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書きかけ供養(シャリエグ)

2026/02/27 22:50
 横顔を眺める。少年と呼ぶには歳を重ねている。青年、というのが一番しっくりくる年頃である。
 オム・ファタルという言葉がある。運命の男、だとか、意訳するなら魔性の男だとか。かつてのMAVはよくそういう目で見られていた。当人は嫌がってはいたが、慣れていたのだろう。時によってはその色をわざとらしく使いこなして、猫のように気ままに振る舞っていた。世が世なら、きっとすべて彼の思うままになったろう。そんな世は来ない。私や、彼の妹君がいる限り。
 己が若く輝かしい年下の魔性の上官に心酔していた、というように見られていたことも知っている。否定するほどのことではない。間違いなく事実の一面ではあるのだから。
 あの彗星とは全く違う、青年の考えをありありと映す瞳を盗み見ながら思う。己の視線が気取られないというのは便利だ。赤い彗星のことを考える。彼が視ているものは私にも見えていたから、私と彼の間ではあまり意味があったとも思えないが、それ以外では。しかし、仮面とヘルメットをはずした姿を初めて見た時は思わず息を飲んだから、何らかの用は為していたのだろう。
 考えていると、青年がこちらを向く。仮面を認識する度に、うわ、とでも言いたげな顔をするものだから、こちらとしてはおかしくって仕方がない。慣れてもいいだろうに。君の上官の上官だってつけていた、由緒正しき仮面ですよ。
 この青年も美しい造作をしているなと思う。部下の真似をするなら、「顔がいい」というやつだ。エグザベ・オリベ少尉は少し目を伏せたとき、普段の潔癖にも見える視線が翳るから、触れそうだな、などと思う。何に? きっと、彼の内側の柔らかい心に、だろうか。大抵は一瞬でもとの表情に戻るし、実行に移そうとしたことは一度もない。神に誓える。神なんぞ信じてもいないからこの言葉はいっさい足りていないのだけど。
 光をよく映す瞳をぱちりと瞬かせて、エグザベ少尉はこちらを見る。憂いは影もない。聞き取りやすい言葉の粒が紡がれる。何かありましたか? とっくに成人していて、あの頃のシャア・アズナブル大佐よりも年上だということを知っているが、ときどきなにも知らない子供のような表情に見える。ふとした瞬間、それが恐ろしい。
 一人の子どもがあの戦争で重ねるべき日々を失ったことの証左のように見えるから。
 ここでそう見ることは彼を軽んじることでもあるので、戒める。彼は自分の足でここまで来た、一人の軍人である。他に選択肢がなかったとしても。
 ひどくアンバランスなのに安定していて、それだから余計歪みを探して見てしまう。自分と同じような|空虚《自由》を持っているのではないかと思って、観察して、それが少しもないことに驚嘆する。
 人は自分の持たないものを持つ他人に惹かれるのだという。かの彗星がずっと己の優先順位の上位にあったのはその逆だからだろうし、同時に、――ああ、彼女にはああ言ったけど、認めてしまおう――惹かれてもいたのは、確かに自分の持たない綺羅星のようなところと人間臭いところのせめぎあいを狂おしく思っていたからだろう。きっとあんな人にはもう出会わない。あんなやつそうそういてたまるかという気持ちだってある。
 エグザベ少尉はまったく別ベクトルで、自分の持たない部分を持っている。秩序と不自由を希求する心とともすればそれに殉じてしまいそうな決意的な危うさは自分にはないものだ。もしかしたら、自分から失われたものと言えるかもしれなくて、きっと目を離したくないなと思うのはそれもあるのだろうと思う。
 そうなのだ。目を離したくない。そう思う。
 生き残る能力についてはこれ以上ないくらいの実績があるというのに、そこらですんなり失われてしまいそうな雰囲気がある。彼を此岸にとどめておくための命綱がないように見えるのだ。命綱なしで宇宙で高機動ができる一人のパイロットだっていうことは嫌と言うほど知っているのに。そんなことになったら、死んでも死にきれない。
 そんなわけで、いい年した大人であるシャリア・ブルは年下の部下であるエグザベ・オリベに手を出してしまった。
 これは懺悔である。

 言い訳をさせてもらいたい。手を出したことは確かだが、その手に引っかかるなんて思ってもいなかったのだ。アプローチにも満たないようなちょっかいを、この時に朴訥とすら言える青年は正しく、あるいは予想以上に汲み取って、はっきりと手を取った。自分から仕掛けておいてひどく驚いた。
追記
円盤買ったら続き書きます…

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