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かそうへんそう(ジニ爆)

2024/11/01 22:37
仕分け前
 ここには、確か昨日まではオレンジ色の顔のついたかぼちゃが跋扈していたはずだ。月が変わった途端クリスマスツリーが聳え立っている。爆豪は思わず少し立ち止まって見上げた。一日でよくぞここまで模様替えしてみせたものだ。
 事務所近辺の洋菓子屋の駐車場脇にある小さな広場だ。当の洋菓子屋に入ったことはないが、しばしばサイドキックが差し入れとして買ってくるので商品を口にしたことはある。クッキー缶が有名なのだという。確かに美味だった。菓子の類は砂藤が基準になってしまっているので味にそうそう満足できないしコストパフォーマンスも良くないので自分で作ることはない。ただ、特に好んでいると言うわけでもないから時たま他人からもらう程度で不自由はしていなかった。たまに食べるから美味なのだ。砂藤の作るスイーツ類がいつでも気軽に手に取れるなら話は別だが。
 五時のチャイムが鳴ってぱらぱらと周囲の街灯が付いた。もう暗い。ずいぶん涼しくなってきた。パトロールの次陣が三十分ほど前に出発していることは先ほど確認済みだ。シフトはここまでだ。着替えさえできれば、爆豪はこのまま直帰してもいい。洋菓子店の自動ドアに書いてある営業時間に目をこらす。昨日のハロウィンは案の定仕事量がとんでもなくて事務所総動員だった。何か差し入れて労ってやるくらいはしてもいいだろう。事務所に戻って着替えてから間に合うだろうか。
 窓もクリスマス仕様にデコレーションしてある。中は電気がついていること以外は特に伺えない。だから気が付かなかった。自動ドアが開いてベストジーニストが出てくるまで。
「おや」
「うわ」
「随分なご挨拶だ。昨日の件でこれから君の事務所に行こうとしていたんだ。こちらの店のお菓子は食べ慣れているか?」
「食べ慣れてるってほどじゃない」
 ベストジーニストはデニムのセットアップ姿だからわかりにくいが私服だ。隠す気が一切ない。ここまで堂々としていればヒーロー活動の一環に見えるだろう。爆豪の事務所に寄る予定だったというからそれでヒーロースーツと大差ない格好をしているのだろうと思う。普段はもう少し違った私服姿だったはずだ。ちなみに爆豪は炎上対策で変装は特に気を入れるように言われている。変装が功を奏したことはない。私服でも爆豪は目立つのだ。白黒写真で私服姿が紙面に置かれてもすぐにわかる。いちヒーローの激辛ラーメン完食を記事にする世の中はおおむね平和と言えるのかもしれないが、他に撮るべきものがあるだろうと翌日カメラの前で怒鳴ったら炎上した。怒鳴るのが悪いよと最近会った上鳴は呆れていた。
 ベストジーニストの足先は爆豪の事務所に向かっていたので、それに合わせて事務所への帰路を辿る。飲食店街の方はまだ明るい。昨日はこの辺りを歩行者天国にしていた。散々だった。ベストジーニストは辺りを興味深そうに見回しながらその長い足を動かしている。
「昨日はうちの事務所から出した応援が帰ってきたら疲労困憊していたぞ。よっぽどだったんだな」
「よっぽどだったわ。礼言っといてくれ」
「伝えておこう。これは差し入れにしようと思っていたんだが……。せっかくだ。あのセリフを言ってくれ」
 連絡事項は所内でしか喋れないこともあるが、表情を見るにベストジーニストは本当に労りに来ただけらしい。手に持っていた紙袋を少し掲げて見せた。
「昨日のこと思い出して嫌だ」
 独立して一年、記録に残すことばかりだが、昨日のことは来年まで記憶から消えないだろう。せめて教訓として生かしたいものだが、正直早く記憶のリソースから退いてほしい。
「それじゃあ私が言う。『トリック・オア・トリート』」
「はあ…………、昨日の残骸が事務所にあるから着いてこいよ」
「やった。君先ほどの洋菓子店に入ったことは?」
「ない」
「制服のエプロンがデニムだ。あときっと店長が君のファン。機会を見つけて来店するといい。事務所はすぐだろう」
「あんたの中の優先順位がよくわかる伝え方だな」
「思わず気分が高揚してたくさん買ってしまった。うちの事務所にもお土産として持って帰るよ」
 ジーニアス周辺を一緒に歩いたことはあるが、爆豪の事務所の近くをこうやっていつかみたいに歩くことは想像していなかった。ベストジーニストは上機嫌だ。よっぽどデニムエプロンの店員が嬉しかったと見える。
「気に入ったかよ」
「ああ、とても」


追記
SK後独立時空
あの世界のハロウィンって実際どんな感じなんじゃろう タイトル的になんかもうちょっと膨らめられそうだけどもうこんな時間なのでここまで

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