SSS
ダイヤモンドの星(流三)
2024/08/12 22:31仕分け前
※インチキSFパロディ
流川は宇宙にいくらしい。
「そうなんだろ?」
「うん、そうらしい」
「どうして『らしい』なんだよ。おまえ本人のことだろうに」
「でも」
流川は出会った時から変わらないどこか眠たげな目で遠くを見つめていた。
「なんだか現実味がないから」
「まあそうだろうな」
地球の資源問題はずっと昔から深刻だったわけだが、そのどうにもならなさが極まった、と8年前に偉くて頭がいい人たちは結論づけた。じゃあどうやっていい感じに滅びるかという話に議論はシフトし、そんな中で出てきたアイデアの一つがこの方舟計画だ。地球上の種の情報や物語、資料をぎゅうぎゅうに乗っけて宇宙に打ち出す。目的地は「なるべく遠く」。解決策を探しに行くでもなく、ただ自分らの存在の痕跡を残したい、という卒業前に校舎の壁に落書きするみたいな精神性を感じる計画だ。
搭乗して操縦するのは初めAIのみの予定だったが、AIに自律思考をさせるとその複雑さが一定を超えたところで急に自壊的な挙動になるという。ミッションには一定以上の複雑さがあるらしく、だがこの点を解消したものを作るには時間が足りなかったらしい。デバッカーとしてその問題を解決するために人間が乗せられることになった。らしい。人間なら最先端医療を惜しみなく注げば百数十年程度は自前の脳で自律思考できることが証明されているし、そもそも地球に置いといてもみんな飢えて死ぬのだから、今一番使い勝手のいいリソースだろう。人権が時と場合によっては軽視して良いものとして扱われるようになって久しい。
滅ぶことがわかってから8年経つと、やぶれかぶれだった人たちは大体死ぬか疲れるかしていて、まだ打つ手はあると信じる人たちはそれぞれのプロジェクトに脇目も降らずに集中している。争いが起こることはあれどおおむね小康状態だ。どちらでもない、滅びるまで惰性で生きている大多数は知らないうちに適性検査にかけられていた。脳細胞の数だとかDNAから予測できる遺伝病の薬の安定性とか多分そんなところで判断されて、流川は宇宙行きの切符をその手に押し付けられた。
それを聞いたとき、三井を含めて流川を知るものは皆本人は抵抗しただろうと思った。当人の向き不向きはともかく、宇宙ではバスケットボールができない。そんなところに行くことを了承するわけがないだろう。しかし周囲の予想を裏切って、流川は宇宙行きを決めた。「宇宙人と出会えばバスケができるかもって言われたんじゃない?」と言うのが宮城の反応で、それが事実であることを三井は流川本人から聞いて知っている。
三井と流川は交際関係にある。交際関係にある相手が宇宙に行くことを三井は相談もなくどころかニュースで知り、嘆き、憤り、喧嘩し、出発する時期を聞いて急いで和解を持ちかけた。破局と復縁を複数回繰り返したふたりは、過去なかったような穏やかな時間を過ごしている。ひとえに「一緒にいられるのはあと少し」ということを踏まえなるべくいい思い出になってやろう、という己の気遣いによるものだ、と三井は思っている。
三井はすぐ隣にある流川の頬に指を滑らせた。出会った当時にあった微かな繊細さはすべて精悍さへと形を変えたというものの、相も変わらず目を離せなくなるような顔立ちをしている。今日は流川の出発前最後の湘北高校バスケ部飲み会で、会うのは今日が最後になるという者もいた。卒業式と生前葬とバチェラーパーティーとが混ざったような雰囲気で進行し、初めは皆はしゃいでいいものか困惑していたものの最終的には大学生の失恋慰め会のようなヤケクソの様相を呈していた。泣いて別れを惜しむ者もいれば激励する者もおり、主役本人はなんだか歯切れ悪く頷いていたが、本人に実感がないならさもありなんと三井は思う。しかし宇宙に行くのだ。3ヶ月後に。そして帰っては来ない。
流川の渡米前を思い出す。あの時ははっきりと行く先のビジョンを持っていた。それが原因で破局をすることになったわけだが、今回は違う。想像ができていないし、流川もよくわかっていないように見える。世界中のたくさんの人たちが将来のビジョンを持っていないのだから決して自分たちに限った話でもない。
するするとなぞったあとに少しつねって頬を解放する。この柔らかい皮膚が2度と触れられなくなるのだな、と三井は思った。
流川の目線は一瞬前まで自分の頬に触れていた指を追う。かわいいなと思う。
「おまえAIのデバックなんてできないと思ってたけど」
「いくつかやりとりをしていればいいって。もしどうにもならないって思ったら、AIの動作を停止させるボタンを押せって」
「それはマジでそう言われたのか?おまえなりの要約?」
「んー…大体この通りに言われたとおもう」
「そうかよ」
随分なことだと思った。AI本人…本体?が自死するのは嫌なのに、門外漢の人間がもうダメだと思ったら終わりにしていいとは。そのためにこいつを宇宙にやってしまうなんて。
テレビをつければ放送は滞りなく行われている。一時期は著名人による過去の罪の告白が流行り司法も大忙しにしていたが、最近はそれが落ち着き今度は愛の告白が流行っている。ぼんやり眺めた。名前のよくわからない人間による告白を聞き流す。脚本家だというその人間の言葉は極めてドラマチックで情緒的なもので、伝えたい相手に届くといいなと思う。思うがその程度だ。実際世界が終わる時の感慨がこの程度なら、この人が脚本を書いたという大ヒットドラマも現実で直面すれば大して盛り上がらないのかもしれない。人生はなかなか良いタイミングでエンディングテーマがかかったりはしない。
実際世界が終わるまでにはまだまだ猶予があるのだ。いずれ死ぬそのタイミングがはっきりしているだけで。それだけで死ぬほどの絶望がある人がいることは、わかる。自分も場合によってはそちらだと思う。望めば踏み越えられる程度の隔たりしかない。
それでもそちら側にならないのは、なりたいと思わないのは、まだ生きているからで、まだバスケができるからだ。
あの体育館ですらやりたくないと表明できなかったのだから、もう自分からやめられるものではないと思うのだ。最後通牒を渡されるまではしがみついてやろうと思っている。
流川は7年前に日本に戻ってきて、5年前にアメリカに戻って行った。てっきり再開したNBAに参加するためだと思っていたのだが、というかそう本人から聞いていたのだが、実際ここ数年缶詰にされていたのはNASAらしい。なんなんだ。通りでなかなかテレビに写らない。取材陣と追っかけが揃って世界の終わりで世を儚むタイプなのかと心配した。
NASAには今も、そしてこの先も気力を失わない人たちが詰めているという。このぼんやりとした今も寝ている男がそんな環境でどんなふうに過ごしていたのか、興味がある。
流川は宇宙にいくらしい。
「そうなんだろ?」
「うん、そうらしい」
「どうして『らしい』なんだよ。おまえ本人のことだろうに」
「でも」
流川は出会った時から変わらないどこか眠たげな目で遠くを見つめていた。
「なんだか現実味がないから」
「まあそうだろうな」
地球の資源問題はずっと昔から深刻だったわけだが、そのどうにもならなさが極まった、と8年前に偉くて頭がいい人たちは結論づけた。じゃあどうやっていい感じに滅びるかという話に議論はシフトし、そんな中で出てきたアイデアの一つがこの方舟計画だ。地球上の種の情報や物語、資料をぎゅうぎゅうに乗っけて宇宙に打ち出す。目的地は「なるべく遠く」。解決策を探しに行くでもなく、ただ自分らの存在の痕跡を残したい、という卒業前に校舎の壁に落書きするみたいな精神性を感じる計画だ。
搭乗して操縦するのは初めAIのみの予定だったが、AIに自律思考をさせるとその複雑さが一定を超えたところで急に自壊的な挙動になるという。ミッションには一定以上の複雑さがあるらしく、だがこの点を解消したものを作るには時間が足りなかったらしい。デバッカーとしてその問題を解決するために人間が乗せられることになった。らしい。人間なら最先端医療を惜しみなく注げば百数十年程度は自前の脳で自律思考できることが証明されているし、そもそも地球に置いといてもみんな飢えて死ぬのだから、今一番使い勝手のいいリソースだろう。人権が時と場合によっては軽視して良いものとして扱われるようになって久しい。
滅ぶことがわかってから8年経つと、やぶれかぶれだった人たちは大体死ぬか疲れるかしていて、まだ打つ手はあると信じる人たちはそれぞれのプロジェクトに脇目も降らずに集中している。争いが起こることはあれどおおむね小康状態だ。どちらでもない、滅びるまで惰性で生きている大多数は知らないうちに適性検査にかけられていた。脳細胞の数だとかDNAから予測できる遺伝病の薬の安定性とか多分そんなところで判断されて、流川は宇宙行きの切符をその手に押し付けられた。
それを聞いたとき、三井を含めて流川を知るものは皆本人は抵抗しただろうと思った。当人の向き不向きはともかく、宇宙ではバスケットボールができない。そんなところに行くことを了承するわけがないだろう。しかし周囲の予想を裏切って、流川は宇宙行きを決めた。「宇宙人と出会えばバスケができるかもって言われたんじゃない?」と言うのが宮城の反応で、それが事実であることを三井は流川本人から聞いて知っている。
三井と流川は交際関係にある。交際関係にある相手が宇宙に行くことを三井は相談もなくどころかニュースで知り、嘆き、憤り、喧嘩し、出発する時期を聞いて急いで和解を持ちかけた。破局と復縁を複数回繰り返したふたりは、過去なかったような穏やかな時間を過ごしている。ひとえに「一緒にいられるのはあと少し」ということを踏まえなるべくいい思い出になってやろう、という己の気遣いによるものだ、と三井は思っている。
三井はすぐ隣にある流川の頬に指を滑らせた。出会った当時にあった微かな繊細さはすべて精悍さへと形を変えたというものの、相も変わらず目を離せなくなるような顔立ちをしている。今日は流川の出発前最後の湘北高校バスケ部飲み会で、会うのは今日が最後になるという者もいた。卒業式と生前葬とバチェラーパーティーとが混ざったような雰囲気で進行し、初めは皆はしゃいでいいものか困惑していたものの最終的には大学生の失恋慰め会のようなヤケクソの様相を呈していた。泣いて別れを惜しむ者もいれば激励する者もおり、主役本人はなんだか歯切れ悪く頷いていたが、本人に実感がないならさもありなんと三井は思う。しかし宇宙に行くのだ。3ヶ月後に。そして帰っては来ない。
流川の渡米前を思い出す。あの時ははっきりと行く先のビジョンを持っていた。それが原因で破局をすることになったわけだが、今回は違う。想像ができていないし、流川もよくわかっていないように見える。世界中のたくさんの人たちが将来のビジョンを持っていないのだから決して自分たちに限った話でもない。
するするとなぞったあとに少しつねって頬を解放する。この柔らかい皮膚が2度と触れられなくなるのだな、と三井は思った。
流川の目線は一瞬前まで自分の頬に触れていた指を追う。かわいいなと思う。
「おまえAIのデバックなんてできないと思ってたけど」
「いくつかやりとりをしていればいいって。もしどうにもならないって思ったら、AIの動作を停止させるボタンを押せって」
「それはマジでそう言われたのか?おまえなりの要約?」
「んー…大体この通りに言われたとおもう」
「そうかよ」
随分なことだと思った。AI本人…本体?が自死するのは嫌なのに、門外漢の人間がもうダメだと思ったら終わりにしていいとは。そのためにこいつを宇宙にやってしまうなんて。
テレビをつければ放送は滞りなく行われている。一時期は著名人による過去の罪の告白が流行り司法も大忙しにしていたが、最近はそれが落ち着き今度は愛の告白が流行っている。ぼんやり眺めた。名前のよくわからない人間による告白を聞き流す。脚本家だというその人間の言葉は極めてドラマチックで情緒的なもので、伝えたい相手に届くといいなと思う。思うがその程度だ。実際世界が終わる時の感慨がこの程度なら、この人が脚本を書いたという大ヒットドラマも現実で直面すれば大して盛り上がらないのかもしれない。人生はなかなか良いタイミングでエンディングテーマがかかったりはしない。
実際世界が終わるまでにはまだまだ猶予があるのだ。いずれ死ぬそのタイミングがはっきりしているだけで。それだけで死ぬほどの絶望がある人がいることは、わかる。自分も場合によってはそちらだと思う。望めば踏み越えられる程度の隔たりしかない。
それでもそちら側にならないのは、なりたいと思わないのは、まだ生きているからで、まだバスケができるからだ。
あの体育館ですらやりたくないと表明できなかったのだから、もう自分からやめられるものではないと思うのだ。最後通牒を渡されるまではしがみついてやろうと思っている。
流川は7年前に日本に戻ってきて、5年前にアメリカに戻って行った。てっきり再開したNBAに参加するためだと思っていたのだが、というかそう本人から聞いていたのだが、実際ここ数年缶詰にされていたのはNASAらしい。なんなんだ。通りでなかなかテレビに写らない。取材陣と追っかけが揃って世界の終わりで世を儚むタイプなのかと心配した。
NASAには今も、そしてこの先も気力を失わない人たちが詰めているという。このぼんやりとした今も寝ている男がそんな環境でどんなふうに過ごしていたのか、興味がある。
追記
書き途中なの放流しておく