SSS
マリアス
2024/08/15 17:15仕分け前
「ただいま」か「開けゴマ」の二択だった。私が選ぶ前に真希波・マリ・イラストリアスは「やっぱただいまがいいよね」と宣い、声紋認証のキーワードを決めてしまった。
ヴンダー内、対爆隔離室。一人一部屋にしろって主張しなかったのは……、何でだろ。ずっと緊急事態の最中だから、それどころじゃなかったっていうのはある。そもそもそんなにずっと居るわけでもなかったし。向こうからしたら爆弾の量をわざわざ増やさなくてよかったんだから、省資源で済んで嬉しいところなんじゃない? でもそれは、私の理由じゃない。
「ただいま」
ドアが自動で開いて、その中は小さな図書館みたいになっている。本が生活スペースをそろそろ侵食してきそう。
「おっかえりぃ、姫。第三村のお家はどうだった?」
「変わりない。コネメガネ、あんた断捨離しなさいよ。過ごす場所ないじゃない」
「そんな殺生ニャ」
そもそも狭い部屋だから、物を置ける場所なんて無いっていうのに、この女はどこからか見つけてきた本を持ち込む。他に置く場所もないから、整理したければ捨てるしかない。
「いいじゃーん。狭い方が、くっつけるし」
「デメリットなんだけど」
くっついてくるのを引き剥がしながら言う。初めて会ったその瞬間から距離感がおかしい。もう慣れたけど。こういうのはまともに取り合っても疲れるだけなのだ。幸い……、なのか、実力は確かだから、戦闘面では役に立つ。それはこれまででよくわかった。
例えば二人でこの部屋に戻るとき、私とマリは交互に「ただいま」と「おかえり」を言い合う。柄じゃないんだけどそうしろってうるさいから私が折れた。「おかえり」と口に出すとき、何か私の知ってる柔らかさや暖かさ、みたいなものが一瞬頭の奥を通り抜ける気がして、足が止まりかける。そういうとき、マリは何も気にしないで隔離室内に入っていくから私の足もまた動き出す。プシュウとロックのかかるその音は、私に少しの安心をくれる。私によって誰も傷つけられない、という安心を。マリはその時巻き添えになってしまうハズなんだけど、それについて考えても胸は痛くない。何でだろ。
使徒に寄った中途半端な自分は、もうどうしようもない。どこにも行けない。ケンケンの家に間借りさせて貰えてるのは奇跡だと思う。どうしてああも優しいんだろう。ゲーム機を弄りながら考えようとすると、なんだか泣きたくなりそうな気がして、手元に集中する。カチャカチャと音が立つ。目を離していてもできる、ただの、暇潰しだ。ちょっとだけ落ち着いた頭に浮かぶ気持ちは、ただ一度あのバカを殴ってやりたい。それだけ。それを考えると湧く怒りは確かに私の感情で、安心する。
「ひーめ。髪伸びたねえ」
のし掛かってきた身体が暖かくてなんだか変な気持ちになる。こいつも生きてるんだ。すうと髪を梳かしていく指がふと頭を撫でて、思わず声をあげた。
「なにすんのよ!」
「んー、いつも頑張ってるから、イイコイイコしたげる」
「いらない」
「本当に?」
メガネ越しの瞳はいつも面白がってるみたいな光を湛えていて、でも今はまるでちょっと心配してるみたいな声に聞こえた。たぶん気のせいだ。どちらとも答えないでひとつ問う。
「アンタ他人の髪切れる?」
ヴンダー内、対爆隔離室。一人一部屋にしろって主張しなかったのは……、何でだろ。ずっと緊急事態の最中だから、それどころじゃなかったっていうのはある。そもそもそんなにずっと居るわけでもなかったし。向こうからしたら爆弾の量をわざわざ増やさなくてよかったんだから、省資源で済んで嬉しいところなんじゃない? でもそれは、私の理由じゃない。
「ただいま」
ドアが自動で開いて、その中は小さな図書館みたいになっている。本が生活スペースをそろそろ侵食してきそう。
「おっかえりぃ、姫。第三村のお家はどうだった?」
「変わりない。コネメガネ、あんた断捨離しなさいよ。過ごす場所ないじゃない」
「そんな殺生ニャ」
そもそも狭い部屋だから、物を置ける場所なんて無いっていうのに、この女はどこからか見つけてきた本を持ち込む。他に置く場所もないから、整理したければ捨てるしかない。
「いいじゃーん。狭い方が、くっつけるし」
「デメリットなんだけど」
くっついてくるのを引き剥がしながら言う。初めて会ったその瞬間から距離感がおかしい。もう慣れたけど。こういうのはまともに取り合っても疲れるだけなのだ。幸い……、なのか、実力は確かだから、戦闘面では役に立つ。それはこれまででよくわかった。
例えば二人でこの部屋に戻るとき、私とマリは交互に「ただいま」と「おかえり」を言い合う。柄じゃないんだけどそうしろってうるさいから私が折れた。「おかえり」と口に出すとき、何か私の知ってる柔らかさや暖かさ、みたいなものが一瞬頭の奥を通り抜ける気がして、足が止まりかける。そういうとき、マリは何も気にしないで隔離室内に入っていくから私の足もまた動き出す。プシュウとロックのかかるその音は、私に少しの安心をくれる。私によって誰も傷つけられない、という安心を。マリはその時巻き添えになってしまうハズなんだけど、それについて考えても胸は痛くない。何でだろ。
使徒に寄った中途半端な自分は、もうどうしようもない。どこにも行けない。ケンケンの家に間借りさせて貰えてるのは奇跡だと思う。どうしてああも優しいんだろう。ゲーム機を弄りながら考えようとすると、なんだか泣きたくなりそうな気がして、手元に集中する。カチャカチャと音が立つ。目を離していてもできる、ただの、暇潰しだ。ちょっとだけ落ち着いた頭に浮かぶ気持ちは、ただ一度あのバカを殴ってやりたい。それだけ。それを考えると湧く怒りは確かに私の感情で、安心する。
「ひーめ。髪伸びたねえ」
のし掛かってきた身体が暖かくてなんだか変な気持ちになる。こいつも生きてるんだ。すうと髪を梳かしていく指がふと頭を撫でて、思わず声をあげた。
「なにすんのよ!」
「んー、いつも頑張ってるから、イイコイイコしたげる」
「いらない」
「本当に?」
メガネ越しの瞳はいつも面白がってるみたいな光を湛えていて、でも今はまるでちょっと心配してるみたいな声に聞こえた。たぶん気のせいだ。どちらとも答えないでひとつ問う。
「アンタ他人の髪切れる?」
追記
草稿