SSS
手のひらに天使
2025/12/23 17:11 これ、お礼ね!
無邪気な声と共に渡されたクリスマスのオーナメントを見やる。その子供の親は焦った顔をしていた。かの大・爆・殺・神ダイナマイトがキレるんじゃないかと思ったのだろう。紐の部分を持てば、人形が揺れる。模しているのは天使のようだ。羽が生えている。目の前でぷらぷら揺れるシルエットに、どうしたもんかなと思う。
拒絶するより受け取ってしまった方が時間がかからないだろうと思ったが、失敗かもしれない。これをしまいこむような場所は思い浮かばないし、飾っておくような場所はなおさらだ。強いて言うなら実家はおそらくツリーを出している。だがこの師走の忙しい時期に、わざわざこれを届けに実家に帰るのは難しいだろう。ダイナマイトは実力のあるヒーローであり、人が浮き足立つ時期はヒーローもあり得ないくらい忙しくなるものなので。ひとつ聳え立つクリスマスツリーは目の前にあるが、これはなあ、と爆豪は思う。
ジーニアスオフィスのクリスマスツリーは特別製で、デニム生地を組み上げられてできている。毎年造るのはもちろん所長、ベストジーニストだ。緑がかったデニムをベースに、色とりどりにそれは立っている。デニム以外の布地も使われているが、見れば所長の顔を思い浮かべるくらいにはベストジーニストの気配のある作品だ。
ここの端っこにこの天使のオーナメントをかけておく⋯⋯っていうのはどうなのだろう、と少し考えて、全体の調和を乱すよな、とやめておこうと決める。とりあえずポケットの中に入れておく。おそらく手作りであろうそれは、ともすれば壊れてしまいそうだから、なるべく早く行き先を見つけないといけない。
緊急招集がかかったので急行する。師走はすぐこれだ。脳内が無意識に切り替わる。一旦目の前の緊急事態以外のことはすべて置き去りにして飛ぶ。一件片付け、ふう、と息をつく。
「ジーニアスオフィスのサイドキック」ではなく「爆豪勝己」として知られていることに思うところはある。具体的にいうと打ち出したい名前は「大・爆・殺・神ダイナマイト」であるので不服である。爆豪が爆豪であることは何も間違いじゃないが、このコスチュームを着て現場に居る時、己は「大・爆・殺・神ダイナマイト」なのである。ヒーローとして知られているのなら別段行動に支障はないが、それとこれとは話が別だ。
定時を三時間ほど過ぎてタイムカードを切る。バイトみたいだな、と思ったが、残業代の計算を絶対にするという、ホワイトな事務所だったこともこの事務所に入った決め手の一つだ。金はあるだけいいので。
今日がクリスマスイブだったことに改めて気が付く。そういや暴れてたやつもそんなようなことを言っていた。クリスマスに人恋しくなるのは百歩譲っていいとして、暴れるなんてのは言語道断だ。爆豪は明日も勤務である。疲れさせやがってよおと思いながら装備を外して、コスチュームを脱いでいく。こうやって、ヒーロー大・爆・殺・神ダイナマイトは爆豪勝己になっていく。
着替えている途中で、ポケットに入れたままのクリスマスオーナメントに気がついた。日中もらったやつだ。すっかり忘れていた。改めてどうしたもんかな、と眺める。とりあえず私服のポケットに入れた。夜番のヒーローと軽く挨拶をして事務所を出れば、街はここ最近イルミネーションでうるさい。早く寝たい。バイクに跨った。朝はみぞれっぽかったし今は冷たい雨でかなり最悪だ。
翌日のこと、今のアーマー資金のこと、考えていれば一人暮らしのアパートまではすぐだ。結局このオーナメントを家まで連れ帰ってしまった。こいつだって俺のところに来たかったわけではなかろうに、と思う。とりあえず靴箱の上に置いてみる。やっぱり爆豪の部屋のテイストとは当然合わない。紐でぶら下げて持つ。何だってこんな白くてキラキラしているのだか。と考えていたところで、業務用の端末が鳴った緊急召集だ。またかよ。咄嗟に鍵と一緒にポケットの中に仕舞い込んだ。
結局現場解散になり、日付が変わりそうだ。雨は小雨でも鬱陶しい。
都内の馬鹿でかいクリスマスツリーは今日もらんらんと輝いている。電気代どんなもんだろうな、と何となく根本を見ると、上鳴が親指を立てている写真が目に入った。点灯式に呼ばれたらしい。そういや言ってた……ような……と思い返していると、「あれ爆豪じゃない!?」と声が聞こえてきた。まずった。クリスマスツリーを独りで眺めながら黄昏ているやつになってしまった。避けようとしたが声の主はこちらに向かってくる。
「爆豪、メリークリスマス」
「……雨だけどな」
「夜更け過ぎに雪に変わるかもね」
「てめーも独りかよ」
うっわ失礼な! と耳郎は笑った後に、そうなんだよね、年の瀬の残業してたらさ……と続ける。そういえば、と思い出して天使のオーナメントをくれてやろうとする。
「何これ? クリスマスプレゼント? サンタにでも鞍替え?」
「ちげえよ。なんか昼間ガキにもらったクリスマスオーナメント」
「あんたが持ってなくちゃダメじゃん!」
きっと幸運を運んでくれるよ、と言う。これがか? 眺める。眉間にシワを寄せた。失敗したな、と考えていると耳郎のイヤホンジャックが爆豪のスマートフォンを掬い上げ、パシャリ、とシャッターを切る音がした。
個人の業務用のスマートフォンだ。紛失・破損防止にたいしたデータも入っていないし、大事なものは生体ロックがかかっている。スマートフォンそのものパスワードは
「あ、開いた。目標額にしてるんだ」
「おい」
パスワードは耳郎に突破される程度のものだ。まあいいか、と思う。年の瀬で爆豪もうんざりと疲れていた。業務機密に触れるような蛮行も働かないだろうし。
画面を静かにすいすいなぞっていたと思ったら、急にこちらに向けられた。投稿を完了しました、の文字。
「あ?」
「SNSにあげといた」
「何してくれてんだよ」
「ささやかなお手伝いかな。じゃあ、メリークリスマス!」
耳郎は逃げた。爆豪のスマートフォンを手の中に戻して。
改めて見てみると、大・爆・殺・神ダイナマイトのアカウントから、オーナメントの天使と爆豪が睨み合っている写真が投稿されている。本文には、『Merry X'mas』見るものが見れば、背景が上鳴の点灯したツリーだと言うことはわかるだろう。一瞬待って、投稿を消す。
それでも翌日、ジーニアスオフィスの爆豪の机上には、小さなクリスマスツリーが置いてあり、『これならあのオーナメントにも合うんじゃないだろうか』というメモが載っていた。
***
ダイナマイトが個人事務所を設立して最初のクリスマスに、クリスマスツリーが飾ってあるのを見て、ヒーロー・デクが様々なことを言いあわや爆破の憂き目にあったそうだが、今でもとあるオーナメントとツリーは現役らしい。毎年シンプルなメッセージと共に、おそらくスタッフによって投稿されてはすぐに消されるダイナマイトのSNSを見て、いつかの子供はくふくふと笑った。彼女の個性が『サンタクロース』と名付けられたのはいつか怖いと言われているヒーローにお礼を渡した日で、個性詳細は『クリスマス近辺に相手が本当に欲しがっているものを何らかの流れで引き寄せる』というひどく曖昧なものだ。クリスマスが近くなると人が集ってうざったいけど、普段そんなことないからちょっとだけ嬉しい。流れなんてよくわからないから言われれば人にはクリスマスっぽい何かを適当に渡す。自分から無理やり渡したのはあの一回っきりだ。いいことがあるように、と思ったのをよく覚えていて、ダイナマイトのチャートが上がると自分の応援が届いた気がして少し嬉しい。
投稿が消される前に、と『メリークリスマス!』とリプライをして、その子供は目を閉じた。きっといい夢を見よう。なんてったってクリスマスなんだから。
無邪気な声と共に渡されたクリスマスのオーナメントを見やる。その子供の親は焦った顔をしていた。かの大・爆・殺・神ダイナマイトがキレるんじゃないかと思ったのだろう。紐の部分を持てば、人形が揺れる。模しているのは天使のようだ。羽が生えている。目の前でぷらぷら揺れるシルエットに、どうしたもんかなと思う。
拒絶するより受け取ってしまった方が時間がかからないだろうと思ったが、失敗かもしれない。これをしまいこむような場所は思い浮かばないし、飾っておくような場所はなおさらだ。強いて言うなら実家はおそらくツリーを出している。だがこの師走の忙しい時期に、わざわざこれを届けに実家に帰るのは難しいだろう。ダイナマイトは実力のあるヒーローであり、人が浮き足立つ時期はヒーローもあり得ないくらい忙しくなるものなので。ひとつ聳え立つクリスマスツリーは目の前にあるが、これはなあ、と爆豪は思う。
ジーニアスオフィスのクリスマスツリーは特別製で、デニム生地を組み上げられてできている。毎年造るのはもちろん所長、ベストジーニストだ。緑がかったデニムをベースに、色とりどりにそれは立っている。デニム以外の布地も使われているが、見れば所長の顔を思い浮かべるくらいにはベストジーニストの気配のある作品だ。
ここの端っこにこの天使のオーナメントをかけておく⋯⋯っていうのはどうなのだろう、と少し考えて、全体の調和を乱すよな、とやめておこうと決める。とりあえずポケットの中に入れておく。おそらく手作りであろうそれは、ともすれば壊れてしまいそうだから、なるべく早く行き先を見つけないといけない。
緊急招集がかかったので急行する。師走はすぐこれだ。脳内が無意識に切り替わる。一旦目の前の緊急事態以外のことはすべて置き去りにして飛ぶ。一件片付け、ふう、と息をつく。
「ジーニアスオフィスのサイドキック」ではなく「爆豪勝己」として知られていることに思うところはある。具体的にいうと打ち出したい名前は「大・爆・殺・神ダイナマイト」であるので不服である。爆豪が爆豪であることは何も間違いじゃないが、このコスチュームを着て現場に居る時、己は「大・爆・殺・神ダイナマイト」なのである。ヒーローとして知られているのなら別段行動に支障はないが、それとこれとは話が別だ。
定時を三時間ほど過ぎてタイムカードを切る。バイトみたいだな、と思ったが、残業代の計算を絶対にするという、ホワイトな事務所だったこともこの事務所に入った決め手の一つだ。金はあるだけいいので。
今日がクリスマスイブだったことに改めて気が付く。そういや暴れてたやつもそんなようなことを言っていた。クリスマスに人恋しくなるのは百歩譲っていいとして、暴れるなんてのは言語道断だ。爆豪は明日も勤務である。疲れさせやがってよおと思いながら装備を外して、コスチュームを脱いでいく。こうやって、ヒーロー大・爆・殺・神ダイナマイトは爆豪勝己になっていく。
着替えている途中で、ポケットに入れたままのクリスマスオーナメントに気がついた。日中もらったやつだ。すっかり忘れていた。改めてどうしたもんかな、と眺める。とりあえず私服のポケットに入れた。夜番のヒーローと軽く挨拶をして事務所を出れば、街はここ最近イルミネーションでうるさい。早く寝たい。バイクに跨った。朝はみぞれっぽかったし今は冷たい雨でかなり最悪だ。
翌日のこと、今のアーマー資金のこと、考えていれば一人暮らしのアパートまではすぐだ。結局このオーナメントを家まで連れ帰ってしまった。こいつだって俺のところに来たかったわけではなかろうに、と思う。とりあえず靴箱の上に置いてみる。やっぱり爆豪の部屋のテイストとは当然合わない。紐でぶら下げて持つ。何だってこんな白くてキラキラしているのだか。と考えていたところで、業務用の端末が鳴った緊急召集だ。またかよ。咄嗟に鍵と一緒にポケットの中に仕舞い込んだ。
結局現場解散になり、日付が変わりそうだ。雨は小雨でも鬱陶しい。
都内の馬鹿でかいクリスマスツリーは今日もらんらんと輝いている。電気代どんなもんだろうな、と何となく根本を見ると、上鳴が親指を立てている写真が目に入った。点灯式に呼ばれたらしい。そういや言ってた……ような……と思い返していると、「あれ爆豪じゃない!?」と声が聞こえてきた。まずった。クリスマスツリーを独りで眺めながら黄昏ているやつになってしまった。避けようとしたが声の主はこちらに向かってくる。
「爆豪、メリークリスマス」
「……雨だけどな」
「夜更け過ぎに雪に変わるかもね」
「てめーも独りかよ」
うっわ失礼な! と耳郎は笑った後に、そうなんだよね、年の瀬の残業してたらさ……と続ける。そういえば、と思い出して天使のオーナメントをくれてやろうとする。
「何これ? クリスマスプレゼント? サンタにでも鞍替え?」
「ちげえよ。なんか昼間ガキにもらったクリスマスオーナメント」
「あんたが持ってなくちゃダメじゃん!」
きっと幸運を運んでくれるよ、と言う。これがか? 眺める。眉間にシワを寄せた。失敗したな、と考えていると耳郎のイヤホンジャックが爆豪のスマートフォンを掬い上げ、パシャリ、とシャッターを切る音がした。
個人の業務用のスマートフォンだ。紛失・破損防止にたいしたデータも入っていないし、大事なものは生体ロックがかかっている。スマートフォンそのものパスワードは
「あ、開いた。目標額にしてるんだ」
「おい」
パスワードは耳郎に突破される程度のものだ。まあいいか、と思う。年の瀬で爆豪もうんざりと疲れていた。業務機密に触れるような蛮行も働かないだろうし。
画面を静かにすいすいなぞっていたと思ったら、急にこちらに向けられた。投稿を完了しました、の文字。
「あ?」
「SNSにあげといた」
「何してくれてんだよ」
「ささやかなお手伝いかな。じゃあ、メリークリスマス!」
耳郎は逃げた。爆豪のスマートフォンを手の中に戻して。
改めて見てみると、大・爆・殺・神ダイナマイトのアカウントから、オーナメントの天使と爆豪が睨み合っている写真が投稿されている。本文には、『Merry X'mas』見るものが見れば、背景が上鳴の点灯したツリーだと言うことはわかるだろう。一瞬待って、投稿を消す。
それでも翌日、ジーニアスオフィスの爆豪の机上には、小さなクリスマスツリーが置いてあり、『これならあのオーナメントにも合うんじゃないだろうか』というメモが載っていた。
***
ダイナマイトが個人事務所を設立して最初のクリスマスに、クリスマスツリーが飾ってあるのを見て、ヒーロー・デクが様々なことを言いあわや爆破の憂き目にあったそうだが、今でもとあるオーナメントとツリーは現役らしい。毎年シンプルなメッセージと共に、おそらくスタッフによって投稿されてはすぐに消されるダイナマイトのSNSを見て、いつかの子供はくふくふと笑った。彼女の個性が『サンタクロース』と名付けられたのはいつか怖いと言われているヒーローにお礼を渡した日で、個性詳細は『クリスマス近辺に相手が本当に欲しがっているものを何らかの流れで引き寄せる』というひどく曖昧なものだ。クリスマスが近くなると人が集ってうざったいけど、普段そんなことないからちょっとだけ嬉しい。流れなんてよくわからないから言われれば人にはクリスマスっぽい何かを適当に渡す。自分から無理やり渡したのはあの一回っきりだ。いいことがあるように、と思ったのをよく覚えていて、ダイナマイトのチャートが上がると自分の応援が届いた気がして少し嬉しい。
投稿が消される前に、と『メリークリスマス!』とリプライをして、その子供は目を閉じた。きっといい夢を見よう。なんてったってクリスマスなんだから。
追記
メリークリスマス!!