくれたか、ありがとな、名前。」
「うん。けど、私にもチャンスが欲しい。」
「チャンス…?」
「そう。足手まといじゃないって事を証明する。総悟と勝負させて。」私は本気よ、と言った名前に近藤は少し悩んだが、頷いた。名前が総悟に勝てるはずがない、これで諦めてくれるだろう、そう思ったからだ。
「ありがとう、勲お兄ちゃん。総悟呼んでくる。」「え。い、今から!?」近藤の驚いた声が稽古場に響いた。
※
(なんでィ、やっぱりデケェじゃねーか。)自分が貸した道着を着た名前を見て沖田はそう思った。名前が着物じゃ試合は出来ないと言うのでしぶしぶ貸したのだ。沖田の道着を着た名前の手はほとんど隠れており、足の裾も床にズっている。明らかにサイズが合っておらず、動きずらそうにしている。
「なーにが『10cmも変わらないから大丈夫』でィ。ブカブカじゃねーか。」
「・・・平気よ、これくらい。問題ないわ。」
「お前も意固地だねィ。負けた時の言い訳にすんじゃねーぞ。」
「総悟こそ、負けた時の言い訳考えときなさいよ。」
(・・・お前が俺に勝てるはずねーだろ。本当に付いて来たいなら、俺に勝負を挑むんじゃなく、近藤さんを泣き落とした方が確率が高いってもんでィ。ホント、なん考えてんだか分かんねえヤツでさァ。)自分に勝てるつもりでいる名前に半ば呆れる沖田。沖田と名前が試合をすると聞いて、道場に残っていた面々も試合を一目見ようとギャラリーに回っている。そんな中、近藤が試合を始めるため、口を開いた。
「ごほん。では、試合を始める。」
沖田と名前は間合いを取り、向かい合う。
「名前と総悟による一本勝負、審判は俺が行う。二人とも、問題ないな?」
「ええ。」「問題ありやせん。」
「よし。では、二人とも構え。」
同時に構える二人。
「・・・最初に言っとくが、手加減しねェぞ。」
「・・・総悟が私に手加減してくれた事があったっけ?」
「始め!」
近藤の合図と共に動いたのは沖田だった。
《バシィッ!》
「ぐっ…!!」
「・・・驚いた。止められるとは思わなかったぜィ。」
ギリギリで受ける名前。沖田が少し力を込めると簡単に押し込まれてしまう。
「ぐぅ…!!」
「いったい竹刀持つのなんていつぶりなんで?」
力一杯受ける名前に、沖田の挑発を返す余裕などは無い。たった一撃でこの様子では、勝敗は誰の目からみても明らかだ。
沖田が力を緩めてやると、名前は渾身の力で振り払った。沖田は一歩下がりつつ間合いを取り、竹刀を構える。
「これでも、家で素振りくらいしてるの!」
上がってしまった呼吸を整え、今度は名前から仕掛ける。
《バシッ! バシッ!》
沖田はそれを軽く受ける。
「ヘェ…そりゃ失礼、弱すぎて気づきやせんでした。」「・・・ムカつく。」
《バシッ!》
「にしても大振りすぎて太刀筋が丸見えでさァ。」「ご忠告どうも!」
サイズの合わない道着を着ているためか、名前はどうしても、僅かに振りが大きくなってしまう。・・・沖田にとってはその僅かな差など関係の無いことではあるのだが。
《バシッ!》
(ったく、そもそもなんで俺がこんなことしなくちゃならねーんでさァ…結果は分かりきってるだろ。)
沖田が名前の太刀を受けながら近藤の方を横目で見ると、苦い表情をしていた。力量に差がありすぎて試合を見ていられないようだ。
《バシッ!》
(俺だって、名前を危険な場所には連れて行きたくねェってのに。ああ、土方のヤローも同じ気持ちだったんですかねィ…なんてな。)
「総悟!何で打ってこないの!?さっきから受けてるだけじゃない!」
「・・・それもそうだねィ!!」
沖田が名名前の太刀を振り払うと、上手く受けれなかった名前は片方の手を離してしまった。その隙に沖田は素早く二手目を振るったが、名前はギリギリでそれを躱した。
「・・・っ!!」
(チッ、カスっただけか…これじゃ、一本とは言えねェな。)近藤を見ると、フルフルと首を横に振っている。
互いに再度構え見合ったところで、沖田は名前の道着が少しはだけていることに気が付いた。
(・・・!!しまった、さっきカスっちまったからか!・・・これがここにいるヤツらなら問題ねーが…)
さすがに名前相手に続けるのは可哀想だと思い、一時中断を申し出ようとしたところで、名前が思いっきり打ち込んだ。
《バシィッ!》
「・・・っ!」
「何油断してんの?」
《バシッ!バシッ!!》
容赦なく打ち込む名前に中断の意思は無いようだ。
「っ!!」
(クソッ!自分で気づいてねーのか!!それに、さっきから大振りのせいでチラチラチラチラと…!!)
《バシッ!!》
「・・・っ!!」
形勢逆転。圧倒的だった沖田が名前に押されている。近藤は名前の斜め後ろに立っているため状況に気付かず、試合を止めることは無い。試合を見ている門下生たちも同じ。
(名前!お前、自分の格好を分かってんのか!?クソッ!・・・さっきからホントに、見えそうなんでィ!!)
「クソッ!」
沖田は受けていた太刀を振り払い、間合いをとる。
(これ以上は続けられねェ!)
「・・・終いだ!」
名前は大きく振りかぶった沖田の胴に打ち込むべく、竹刀を横に構えながら、大きく前に踏み出した。その拍子、(あ、見え…)沖田の動きが止まった。
《バシィィツ!!》
「ッ痛!」
誰も予想していなかった結末に道場が静まり返る。口火を切ったのは名前だった。
「・・・勲お兄ちゃん!!」
「・・・ハッ!い、一本…!名前!!」
「ふぅ、ありがとうございました!」
「・・・。」
有り得ない、有り得ないはずだった結末に呆然とする沖田。
道場にも次第にざわめきが戻り始める。
「どういうことだ…?」
「まさか沖田さんが名前さんに負けるなんて…」
ザワザワ…
(は…?俺が、負けた…?)立ちすくんだままの沖田。近藤を見ると、頭を抱えている。
(ああ、そっか…。そういう試合だった…悪ィな、近藤さん。負けちまった。)
名前を見ると、先程まで大きくはだけていた道着をキチンと直しており、勝ち誇った顔で笑って、近藤の元へ走っていった。そこで、ようやく沖田は気付いた。
(はは、俺は…まんまとハメられたのか。俺の道着を借りたのも、やたら大振りだったのも、全部。近藤さん…これは、イタズラじゃねェや。・・・あーあ、こんなことなら遠慮せず見とけばよかったぜ。)やってらんねー、沖田は大の字に寝転んだ。
頭を抱える近藤に駆け寄る名前。
「勲お兄ちゃん、私も連れてってくれるよね?」
「名前…。はあー、分かった。そう約束したのは俺だからな!明日名前のご両親にご挨拶に行く。」
「!!ありがとう!」
「ただし、ご両親が反対したら、この話は無しだ。」
「えー!!」
「いーや、それだけは絶対に譲れん!」
「ちぇ、分かったよ。じゃあ着替えてから帰るねー。」「ああ、また明日な。」「うん!また明日!」
帰り道
ー「総悟、私卑怯だった?」
ー「・・・別に。」
ー「そっか。」
ー「いつの間にか、フリなんてしなくてもオトナに近づいてるのかもなァ。お前も、俺も。」
ー「そっか、そうだね。・・・小さい頃は一緒にお風呂入ってたもんねー。」
ー「ばっ・・・!!思い出させんな!!」
ー「ちょっと、照れないでよ!こっちまで恥ずかしくなるから!」